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第2話 彼が戦場に居た理由

「日本を出る?」

「ああ」


 山の中にある母屋。その縁側で将棋をしながらオレは対面する父に今後の事を打ち明けた。


「どこに言っても、親父の威光がついて回る。医院長でさえオレからは避けて通る程だ」

「医者になると言って、ここを出たのはお前だ」


 パチリ。父が駒を打つ。


「自業自得とは言え……この国は『神島』のモノだと言われている。その庇護の中でオレは大成出来ない」

「ふん。なら勝手にしろ。俺は止めないからな」


 すると、部屋の奥にあるラジオのチャンネルが変わった。堅苦しい国会のニュースから美しい歌声が流れ出る。


「トキ! 何を変えるか!」

「何言っとるさね。息子に将棋にラジオまで欲張るでねぇさ。二人してそのしかめっ面を並べられるとウチと楓は窒息死するわい」

(かあ)。噂の歌姫じゃ」

「ほほう。これか!」


 母と妹は今話題の歌姫に夢中なのだ。音楽などに興味が無い父にとっては鬱陶しい事この上ないだろう。


「ったく……」

「親父。例の歌姫を呼んでやればどうじゃ? 母さんと楓も落ち着くじゃろ」


 父が一声出せば簡単に実現できる事柄であるが、


「ふん。別に歌謡でいいわい」


 私的に権力を使用しないのが父である。尊敬できる生き様だ。


「娯楽が昭和で止まっとる男は本当に嫌やなぁ」

(とぅ)。流行りに乗らんと置いてかれるで」

「やかましいぞ、お前ら! 聞くなら、ラジオ持って出て行けい!」


 わーい、とラジオを動かすことを禁じられていた二人は、喜んで場所を移動する。


(かぁ)、今度歌姫のCD出るらしいで」

「ホントか? よし、今の内に布教してミヤに仕入れて貰おうや」


 そんな会話をしながら歌声が流れるラジオを小脇に歩いて行った。


「全く……」

「そう言えば、親父。歌姫の本名知ってるか?」

「知らん」


 不機嫌に父は駒を打つ。


舞鶴琴音(まいつることね)。『神島』と関わりのある家柄(ヤツ)じゃなかよな?」

「こっちも根掘り葉掘りまでは把握しておらん。三鷹の時みたいに事情がわかれば向こうから接触してくるじゃろ」


 余計な労力は使わないのも父の流儀だ。オレはパチリと駒を打った。






 声を出せば誰もが聞き入り、誰もが心の波を沈める。それが舞鶴琴音の歌声であった。

 現代に現れた奇跡とまで言われるその声を求めて多くが彼女に注目した。


 今も、巨大なオペラホールにて静かな伴奏をバックに穏やかな歌声で観客達を魅了する。

 誰もが聞き入り、中には涙を流す者までいた。そして、歌が終わると感動のあまり大きな拍手は起こらない。そして(つつし)んだ拍手の中、ありがとー、と元気に手を振る琴音の笑顔は新聞の一面を良く飾る。


「あー、楽しかったぁ」


 そんな拍手の中、舞台袖に戻った琴音は思いっきり歌えた今日も心から満足していた。


「ご苦労様、琴音ちゃん。今日の公演はもう無いから後はホテルでのんびりしてちょうだい」

「ありがとー、レニーさん」


 退役軍人で、ボディビルダーで、ニューハーフのマネージャーであるレニーは琴音の一日の声量を管理していた。ついでにボディーガードも兼ねている。


「ホテルのスイーツバイキング行っても良い?」

「刺激物はダメよん? 後、食べ過ぎもね」

「ラジャー、レニー軍曹」

「んもう! 女の過去は掘り起こさないの!」

「あはは。ごめーん」


 歌った後のご飯って美味しいよねー、と琴音はレニーを急かす様に重役用の裏口を通ってタクシーへ。


「プリンセス」

「およ?」


 通路を通っていると同じ様に通路を利用する重役の人と遭遇した。軍服に勲章が目立つ。軍部のお偉いさんらしい。


「素晴らしい歌声だった。戦時中であることを忘れてしまったよ」

「ありがとーございます! ええっと……」

「陸軍総司令のマクレガーだ」

「失礼しました、マクレガーさん。サインとか、いりますー?」


 琴音はフレンドリーに接する。彼女は肩書きなど気にかけず、人を一人のお客さんとして平等に見ている。


「ハハ。ではハンカチに貰おうかね。孫に自慢するよ」

「オッケー、将軍お祖父ちゃん。あ、今度CD出ますので買って下さいねー」

「買って親戚全員に配るよ」

「まいどありー!」


 レニーとしては、毎度ながら重役に対する琴音の立ち振舞いは冷や汗モノだ。しかし、それを許容してしまう程の魅力が彼女にはあるのだろう。


「兵士達の為にわざわざ前線で歌ってくれたそうだね?」

「はい。あ、でも不完全燃焼ですので、近い内にまた行きますよ!」

「しばらくは予定ビッシリよ。蟻の這い出る隙間もないわん」


 予定が書かれた手帳を開くレニーの言葉に、この王族の結婚式とかキャンセルできない? と横から覗き込む。


「それにしても良かった。君が最前線に行ったと聞いたときには時には正直冷や汗モノだったよ」


 琴音の慰安は突発的な事だった。万全の警備を敷く間も無く現れて、その歌声を生披露したのである。


「戦う兵士さん達にボクの声を届けられて良かったです」

「いや……君は間一髪だった。あの後、反政府ゲリラと拠点で戦闘になってね。何人か死傷者が出たのだ」

「え……」


 マクレガーの言葉に琴音は思わず詰め寄る。


「あ、あの! あそこには日本人の男の人が居たと思うんですけど!」

「ああ。イグルーの事か。彼は医療支援団体の者でね。当人の希望で最前線で助けて貰っていたが……本当に残念だった」

「し、死んだんですか!?」


 琴音の言葉にマクレガーは首を横に振る。


「彼は自身の身柄を担保にゲリラを引き上げさせたのだ。医者と言うカードはゲリラ達にとってもかなり魅力的だったらしい」


 ゲリラに連れさらわれる事の意味。内情を知られたら生きては帰れないだろう。

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