15 えすててしゃん
「きゃ~っ」
アリシアは珍しく、乙女らしい歓声を上げた。
ディアナがアリシアのための日用品を用意してくれたのだ。
部屋の中に沢山の乙女ちっくな品物が搬入されて、アリシアの歓声は止まらなかった。
「うわあ、可愛い部屋着! ネグリジェ! お化粧品に香水!」
空だったドレッサーとクローゼットに、可愛い物が補充されていった。
ディアナはアリシアの喜びようを笑顔で眺めた。
「取り急ぎ生活に使用する物は、こちらで選ばせて頂きました。他に必要な物はリストを作ってくださいね。取り寄せますから」
アリシアは夢のようにカラフルなクローゼットに魅入った。まるで春の花畑のようで、自分のための服だとは思えなかった。
ベルはアリシアと一緒に興味津々で、クローゼットの中を出たり入ったりしている。
「ねえアリシア、これきるの? こっちきるの?」
ベルは自分が気に入った服を引っ張り出してきた。
ディアナはそれを受け取って、アリシアに促した。
「せっかくですから、試着してみてください。部屋着は既製品なので、サイズが合うか確かめたいので」
「え、あ、はいっ」
ベルが両手で目を隠してクルッと後ろを向いたので、アリシアは鏡の前でメイド服を脱いで、部屋着のワンピースを着てみた。
ベルがお勧めした水色のワンピースは、胸元に白いリボンと貝殻のボタンが付いていて、とても可愛らしい。
「まあ、お似合いですよ!アリシアさんの金色の髪と、菫色の瞳に合っていますね」
ディアナの声に待ちきれないベルは振り返って、瞳を輝かせた。
「わあ~! アリシア、かわいいよ!」
アリシアは褒められるのがくすぐったくて、照れ笑いした。鏡の中の自分はまるで、別人のように華やかだった。
ディアナがドレッサーの椅子を引いて、ブラシを手にした。
「せっかくですから、髪飾りも付けましょう。お髪をとかしますよ」
「あ、ありがとうございます。ディアナさん」
アリシアは母が亡くなってから、人に髪をお手入れしてもらうのは初めてだったので、気恥ずかしさで鏡を直視できなかった。
ディアナさんは優しく髪をといてくれている。
「あの、お恥ずかしいです。私の髪は酷く傷んでいるので……」
もともと母譲りの艶やかな髪だったが、継母が手入れを許さず、長年に渡って労われなかったために、ボサボサの状態だった。
ベルは背伸びをして、懸命に鏡を覗き込んでいる。
「アリシアのかみ、いたいの? けがしてるの?」
「ううん。けがじゃないよ。えーっと、傷んじゃっただけだよ」
ベルは意味がわからず首を傾げると、椅子を引きずって持って来て、アリシアの後ろに設置して、よじ登った。
「ベルノルト様? 危ないですよ!」
ディアナが慌てて小さな体を支えるが、ベルはアリシアの頭に両手で触れて、目を瞑って集中した。
「かみのけ、いたいのとんでいけ!」
アリシアは鏡越しに、自分の頭がパア、と輝くのを見た。そしてメリ、メリとまるで音を立てる勢いで髪がハリを取り戻して、頭頂部から天使の輪のような艶が、毛先に向かって広がった。
ベルが目を開けると、アリシアの髪はまるで金色のシルクのように、サラサラの艶々になっていた。
「ええーー!?」
アリシアとディアナは同時に声を上げた。
ベルは嬉しそうに、アリシアの綺麗な髪を撫でている。
「アリシア、もっとかわいくなった!」
アリシアも呆然と手触りの良い髪に触れてみた。まるで返り咲いた花のように、12歳の頃の美しさの絶頂が戻ってきていた。
ディアナが興奮している。
「ベルノルト様! エステティシャンなのですか!?」
「うん、えすててしゃんだよ」
意味がわからず、誇らしげに頷いていた。
♢ ♢ ♢
夕食の時間。
訓練から帰ってきたエレンは、自分を迎えたアリシアがまったくの別人になっているので、目をまん丸にした。
