1-6 選択収納
この世界には、人が通常持っている肉体的、精神的能力のほかに“魔力”と“ギフト”という超常的能力がある。
魔力は“魔素”を操って行う力のことで、約半数の人が多かれ少なかれ持っている。
魔力は自発的に身に付くこともあるが、多くは訓練することで獲得する。
ある人は『適切に教育すれば、8割以上の人は魔力を使用できるようになる。』といい、事実貴族の8割は魔力を操れる。
魔力には、火を付けたり、水を集めたり、洗浄したりする生活魔法と呼ばれるものから、肉体強化、回復、飛翔、造築、解体など多岐にわたる。
これらは教育と訓練によってその強さや影響範囲を変えられる。
もちろん個人差はあるが。
これに対して、ギフトは偶発的に与えられる能力で、持っている人は1割程度である。
特定の家系に特定のギフトが現れることから遺伝的性質を持つという説もあるが、そうでない場合も多く、今のところ“神から授かった贈り物”と考えられている。
ギフトは一部の例外はあるもののほぼ12才までに付与される。
ただ、ギフトを得ても気づかない人も多い。
このため、成人の儀では鑑定能力(これもギフトである)を持つ者によって、各人が持っている魔力とギフトを明らかにし、登録して、国が管理することとしている。
ついでに言えば、成人の儀は12才から15才までに行うことが義務付けられていて、成人の儀を経て個人の権利・義務が発生する。つまり収税の対象となる。
年齢に幅があるのは、地方によっては鑑定能力を持つ者がおらず、教会などが3年周期で派遣することで補っているためである。
ギフトで得られる能力は個人によって大きな差がある。
大きくは探査系、治癒系、鑑定系、空間制御系に分けられるが、これらに属さないもの、複数の機能を持つものなどがあるため、その時々で違う名前で呼ばれることも多い。
というより、成人の儀で鑑定する者が、ギフトの特性をどう解釈するかで、呼び名が変わることが原因だろう。
収納は、空間制御系のギフトで、異空間に自分専用の空間を作る能力を言う。
その空間は、出し入れ自由、鮮度保持、重さを感じないなどの特性を持つ。
原則、生きている物は入らない。
収納能力の付与時期は8才から15才ぐらいまでの間で、他のギフトに比べ付与時期が遅い。20才を過ぎて付与されることもあるようだ。
私の家族は、ママが鑑定能力を持っているので、全員のギフト、魔力特性を把握している。
収納はパパとバグ兄が持っている。
ママと私はまだ持っていない。「まだ」である。・・・ママは無理かも。
ヨナ姉も発現しそうらしい。バグ兄が『手取り足取り』指導しているそうだが、本当は何やってんだか。
ギフトが付与されれば、努力して収納力を増やすことが可能となる。
増やす方法は経験者に聞くしかない。
もちろん人によってその限界が違う。
バグ兄はパパの指導もあって、馬車3台分ぐらいの容量があるそうだ。
実際今も1台馬車が入っている。
パパの収納量は『とんでもない』そうだ。とりあえずいっぱい入る。
選択収納は、一部の人しか使えない。パパはその一人だ。
選択収納は特定の条件に該当する物質を、いろいろなものが混ざっている中から自動的に抜き出して、特定の収納場所に入れる能力だ。
これを行うには魔力の使用が必須となる。魔力の使用量に応じて収納対象範囲が広くなる。
選択収納には設定個数という制限もあり、人によって決まっていて、収納量がいくら増えても、設定個数は増えないそうだ。
ジャンガが消えてしまったことで荒れるママをなだめながら、残ったものだけでもすべて収納することにした。
パパの設定個数は5個。これも人並み外れている。今使っているのは3個なので、使用可能だ。
パパの収納対象範囲は5m程度。それより広い範囲から探すにはパパが動く必要がある。
