3-8 マギーの情報2-始祖と聖女
シャルルンがマギーから得た情報を整理した結果の要約です。
≪これはボイドの拠点に記録されたセイの報告を要約したものよ。≫
と前置きして、シャルルンが涼の父と母の物語を話し始めた。
私、セイは最初地球に行く予定だった。地球世界の結界に割れ目を作ることはできたが、そこからあふれ出た中身に跳ね飛ばされ、今のこの世界にたどり着いた。
その中身に混ざっていたのが田島啓介だった。寄生してみたところ非常に相性が良かったので、自分の持つ幾つかの能力を付与して、生存の可能性を高めた。
その一つがのちに‟吸収”と呼ばれることになるものだった。
‟吸収”は相手の能力を自分のものにできるだけでなく、吸収した能力を他人に与えることもできる。ケイスケは‟コピペ”と呼んで、はしゃいでいた。
この世界に適応させるため、肉体強化や結界を付与していたので、ケイスケが現地人との戦いに負ける気づかいはなかった。むしろ強い相手と戦い、その戦闘技術をコピーすることでその強さをさらに強化できた。
魔法も教えようとしたのだが、魔素が少なく、これまでに扱った経験もないので、着火程度の火魔法と灯り程度しか習得できない。それだけでもこの世界では魔法使いと呼ばれるほどで、コピーするほど優れた魔法技術を持つ者もいない。なので、魔法の上達は諦めた。いざとなれば、私が魔法を使えばいいだけの話だし。
この世界は、農耕が定着し、部族国家と呼ばれる小集団が互いに争う状態にあった。ケイスケは元の世界の中央集権国家成立前の文化だと評価している。
1年ほどかけて、各地を彷徨ったのち、豊かな土地が広がり、幾つもの小都市が点在する地域に居を定めた。端的に言うと、征服したのだ。
その周辺の都市を制圧すると、私の探査能力を使って優秀な人材を集め、その者たちに能力を付与していった。加えてケイスケが持っている知識も教育することで、瞬くうちに農業、製造にそれぞれ特化した技術集団を作り上げ、その技術によってこの地方の生産力は大幅に増大した。
また、戦闘に特化した『軍』を作ると、征服域を広げていった。1年間の放浪中にケイスケ個人の武勇の凄さは知られるようになっていた上に、コピーで肉体強化や結界、探査などの能力を付加された軍の強さは他を圧倒した。
これまで、この世界での戦いは物資や人を略奪する目的で行われていたのだが、ケイスケは支配圏を拡大するという目的に変えた。戦闘時の略奪や暴行を極力抑え、支配後の生活を保証する方式を徹底することで人や生産力の損耗を最小限にとどめた。
さらに、征服した土地には大幅な自治権を与え、それまでの支配階級を安堵したことから、しばらくすると戦わずに恭順する者が多くなった。
この中で、のちに9大将軍と呼ばれる人材が育ってゆく。戦闘力を付与され、戦術教育を受けた者の内、統治能力に優れた9人に大幅な権限を与え、大陸各地に派遣すると、10年足らずで大陸全土を統治する国家を作り上げた。
ジブラトス帝国の誕生である。ケイスケは皇帝となり、名もバズドーラ・ダグラ・デュナ・バルスと改めた。
このような巨大な国家を維持するためにケイスケは物資流通経路の整備を推し進めた。
主要な都市間に街道を整備するとともに、民間の護衛隊組織を作り流通の安全確保に努めた。この護衛隊組織がその後冒険者ギルドの基となる。
私にとってケイスケの最も大きな功績は、積極的な繁殖行為であった。居を構え、征服活動に乗り出してからは、毎日のように繁殖行動に励んだ。征服者に対して、女性を提供することが当たり前の世界なので、その優秀な子種を欲しがる地方領主からは積極的に提供を受け、1日に複数回の活動も当たり前のように行った。
宿主が男性だった幸運に感謝している。
ケイスケの子供は4人に一人の割合で、私の分身を受け入れた。自分ではわからないが私の分身作成は4日ごとに行われているようだ。それに気づいてからは、ケイスケも繁殖活動を4日間隔へと減らしていった。
ケイスケの身体は私が管理している。マザー能力の一つに宿主の身体の再生がある。通常のボイドは体の健康維持と回復促進程度だが、私の場合はケイスケの身体に不具合が生じたら、新しくその器官を作り、置き換えていく。このため、ケイスケは20代後半の身体を維持していた。
この世界で200余年が経過した時、突然の訪問者があった。同じボイドのマザー、ロートだ。ロートは、何と、ケイスケの恋人だったという女性に寄生していた。
ロートは私に代わり、地球に進出するため送られたマザーだ。
私の開けた割れ目から探査を伸ばし、寄生する相手を探していたところ『田島啓介』に執着する女性を見つけた。触手を伸ばして彼女との交信を試みて、『田島啓介』の情報をちらつかせたら、強烈な念を発し、割れ目に飛び込んできた。
結果、同じ場所で同じ方向に弾き飛ばされたロートはその女性に寄生してこの世界にやってきた。
その女性、恵 (メグミ)の訪問はケイスケを喜ばせた。だが、彼は皇帝として1人の皇后と複数の皇妃を娶っており、繁殖を望む女性たちも引きも切らずの状態だった。
