2. 探偵部
「……ここであってるよね?」
翔の目の前のドアには「探偵部」と手書きで書かれたポスターが貼ってある。ドアには少々曇ったガラスが取り付けられているが、部屋の中が見えないようにするためか内側から紙が貼られていた。
「あ、空いてる……」
翔がドアノブを捻ると鍵が空いていた。中から話し声などは聞こえてこない。翔は恐る恐るドアをあけた。
部屋の中には一つの小さいテーブルと四つの椅子があったが、誰もいない。
「先輩達まだホームルーム中なのかなぁ……」
そう言いながら部屋の中の時計を見るが、時計はピクリとも針を振らずに翔を見つめ返してくるだけである。
時計の下を見ると本棚があり、中には「〇〇の殺人」「〇〇殺人事件」「探偵〇〇の〇〇」など題名からしてミステリー小説らしきものがずらりと並んでいた。翔はシャーロックホームズしか知らなかったが。
翔はキョロキョロと周りを見渡してみる。棚、花瓶、湯を沸かすポット。特に何もないなと思いながら、壁に寄りかかろうとした瞬間、
「見学は終わった?」
「はっ!?」
翔は叫んで軽くよろけながら声のした背後を見る。
微かにミントの様な香りがしたかと思うと、目の前に飛び込んでくるのは青き風が吹く景色。
そこには青髪ショートカットの美少女がポツンと立っていたのだった。
「なんだ、本当に気づかなかったんだ、鈍い人」
「あ……いつから……」
その少女は驚いてあたふたしている翔の目の前をさっと通り過ぎて椅子に座った。
「ほら、いつまでも立ってないで座っていいよ」
「あ、は、はい」
翔はそう言われて椅子に座ろうとするが、3つ残った椅子のうちどれに座るべきか分からず立ち尽くしていた。
そんな翔の様子を見て、少女は一瞬不思議そうな顔をしたが翔の状況を理解し、
「隣、どうぞ」
と、微笑んだ。
「あ、失礼します」
「あなたが理天の言ってた新入部員?」
「はい、そうです」
「自己紹介……えっとー、私の名前は霜月雫。よろしく」
「あ、よろしくお願いします。えっとー、僕の名前は夜見月翔と、申します。えー、よ、よろしくおねがいします」
「はは、緊張してる?」
「いえ、えっとー、誰も、部屋に誰もいないと思ってたので……びっくりして……」
「はは、ごめんねびっくりさせちゃったかな」
「いつからいたんですか?僕が入ってきた時には誰もいなかったと思ったんですけど……」
「ずっといたよ。君がこの部屋入ってくたときから。癖になっちゃってるんだ、音殺して人観察するの」
「どっかで聞いたことある台詞……」
それから、霜月は手に持っていた本を読み始めた。しばらく、沈黙が続いた。
すると、ガチャリと扉が空き、赤い何かが視界に入る。否、何かではない。赤い髪を靡かせるのは、翔を探偵部に誘った張本人、笹本理天だ。
「お、夜見月くん、本当に来てくれたのか。雫も。2人だけか?」
「うん、この静けさでわかるでしょ、あいつは来てない」
「ふっ、一応聞いてみたまでだよ」
「あいつ……?」
翔が先輩2人の会話を聞いて首を傾げた。すると、何やら廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。その音は段々と大きくなり、翔の横では霜月がはぁとため息をついた。
そして、急に音が止まったかと思うと部室のドアが勢いよく開いた。
「やっほー!!!みんなもういる??ごめんねーー待たせた感じ!?先生に呼ばれちゃって遅れましたー!!」
「知羅海、そんな声張らなくても聞こえる」
「あー、雫っちー!今日も可愛いー」
「ぐへっ!」
「や、やめなさい!」
突如現れたかと思えば翔を押しのけ雫に抱きつく黄色い髪の少女と、思わず声を漏らす翔。そして、抱きつかれ文句を言う霜月。
その様子を側から見て、笹本が両手をパンと叩いた。
「紫苑、君と雫の戯れはもう見慣れたが、夜見月くんが困っているではないか。やめてあげなさい」
「ん??夜見月くん……?あー!君が新入部員の夜見月くん!」
「あ、あの、この手……どけて、くれますか?」
黄色い髪の少女とテーブルの間で潰れかけている翔がなんとか声を振り絞る。
「あー!ごめんごめん!よく見てなかったよー」
その少女は体制を戻して翔を解放する。そして、翔に向かってビシッと敬礼をした。
「私は美空戯高校2年生、生徒会書記兼探偵部副部長、知羅海紫苑ですっ!なんて呼んでもいいけど、紫苑先輩って呼んでくれると嬉しいな!よろしくね!」
「僕は夜見月翔です。よろしくお願いします、知羅海先輩」
こうして、2人の自己紹介が終わったところで笹本は頷いた。
「それでは、こうして探偵部全員が揃ったということで、今日の本題に入ろう」
「いいともー!」
その笹本の言葉にテンション高めに声を高ならせる知羅海と、黙って本を読む霜月。そして、これから何が始まるのか固唾を飲む翔。
そんなそれぞれの反応を見て満足げに頷いたかと思うと笹本は遂に「本題」に入る。
「新しい事件の情報が入った。心して聞け!」
「ドキドキ……」
「その名も『渋谷、猫失踪事件』だ!」
そのあまりにも日常的な「事件」の名前に、翔は一人心の中で思いっきりずっこけたのだった。