彼が最後に立っていた位置と一番遠くにあった下半身の場所を結ぶ線を基線として、5m間隔で左右に2本づつ、合わせて5本の線を設定し、その上をゆっくりと歩きながら選択収納してゆく。
収納対象を限定するため、右手で彼の左足をつかんで顔の前に掲げ、左手を広げて前に突き出し、腰を落としてゆっくりと歩くパパの姿は、笑い無しには語ることのできないものだった。
最後に左足を選択収納して終わるはずだったのだが。
左足を地面に置き、収納する。
左足が消えた跡に、靴だけが残ってしまった。
何度収納しようとしても入らない。
選択収納だけでなく、普通の収納もできない。
確かめてみたが、右足の靴は収納されている。
バグ兄が挑戦したが、バグ兄の収納にも入らない。
「呪いがかかっているのかもしれない。」ママが鑑定で状況解析した結論だ。
「過去に呪いのかかっている品が収容できないことがあったらしい。ただ、呪われていても収納できるものもあるそうだし、スキル付与された武具も収容できるので、断定はできないそうだ。とりあえず荷物として持っていくしかない。」
「私が持つ!」勢い込んで叫んだので、みんなびっくりしたようだ。
「ああ、いいが。気持ち悪くないのか?」
「ううん。選択収納の時、血は収納されたでしょ。
ヨナ姉に洗浄魔法かけてもらったら、泥も落ちるし。ヨナ姉いいでしょ。」
ヨナ姉はにっこり笑って頷いた。
後はリュウイの体をそのまま収納するだけなのだが。
「ベネの収納に入らない?」
「選択収納を使いすぎるとだめだという話は本当だったな。
同時に使用する個数の二乗倍の容量を使うそうだ。
4つ目は実容量の16倍の容量を使うことになる。
人1人と小さな荷物だけだったから余裕だと思っていたんだが。
小さいわりに収容量が馬鹿でかくなる物が何個かあるな。」
「父さん、俺の収納だとリュウイの三分の一が限界だよ。」
「俺も半分ぐらいしか入らん。
バグ、何か出すものはないか。
俺の方は、この旅で集めた薬草や素材がいっぱいだ。」
「僕もだよ。馬車を出せば入るけど・・・」
と言って、ヨナ姉を見る。
「駄目よ。あれはヨナのお父さんからの結婚祝いじゃない。
今回はこんな道を通ったから使わなかったけど、街道を旅するときあれは絶対役に立つわ。」
とママ。
「荷車はどうだ。あれは無くてもいいし、リュウイの素材と交換なら損な選択じゃない。」
「あれじゃ、あんまり容量は増えないよ。」
「すみません。収納のこと、よくわからないのに生意気なようですが、選択収納に今入っているものを出して、選択収納をキャンセルすることはできないのですか。
そうして普通の収納を使えば、空き容量を増やせる気がするのですが。」
「別に生意気じゃないぞ、ヨナ。そこに気づいただけ立派だよ。
ただ残念なことに、一度設定した選択収納を解除しようとすると、一旦、収納空間を空にしなきゃならないんだ。
さすがにこんなところで、全部ぶちまけるわけにはいかんからなァ。」
パパの言葉で、議論が尽きてしまい。変な間が生まれた時。
「よし、今日はここでキャンプだ。」とママが宣言した。
「どうせ今日中にはトリュンに着かないし、ちょうどいい広場があるんだ。
今日中にリュウイを解体して、内臓を捨てれば、全部入りそうじゃないか。」
そう言いながら、ママは目でパパを促す。
「おう、それじゃあとりあえず血抜きだな。
頭ははく製にすれば高く売れるから、切り離そう。
バグ、頭丸ごとぐらいなら入るだろう。」
「エエ。あのぐらいなら。」
「よし、俺は血抜きをするから、バグは頭を切り離す用意をしろ。
リサ、ヨナ、寝場所の確保と食事の用意を頼む。
シャル、その間リュウイと俺たちの入る大きさの結界を張ってくれ、張ったら見張りだ。」
「「「「ハイ!」」」」
元気よく返事して、それぞれの持ち場に動き出した。