メグミにとっては4年前に行方不明となった恋人との再会であったが、ケイスケにとっては200年前の思い出での恋人である。
その状況と2人の思いのすれ違いに絶望したメグミは、自殺を図った。もちろんロートがこれを許すはずがなく、マザーの持つ強制力を持って心を静めた。だが、まだ宿主の精神を完全に把握できていなかったため、記憶の一部を破損してしまい、メグミは幼児退行してしまった。
そのメグミをケイスケは献身的に支えた。忙しい業務を縫って、毎日3時間程度は話し相手となり、私やロートと一緒に新たな思い出を作り上げていった。
メグミは治癒関係との相性が良く、私たちとの会話から独自に発想し、治癒能力を結界に封じ込めるなど、過去のボイドの記録にも無い事績を成し遂げた。‟豊穣の光珠”はその一つである。
これと並行して、ケイスケは新たな皇都づくりに着手した。20年かけて広大で近代的な都市を作り上げると皇位を息子に禅譲し、上皇として古都付近の領地と年間予算を確保した。
上皇として自由な時間と潤沢な資金を確保したケイスケがおこなったのは、‟教会”の設立と普及だった。
ケイスケの持つ‟吸収”には欠点があった。自分自身の持つ能力は他人に与えられないことと、コピーした能力は、一度他人に転写すると無くなることだ。
この世界にはギフトに類する精神寄生体が存在しなかったから、ギフトのコピーと配布はケイスケの子孫が継承したものに限られていて、特に治癒能力の不足は問題であった。
そこに、メグミがやってきた。メグミの持つ‟治癒”はロートが持つ能力の複写であり、その能力は絶大であった。
ケイスケは義務として続けている繁殖行為以外の夜はメグミと褥を共にしていたから、メグミの持つ治癒のコピーをたくさん抱えていたので、鑑定保有者、即ちボイドの宿主を集め、主だった者に治癒能力を付与して、教会組織を作り上げていった。
『ギフトは神からの贈り物、神の意思に従ってギフトを人のために活かす。それが教会に与えられた使命』がメネル教(=教会)の理念だ。
人外の能力を持ち、具体的な恩恵を与えてくれるメネル教は、上皇の権威と相まって帝国全土に広がっていく。
教会の設立は、表向きは地方の生活向上、活性化であり、農村部に教育や医療を普及させる役割を担っている。同時に、鑑定保有者が地方の隅々までいるということは、帝国全土にリアルタイムの監視機構を置いたようなものである。集まった情報を的確に生かすため、古都に教会の本山を置いて、情報処理の専門部署を設置した。
数十年かけて、帝国全土に教会が根付くと、ケイスケとメグミは東大陸に渡り、教会組織の普及に努めた。
ケイスケは上皇として、帝国の威光を背景に持ってはいるが、決して強圧的な態度はとらず、地域開発や産業育成に金を使うことで地域の権力者の協力を得て、教会の普及に努めた。もちろん、ボイドの繁殖活動も怠りなく、各地に子孫を残した。
メグミは当初、教会の教皇として組織作りに取り組んだ。協会幹部の称号は彼女が付けたものだ。ケイスケもアニメオタクではあったが、さすがにその称号は恥ずかしかった。しかし、称号を提案した時のメグミの仕草が可愛かったので、反対しなかったようだ。
東大陸に渡るにあたって、メグミは教皇の座を譲り、‟聖女”として教会の権威を持って普及に努めた。もちろんその治癒力のすばらしさで、各地に‟奇跡”を残している。
東大陸南部の魔界に赴き、魔族と交渉して、お互いの活動領域の確定と交易所の設置を行ったことはよく知られているが、その時、魔族から異世界への移動方法が有ることを聞かされた。
この世界と地球に時間軸のずれがあり、ケイスケがこの世界で過ごした500年が地球時間では10年しか経っていないことから、2人に望郷の念が湧いてきた。
いくつかの障害はあったが、ボイドの拠点はこの世界の驚異的な繁殖速度をケイスケの功績と認め、地球に送り返すことを了承した。その裏には、ボイド本体の侵入を拒む地球世界への関心があり、ケイスケたちと協力してその原因を突き止めたいという願望があった。
セイはこれまでも‟しずか様”として教会の権威付けに役立っていたので、教会の内部に生存空間を作り、引き続きこの世界のマザーとして活動することにした。
ロートはもともと地球の繁殖地開発が目的だったこともあり、メグミの体内に寄生したまま、ケイスケの精神体を取り込んで、地球まで行くことになった。
地球にたどり着いたロートは割れ目から触手を伸ばして、地上にケイスケとメグミの身体を再生し、精神体を各々に送り込んだ。
ロートの精神体は、次元の割れ目を超えることができなかったので、割れ目の外側に居住し、触手を通じてケイスケたちと連絡することとした。
≪とりあえず、これが始祖と聖女の物語かな。≫
【駄目だよ。この後は無いの!バギーは僕がこちらに来る理由があったようなことを言ってじゃないか。】
≪待ってね。・・・その件については、ロートの報告とマギーの伝言があるわね。
地球に降り立った2人だけど・・・・・・≫
シャルルンの話はまだまだ続いていく。