1-8 後始末-2
「お疲れ!」
落ちた首の向こうから顔を出したバグ兄は汗だくだ。
パパも少し汗をかいている。
「これはお前んとこに入れとけ。」
パパの指示に頷いて、バグ兄が右手を翳すとリュウイのでかい首が掻き消えた。
収納完了。
「あとどのぐらいだ。」
「樽3個分ぐらいかな。」
「少ないな。俺と合わせても残り全部は入りきらないか。」
「内臓はいらないでしょ。捨ててもダメ?」
「そのつもりだが、それでも難しいな。まぁ、解体してから考えよう。」
「今日はどこまでするの?」
「内臓は取り出したいな。一休みして腹を開こう。」
私は素早くそこを離れ、ヨナ姉のところに行く。
「休憩だって。何かある?」
「これ持ってって。」と 両手鍋を渡される。
鍋には、少し濁ったスープに餅が浮かんでいる。
「冷たい!」
「リサ様が冷やしてくれたんです。」
「ママは?」
「テントよ。何か確かめたいことがあるって。」
ヨナ姉の視線の先には大小2つのテントが置かれている。
パパが出しておいたのを2人で組み立てたのだろう。
「食事はいつごろになりそう?」とヨナ姉。
「今日はあと内臓出すだけだから、1時間もかからないと思うよ。」
「OK。じゃあ準備しておくね。」
「これ、ありがとう。食事お願いしま~す。」
パパのところに帰ったら、もう作業を始めていた。
「ちょっと、ちょっと。ママとヨナ姉が冷たいの作ってくれたから、早く食べよ。」
リュウイの排泄口付近に刃物を当てていたパパが、仕方なさそうに振り向きこちらに来るが、
「オッ、俺の好物だな。しかも冷たい。ママありがとう。」
「違うよ、俺も好物だから。シャナが俺のために作ってくれたんだ。」
うざったい!!!
さっさと、パパにお椀を出してもらって、取り分けて食べた。
内臓処理は1時間以上かかった。
排泄口の近くに切れ込みを入れ、腸を引っ張り出して末端付近をきつく縛る。
腹に外向きにノコギリを入れ、ゴリゴリと動かしてゆくと胸骨付近までは簡単に切れた。
バグ兄の豪腕のおかげである。
この時点で消化管を取り出す。両端が縛られているので、すんなりと取り出すことができた。
この作業を失敗して消化管の中身をぶちまけると、とんでもなく臭い上に、消化液で肉質がボロボロになるそうだ。
消化管以外の臓器のうち素材になるものは個別に収納する。
ここまで、30分と掛かっていない。
胸骨のところで作業は難渋した。
消化管を気にしなくてよくなったので、パパとバグ兄が大斧や大剣を力いっぱい叩きつけるのだが、なかなか進まない。
先ほど使った鱗付きロープを使おうとしても、横滑りするだけだ。
パパが槍を腹から刺し込んだのは、この部分を避けるためだったようだ。
「明日には肉体強化も死後硬直も解けるだろうから楽になるはず」
ということで、今日の作業を終了した。
終わり頃に、ヨナ姉がやって来た。
リュウイの腹に入って作業している2人を楽しそうに見ていたが、私に目をやると、いきなり指示を飛ばす。
「まっすぐ立って!腕を左右に伸ばしてじっとして! “洗浄”!」
旅の間、2日に1回はしてもらっているので、おとなしく指示に従う。
今日はそれほど汚れ仕事をしていないので、いらないかなと思ったが、乳白色のリングが肩のあたりを過ぎるあたりから赤茶色に濁っていくのを見て、今日は特別なことをしたのだという感慨が湧いてきた。
足元に来た暗褐色のリングから足を抜いて横に移動する。
リングはそのまま地面に吸い込まれ、黒っぽい跡を残した。
仕事を終えて這い出してきたパパも洗浄を受けたが、見た目からドロドロなのがわかる。
3回繰り返してやっとヨナ姉が満足する仕上がりになった。
バグ兄はとりあえず1回洗浄したが、ヨナ姉が疲れた様子だったので、「あとは食事の後、テントで」と言って肩を抱いて食事に向かう。 後で!テントで!何するの?
食事が用意された場所。と言っても椅子代わりの小さな箱と板を腰の高さに置いたテーブルに、パンと肉塊の入ったスープが人数分置いてあるだけだ。
「ママは?」と尋ねると、ヨナ姉が大きな方のテントに目をやる。
「呼んでくる。」と言ってパパがテントに向かったので、私もついてゆく。
入口の布をかき上げテントに入ると、ママが寝台の上で瞑想していた。
胡坐を組んで、膝のところに手を軽く開いて上向きに置き、背筋を伸ばした姿は、荘厳と言っていい。
私の憧れだ。
『違う!! ママがいない!!』。
先ほど、彼の左足を見つめていた時、ママの心は遠くに伸びていたが、体とはつながっていた。今は何もない。
抜け殻! 物体!
恐怖が身体全体を駆け抜ける。
動けない。声も出ない。身体が絞られるように縮こまって、痛い。
パパがママの肩にやさしく手を触れる。
小さく声を掛けようとした時、ママはいきなり仰向けに倒れた。