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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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18/45

18 思わぬ再会

 平和な午後の時間。

 バルトロメウスが仕事に出て、ベルがお昼寝をしている間に、アリシアはリビングで掃除をしていた。


 今朝方来訪した文官のオーガストには、報酬の一部を毎月自宅に寄付する手続きをお願いした。

 バルトロメウスは「寄附金ゼロでも」と言っていたが、アリシアは継母との間に波風を立てたくなかったので、メイドの時に契約した給料と同じ額を支払う事にした。それでも宮廷魔術師補佐の月給の10分の1以下の値段なので、アリシアにとっては懐も痛まないし、継母には何もバレないだろうし、万々歳な結果だった。


 アリシアは込み上げる嬉しさで、朝から口の端がニヤニヤしていた。

 バルトロメウスがあのサインの紙を破った行為は、スッキリしたどころか、アリシアを縛る見えない(かせ)まで壊してくれたようで、身も心も軽くなっていた。床を掃くホウキにも気合が入って、軽やかにポーズを決めた。


 すると庭で爆撃魔法の訓練をしていたエレンが、杖を持ってリビングに戻って来た。


「あら。エレン君、 訓練は終わり?」


 アリシアがエレンの頭や肩に集まった魔を手で祓っている間、エレンは遠い目をしていた。


「まだ終わっていませんが、魔力を察知したので」

「えっ?」


 まさか魔物の襲撃かと、アリシアは慌てた。


「魔物ではなく、誰かが宮廷内で魔法を使ったようです」

「ど、どうしてわかるの?」


 アリシアは初めてエレンに出会った日を思い出していた。宮廷の端っこの客室で、商人が商談中に染料をブチ撒いた、あの事件だ。


 エレンは杖を壁に立てかけると、ローブを羽織った。


「だいたいの方角と規模が、感覚でわかります」


 説明されても自分にはまったくわからず、アリシアは首を捻った。


「調査に行ってきます」


 エレンはドアに向かおうとして、アリシアを振り返った。


「あ。アリシアさん。宮廷魔術師補佐に昇進されたそうですね。おめでとうございます」

「い、いやいや、私はメイドだよ! 掃除しかできないし」

「普通の掃除ではありませんから」

「あの、エレン君の肩書は?」

「僕ですか? 僕は一応、宮廷魔術師です。ベルも同じですよ」

「え! す、凄いね! 二人とも、バルトロメウス様と同じ肩書き?」

「先生は筆頭宮廷魔術師であり、魔術師の育成も担う魔導師でもあります。僕らは先生の生徒で、部下です」

「じゃあ、私はエレン君とベル君の部下って事?」


 エレンは少し考えた。


「うーん……書類上はそうなりますが……」


 アリシアはホウキを杖に見立てて、床に立てた。


「じゃあ、私を部下として現場に連れて行って!」

「ええ?」

「宮廷のどこかで魔法が使われたなら、魔祓いが必要でしょ?」

「……ではご一緒に」


 エレンは少し戸惑いながら、アリシアを連れて魔法宮を出た。



 アリシアはエレンの後に付いて、宮廷内を移動した。

 バルトロメウスの時と同じように、やはりすれ違う人々はエレンを見て少しギョッとして、頭を下げている。

 アリシアはバルトロメウスから学んだ噂への対策として、キリッと背筋を伸ばして、余計なお喋りを謹んだ。エレンに悪い噂が立たないよう、部下の責任は重大だった。


 エレンは時々魔力の感知に集中しながら、的確に魔法が発動した場所に向かった。現場が近づいてきても、一方のアリシアにはさっぱり、その感覚がわからなかった。


(魔は祓えるのに、感知できないのは何故……)


 自身の能力がかなり限定的であるのを再確認していた。


(それに私は、黒い煤が見えるから汚れ的な意味で気になるけど、魔術師達みたいに具合が悪くなるわけじゃないし……私って、鈍感なのかな)


 脳内で結論が出る頃、エレンは現場に辿り付いていた。


「エーレンフリート様!!」


 ドアの前で立ち往生していた中年の貴族が、泣き顔でエレンの前に飛び出して来た。

 エレンは冷静に型通りの宣告をした。


「魔力を察知した。この場でどのような魔法が使われたのか、調査をする」


 エレンが中年の男に伝えると、男は狼狽して頭を下げた。


「も、申し訳ございません! こ、これは何かの間違いでして、決して故意では無く!」


 汗をかいて中腰で弁解する男を、エレンは無表情で見下ろしている。


「理由や経緯は護衛官が聞く。調査が終了するまで、広間への立ち入りを禁じる」

「は……はい……」


 男は廊下の壁に猫背で立ち、ズズズ、と床に座り込んだ。

 アリシアも冷静を装いつつ、内心では(あちゃー)と声を上げていた。あの人が何かやらかしたに違い無く、その落ち込みようにいたたまれなかった。

 護衛官が二人やって来て、男に事情聴取をしている間に、エレンはアリシアを見上げた。


「アリシアさんはここで待機していてください。室内の安全確認が済み次第、お声を掛けますので」

「え、でも……」

「大丈夫です。魔力の規模は把握しているので」


 エレンは目配せをして、広間の中に入っていった。

 扉が閉まって、静かな廊下でアリシアはエレンを待った。

 男は護衛官達に連れて行かれ、廊下は誰もいなくなった。

 アリシアがホウキを床に立てて姿勢を正していると、突然、大きな声が聞こえた。


「あーっ! アリシア!!」


 目前に、掃除道具を抱えたエマが通りかかっていた。


「エマ!?」


 懐かしい顔に、アリシアは笑顔になった。

 下位のメイドとして就職してすぐに先輩になったエマには、何も知らないアリシアにいろいろ教えてくれた恩があった。異動の寸前には会話をしなくなってしまった二人だったが、エマは笑顔でアリシアに駆け寄った。


「元気でやってる!? 急に魔法宮に異動したから、ビックリしたよ!」

「うん。お世話になったのに、きちんとご挨拶もできなくてごめんなさい」

「いやあ、それは……」


 エマは苦笑いした。直接自分が下したわけじゃないが、先輩メイド達の虐めを傍観していた気まずさがあるようだった。

 エマの後ろから、続けて声がかかった。


「エマ、何して……あっ!? アリシア!?」


 掃除道具を手に持った先輩メイドの二人組も、驚いて立ち止まった。アリシアは慌てて頭を下げた。


「そ、その節はお世話になりました!」

「ふうん……」


 先輩メイドの二人は上から下まで、アリシアを値踏みするように見た。髪も肌も艶が良くなって、王宮仕様の上等なメイド服を着ているのが気に食わないようだ。


「ねえ、どうやって出世したのか教えてよ。私達も(あやか)りたいわ~」

「やっぱり給料も上がったんでしょ? コネがあったの? それとも……」


 片方が何かを相手に耳打ちして、二人はクスクスと笑った。

 エマは居心地が悪そうに肩を竦めて黙り込んでしまった。

 アリシアは作り笑顔で流したが、次に放たれた言葉には、顔面が硬直してしまった。


「私達、みんなで噂してたのよ。不吉な紫の目が本当に魔物を呼ぶのか、実験するんじゃないかって」

「モルモットみたい! あははっ」


 反射的に怒りが湧いたが、アリシアはここで揉めたらエレンに迷惑をかけるので、苦笑いで(こら)えようとした。


 が、その時。アリシアの横にある扉が開いた。

 室内から出て来た人物に、先輩メイドも、エマも、そしてアリシアも、飛び上がって驚いた。

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