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女子高生と悟った猫  作者: Rico
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8. 師の願い

 冬がやってきた。

 秋の終わりごろから、クウの体調が思わしくなかった。彼は静かに目をつぶっていることが多くなっていたが、12月に入ると、彼の体調はさらに悪化の一途をたどった。食欲も細り、体は痩せこけ、自慢の真っ白な毛並みもすっかり悪くなっていた。

 その年の暮れも押し迫った、ある寒い日の午後のことだった。

「ミカよ」とクウはミカに話を切り出した。

「クウ、どうしたの?」とミカは答えた。

「私はもう長くはないだろう」

「何を馬鹿なことを言っているの?ご飯をしっかり食べて、ゆっくりしていれば、また元気になれるよ。きっと」

「いや、分かるのだ。その時は近づいている」

「クウ…」

 ミカは薄々気が付いていた。クウの死が近づいていることに。できればそれを認めたくはなかった。しかし、クウ自身からそれを聞いて、彼女は現実がずしりと両肩にのしかかったように思えた。

「そこで、ひとつ頼みがある」とクウは小さな声で言った。「わたしの故郷、あの河原に連れて行ってはくれないだろうか?」

 ミカは黙って小さくうなずいた。


 ミカがクウを連れて外に出ると、凍てつくような寒気が、細身のコート越しに彼女の肌を包んだ。

彼女はクウの体を小さな毛布にくるみ、静かに自転車の前カゴに乗せた。そして、河原に向けて自転車のペダルをこぎ出した。

 河原へ向かいながら、ミカはクウと過ごした日々のことを思い出していた。決して長くはなかったが、ミカにとって、クウとの“師弟問答”を繰り返した日々は、すでにかけがいのないものとなっていた。

 そんなことを思っていると、ミカの胸はいっぱいになり、声を上げて泣きたい気持ちになった。

 ミカとクウを乗せた自転車は河原に着いた。空は厚い雲に覆われ、今にも雪が降り始めそうだった。

「あそこに盛土で少し高くなっているところがあるだろう、そこに私を運んでくれ」とクウは言った。

 ミカはクウの言うとおりに、地面から30センチほど高く、地表が雑草から露わになったところに、クウを静かに寝かせた。そして、ミカ自身もクウの目の前に座り込んだ。

 枯草に囲まれた辺り一帯は、ミカ以外には誰も人がおらず、ひどく静かであった。

 ミカがしばらくそこでたたずんでいると、一匹、また一匹と猫たちが現れてきた。そして、彼らはミカを恐れることもなく、クウが座る高台を囲むように静かに座った。ついには、二、三十匹の猫たちにクウとミカは取り囲まれた。彼らはクウの弟子たちのようだった。

 クウは姿勢を正し、なけなしの気力を振り絞るように、集まった猫たちに話を始めた。

「タマ、シロ、クロ、シマ、ミケ、それにみんな…。よく集まってくれた。今日はみんなに話があってここにやってきた。ここにいる人間の娘はミカという。私の最後の弟子だ。お前たちに危害を加えるような者ではない。一緒に話を聞いてくれ。

 今までお前たちに様々なことを教えてきた。お前たちの心の中には大宇宙が広がっていることも。そして、それがお前たちの本来の姿であることも。

 しかし、ここでなお、私はお前たちに伝えなければならない。この先に道があることを。

 今まで私がお前たちに教えてきたこと、そして、これから話すことを他の者たちに広めてほしい。これは私の願いだ。

 お前たちはすでに苦しみに満ちた因果の呪縛から解放されている。解放されたお前たちは、生まれ変わることを一切やめることができる。生きとし生けるものの解放。これが、私が遥か過去世で我が師と約束してからこれまで行ってきた仕事だ。

しかし、解放は一つの通過点にすぎない。その私があらゆる者を解放してきた真意は彼らをブッダの道へと導き入れ、歩ませることである。それは厳しい道のりではあるが。

あらゆる存在の究極の目的は何か?それはブッダの知を悟ることに他ならない。私は予言する。お前たちは遥か未来世でブッダとなるであろう。いや、ブッダとならなければならないのだ。

この先にお前たちが進む道は自明であろう。それは、私が歩んできた道をお前たちも歩むことだ。

ただし、お前たちの言葉は容易には理解されまい。それゆえ、これから様々な苦難が待ち構えていることであろう。それはブッダの知が大多数の生命の理解を超えているから当然だ。

しかし、それでもなお、誰も恨んではならない。むしろ、どのような逆境にあっても、生きとし生けるものを愛せよ。そして、真理へ導き入れよ。それが、お前たちがこれから生きる生命進化の道だ」

クウが話終えると、不思議なことが起きた。クウを中心として猫たちとミカが集まっているあたりに、厚く垂れ下がった雲を突き破るように、一筋のまぶしい光が天から降りてきた。それは、まるで光の柱が立っているようであった。

無論、外から見ればそれは分からない。しかし、彼らにとってこれはまぎれもない事実であった。

そして、猫たちとミカはどこからか声が聞こえたような気がした。

「わが子よ、よく言った。それは真理である」

 その場の一同は天を仰いだ。そして彼らの心は静かな、そして深い歓喜に包まれた。

 しばらくして、クウは静かに言った。

「誓ってくれないか?お前たちもまた、私の歩んだ道を進むことを」

 その場には誰も声を上げる者はいなかった。しかし、彼らの心は一つであった。ブッダへの道を歩むことについて、彼らは心で誓っていた。

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