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女子高生と悟った猫  作者: Rico
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7. 遠い世界のある話

一人の若い男がゾウの脚程の太さのヤシの樹に紐で幾重にも縛り付けられていた。

 彼はある村を襲った盗賊団の一味であった。不覚にも一人逃げ遅れ、村人に取り押さえられて、このような目にあっているのであった。

 この地では、暑さのため、男も女も腰巻のような衣だけを身に着け、上半身ははだけていた。それにもかかわらず、この男は薄汚れた衣服で全身を覆っていた。また、頭と顔をボロボロのターバンで覆い、目元だけを露わにしていた。

「この村の掟だ。盗人は石打ちにより死ななければならない」と白く長いヒゲを生やした村長が大きな声で言った。

「この盗人め、血祭りにあげてやる!」と石を手にした村の男たちが、とらえられた男を取り囲んで騒いでいた。

「やめないか」と彼らの背後から声がした。

声の主は褐色の衣をまとった旅の僧侶だった。長身で体格が良く、強い意志を秘めたような鋭い眼光をしていた。僧侶は村の男たちの間に割って入り、若い男との間にふわりと座った。

「いかなる理由があるにせよ、殺生はあいならん」

「旅の聖者よ、あなたには関係のないことだ」と村長は言った。

「私に免じて、この者を許してやってはくれぬか」と僧侶は言った。

「村の掟ゆえ、それは致しかねる。我らはこの地の神の末裔。神が定めた掟は何があっても守らねばならぬのだ」と村長は答えた。

「村長よ、あなたは今、神の掟と言われた。ならば、この場にいる皆に聞こうではないか?この中で一度たりともその掟を破ったことのない者はいるか?もし、そのような者がいれば、その者から手を下すがよい」と僧侶は言った。

 盗賊を取り囲む村人の中で物議が起きた。この村では嘘も死に値する大罪であった。にもかかわらず、この村には一度たりとも掟を破ったことがないと言える者は皆無だった。

 村人は、一人、また一人と姿を消した。そして若い男と僧侶を残して誰もいなくなった。


 誰もいなくなった後、僧侶は若い男を縛っていた紐を解いてやった。解放されると、彼はその樹の根もとにへたり込んでしまった。

 僧侶は彼のとなりに腰を下ろした。そして、頭陀袋から握り飯を取り出して若い男に差し出した。

「腹は減っていないか?」

 若い男はターバンを外した。頭上から黒く長い髪が下りた。その男は、実は若い娘であった。良く見るとその眼は美しかった。彼女は僧侶が差し出した握り飯をその手から奪い取った。よほど空腹だったらしく、彼女はむさぼるようにそれを食べた。

「少しは落ち着いたか?」と僧侶は握り飯を食べ終えた娘に言った。

「悪いけど礼は言わないよ。あたしは坊主や聖者のたぐいが嫌いなんだ」と娘は言った。

「そんなことは構わん」と僧侶は言った。「だが、どうしてお前は坊主が嫌いなのだ?そのわけを聞かせてはくれぬか?」

「わたしの男は、旅の聖者とやらに連れられてどっかに行っちまったんだ」と娘は答えた。

「それはどういうことだ?」と僧侶は言った。

「駆け落ちしたんだ。その男と」と娘は理由を話しはじめた。「あたしは、もともとはずっと北の国の大地主の娘だったんだけど、その男は家の奴隷だった。でも、そいつがいい男でね。好きになっちまったのさ、その男を。

この世の中、どこもそうだが、あたしの親もそういう身分違いの色恋にはうるさかった。あたしたちは何もかも嫌になっちまって、そして決めたのさ。どこか誰もしらないところで二人だけで暮らそうと。

あたしたちは旅をしていたんだけど、ある日、男はヨガの達人だとかいう旅のジジイに唆されて、そいつとどっかに行っちまいやがったんだ。あたしを一人置いて」

「そうだったのか」と僧侶は言った。「しかし、なぜ盗人なぞしているのだ」

「捨てる神あれば拾う神ありってやつさ。路頭に迷っていたところを、今の頭領に拾われたのさ。正直嫌だったけど、背に腹は代えられねえ。今まで下っ端を務めてきたってわけさ」と娘は言った。

「なんと数奇な運命をたどったことか」と僧侶は言った。

「あたいみたいなコソ泥に興味を持つとは、あんたも変わり者だね」と娘は言った。「ねぇ、今度はあたいがひとつ聞いていい?」

「何でも聞いてみるがいい」

「あそこで村の連中にあんな啖呵を切って大丈夫だったの?」

「ああ、あれか、あれは一か八かの賭けだ」

「一か八かの賭け?」

「この世であんなことを平気で言えるのはブッダだけだ。私にとって、あれは成り行き任せのハッタリだ。本当は失敗したときのことが頭をよぎって、小便を漏らすほど恐ろしかった。だから、何も考えずに勢いでやったのだ」

「ふふ…あんた面白いね」

 そして、二人は声を出して笑った。

「ところで」と僧侶は言った。「これからどうするんだ?盗賊たちのもとへ帰るのか?」

「いいや」と寂しそうに娘は言った。「とんだドジを踏んじまったんだ。今更帰れないさ。それにあの一味には愛想が尽きていたところなのさ」

「悪いことは言わぬ。田舎へ帰れ」と僧侶は言った。

「そんなことできないよ」と娘は言った。

「悪事を働くにも才覚がいる。ドジなお前には無理だ」

「何だって、あんたに言われたくないね!」

「娘よ、まあ聞け。一度田舎に帰って親にキチンと今生の別れを言え。そしてコーサラ国へ行け。都の程近くに、かつてわが師が建てられた精舎がある。お前はそこを頼るのだ。そこには私の善友たちがいる。彼らがお前を導いてくれよう」

「坊主嫌いのあたしに尼になれって言うの?」

「ああそうだ、お前にはこの世界が物足りないのではないのか?お前の眼を見ていれば分かる」

 娘はしばらく押し黙った。

「分かった。そうするよ」と娘は言った。「あんたが言うなら。命の恩人だからね」

「そうか、では私は行くぞ」

 そう言って僧侶は立ち上がり、彼女のもとを離れようとした。

「一緒に行ってくれないのかい?」と娘は言った。

「ああ、私は行けない。はるか南の方、地の果てまで行かねばならぬ。それが入滅された我が師との約束なのだ」と僧侶は答えた。

「約束?」

「そうだ。地の果てまで師の教えを説き広めるのだ。はるか未来世でブッダとしての生涯を終えるその日まで。それが師との約束だ。

娘よ、これからは慈愛と真理に生きよ。お前が求めるものはそこにすべてはある」

 僧侶は南へ向けて歩き出した。

「お坊さん!」と娘は僧侶の背中に叫んだ。「いつかまた、あんたに会えるかな?」

「ああ、いつの日か必ず」と僧侶は振り返って答えた。

 それから、娘は僧侶が見えなくなるまで手を振った。

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