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(新春記念特別編) リサとベネの旅立ち

明けましておめでとうございます。2023年新春特別編をお送りします。


ヴェグネス・サデュラン(ベネ)とリサナッティ・デュナ・バルス(リサ)が帝国を出奔するときのお話です。

最後の部分を除き、ベネの視点でお送りします。


長くなりました。通常の4,5話分に相当します。

でも正月ですから、一挙公開です。

 ふと目覚めた。

 右腕には愛しい人の顔がある。

 リサナッティ・デュナ・バルス、帝国の第3皇女、18才になったばかりである。


 私はヴェグネス・サデュラン、25才。子爵の4男で、近衛騎士団所属。現在はリサナ姫の護衛隊の分隊長だ。

 そう、護衛対象の姫と男女の仲になってしまった。



 3日前、いつものように狩りに出かけた。姫様の護衛として。

 リサナ姫は若くして美貌と勇猛さで知られる剣士である。無謀と獰猛どうもうな拳闘士の方がもっと知られているが。

 今日は帝都の東に出没する黒緋熊の討伐だ。体長2mを超え、剣をも弾く剛毛に覆われた凶暴なやつで、これを姫と我々7名で狩ろうというのだ

 姫が探査で真っ先に熊を見つけた。部下の6人が向こう側に回り込んで追い込む。

 その場には姫と私だけが残った。2人だけで熊に対峙するのだ。


「ヴェグネス。私と死んでくれないか?」

 目を向けると、姫はまっすぐに前を向いたまま、真剣な表情だ。が、わずかな緊張?、これは怯えか?、が感じられる。

「御意に。いつなりともご一緒いたします。」

 何の躊躇もなく言葉が吐き出される。この10年間の思いを込めて。


 姫は私に視線を向けると、

「私はゴルナド討伐におもむく。

 父も、兄の敵を討ち、帝位につく意思を示せば、否とは言うまい。

 お前に父を殺すことを止められた以上、チュリオを生きて帝位に付ける為、私が死ぬことが、私にできる最善の策だと思う。」

 悲壮感など感じさせない冷静な物言い。普段の粗野な言動とは違う、理知的な思考。それが私を引き付ける。


 ここで、この発言の背景を解説すると・・・・・・・

 西大陸全土を統治するジブラトス帝国は、後継者の条件として『皇帝の親族の内、高度な鑑定を持つ者』と定めている。現皇帝の御子でこの条件を満たすものは3名、第一皇子のリッチモンド、第3皇女のリサナッティ、第6皇子のトランペストであった。

 リサナは第3皇女の愛称で、チュリオは第6皇子の幼名だ。リサナとチュリオは小さい時から仲が良く、チュリオの母親が私の叔母であることから、私は彼の兄貴分的な存在であった。リサナが成人し、専属の護衛隊が結成される時、私を強く推薦してくれたのがチュリオであったと聞いている。

 2年前まで、後継者は第一皇子で決まりだった。だが、そのころ目覚めた魔獣ゴルナドが近くの村を襲い、数十人の村人がその餌食となった。その討伐のため現地に赴いた第一皇子はゴルナドの反撃に合い、命を落とした。

 そこから後継者争いが始まる。と言ってもリサナを押すのは、皇帝陛下と教会の一部だけで、宰相はじめほとんどの貴族、役人はチュリオを推薦している。

 理由は簡単だ。リサナの素行が悪すぎる。警備の厳重な皇宮から忽然と姿を消し、数日後に堂々と門から帰還する。宮殿行事や夜会なども最小限の役割を終えたら、ろくに貴族の相手もせずに姿を消すか、名の通った騎士と武術談義を始める。