「えっ? ア、アリシアさん?」
「うん。えへへ……せっかくだから、ディアナさんが用意してくれたお洋服で、お夕食を頂こうかなって」
エレンはアリシアの輝く髪と、淡くお化粧した顔と、可憐なワンピース姿をじっと見つめた。
「す、凄いですね……その……綺麗です」
かなり言葉を選んで小声で褒めた後、赤面して目を逸らしていた。
ベルが待ちきれないように、エレンに抱きついた。
「ぼく、えすててしゃん! ぼくがやったの!」
エレンは意味がわからないままベルを席に着かせて、三人でまた、幸せなディナーの時間となった。
アリシアは空席になっている自分の隣を見た。
「今日もバルトロメウス様はお食事されないのかな……」
心の底ではお洒落をした自分を見てもらいたい願望があったので、アリシアは内心ガッカリとしていた。
「はい。今日は閣僚が集まる大事な会があるので、食事は王宮ですませて来るようです」
「そっかぁ。でも、お食事してくださるならいいや。ちゃんと食べてくれないと、力も出ないだろうし」
「先生は食事を義務と捉えていますから、必要栄養素を液状にして飲んだりしてますよ」
「な、何て味気ないお食事なの?」
アリシアは重大な任務に就いているバルトロメウスが碌な食事を摂らず、敵だらけの中で警戒しながら生活している現状に胸を痛めた。
その日の晩、ベルは「かくれんぼ」を御所望した。
自分が鬼になるので、エレンとアリシアに魔法宮の中に隠れろと言う。アリシアは快諾したが、エレンは渋った。
「僕は読みたい本があるから、自室で勉強してる」
「エレンのけち!」
ベルの抗議を無視してエレンが行ってしまったので、アリシアは明るく盛り上げた。
「私、難しい所に隠れちゃうよ! ベル君は見つけられるかな~」
「ぼく、アリシアみつける! 100かぞえるからね!」
ベルが壁に顔を伏せて数え始めたので、アリシアは割と本気で隠れ場所を探した。自室か、テラスか、浴室か……。いや、灯台元暗しでリビングに隠れるのがいいかもしれない。
アリシアはリビングの壁に大きな物置があるのに着目した。音を立てずに扉を開けると、雑多な日用品が詰め込まれている。だが一番下にスペースがあったので、小さく縮まれば何とか入れそうだ。
「くふふ……これはなかなか難しいぞ」
アリシアは企みの顔で物置に入ると、内側からそっと扉を閉めた。物置の扉は通気のために下部が格子状になっていて、向こうからは見えないだろうが、中からはリビングの様子が見えた。
数え終わったベルがキョロキョロした後に走って、アリシアの部屋に向かう姿が見えた。
思った通りの行動に、アリシアは暗い物置の中で含み笑いをした。
「アリシアー! あれ……いないよ」
「アリシアー! あれぇ?」
ベルが自分を探し回る姿に悶えて、アリシアは声を漏らさないように必死で口を抑えた。
ベルが再びアリシアの部屋に駆けて行った後。
突如、リビングのドアが開いた。
物置の中からは下半身しか見えないが、ローブを着た大人の男性が入って来て、大声を上げた。
「はあ~、疲れた! あいつらバカかっ、ほんとに!!」
アリシアは固まった。誰か知らない人が怒っているようだった。
「同じ戯言を何度も何度もしつこく! 頭湧いてるんか、ド阿保が!!」
怒れる人はローブを脱いでソファに叩きつけると、着ている服や装飾品をその上にどんどん投げていった。
(え? え? 誰? 知らない人がここで全裸に?)
アリシアは冷や汗をかいて、覗き見状態から外に出る機会を失っていた。
服を脱ぎまくった怒れる人は、倒れるようにソファに飛び込んで、大声で名を呼んだ。
「エレン、ベル、いないの~?」
アリシアは真っ青になった。
それは半裸の状態でぶすくれた顔の、バルトロメウスだった。