 皇帝や教会は、リサナの持つ多彩なギフトと膨大な魔力に期待している。始祖の生まれ変わりとさえいうものもいる。硬直化している帝国の現状打破を期待しているのだろう。

 私から見れば、リサナに皇帝務めは無理だ。能力的には大丈夫だろう。物事を見る目は鋭い。だが、調整して物事を収める根気が無い。

 時折姿を消して何をしているのかというと。下町の飲み屋で悪漢数十人を殴り倒したり、近郊の盗賊団を壊滅したり、悪徳貴族宅に乗り込んで潰したり。

 後始末を任された我々がどれほどけつを拭かされたことか。

 やっていることは正しいが、やり方が間違っている。

 正義の味方は事務処理には向いていないのだ。


 話がそれた。後継者争いだが・・・・・・

 皇帝はチュリオを暗殺しようとしている。皇帝は密偵や暗殺に特化した部隊を持っているのだが、リサナはそういう者たちに人気がある。そういう筋から、皇帝の思惑がリークされてくる。

 先日、リサナの様子がおかしいのに気づいた。実は私も暗殺隊に伝手がある。姫の性格からそうじゃないかと思って追及したら、やっぱり皇帝、実の父を、殺そうとしていた。

 そんなことをしたら国が乱れ、チュリオが皇帝になる目を潰しますよと、説得したら諦めてくれたようだったのだが、その次の策が自らの死とは、もう少し周りの、いや、私の気持ちも考えてほしいものだ。



「私にとって最善の策は、あなたと共に生きることです。」

「皇帝と騎士としてか。そんなものに興味はない。・・・お前の伴侶として生きるなら別だがな。」

 姫が私に恋心を抱いていることは、感づいていた。だが、それを認めることは、長年封印し続けている私の思いを解くことになる。それは2人にとって最悪の事態、生きたままの別れに繋がる。

 そんなためらいは、姫の言葉で吹き飛んだ。


 身体を姫に向け、片膝をついて騎士の礼を取ると、思いのたけをぶちまける。

「この10年、ずっとお慕い申し上げております。初めてお会いした時からずっと。」

「その‟初め”とはいつだ。どの瞬間だ。」

 せっかく私が一世一代の思いを吐いたのに、どこに食いついてくるんだろう、このひとは。

「初めての対峙であなたが私の肘打ちをかわして、顎に一撃入れた時ですよ。」

「なら、私の方が先だな。私はお前と立ち会った瞬間、恋に落ちたぞ。」

 誤差の範囲じゃないか!・・・と思ったが、『女性のそういう思い込みには逆らうな』という友の言葉を思い出したので、自重した。


 冷静さを取り戻した頭で、状況を整理して、提案する。

「それでは生き残ることを考えましょう。ゴルナド討伐に向かい、ゴルナドに殺されたことにして、出奔しませんか? 身分を捨て、冒険者として生きるつもりなら、なんとかなりそうですが。」

「暴力と危険に満ちた世界か。陰謀と事務処理に満ちた世界より、はるかにましだな。」

 こういう人だったな。とあらためて思う。私の理想の人だ。


 などと、やり取りしていたら、森から追い立てられた赤緋熊がこちらに猛然と突っ込んでくる。

「それでは、こいつとの戦いで負傷したことにして、数日休暇を取ります。どこか密談できるような場所を探しますので、それまでに何か策を考えておいてください。」

 突進してきたクマを盾で食い止め、槍を突き出すと、クマが突進を止め、身をひねる。

 そこに、私の陰から飛び出した姫が、クマの脇腹に拳を叩き込む。

 連打、連打、連打。熊の突進と張り手を躱しながら、動きを止めない。

 堪らず体勢を崩した熊の心臓を私が突いて、終わりだ。

 たったこれだけの動きの、どこで怪我をしたことにすればいいのだろうか?

 とにかくでっち上げねば。



 次の日の夕方、下町にあるちょっと高級な宿で、密会した。

 商人が密談する場所なので、秘密保持には定評がある。

 食事をして部屋に入ったら、話す暇もなくxxxxxだ。

 それから丸一日、2度の食事以外は部屋に籠ったまま過ごす。

 時折、思いついたように出奔計画を立て始めるが、邪魔する奴がいてxxxxxへ移行する。

 なぜか私ばかりが策を立て、姫が邪魔をする。・・・別に問題ないか。



 姫の寝顔を眺めながらそんなことを思い出していたが、何かおかしい。

 いつもは(と言ってもまだ1日だけだ)ゆっくりと上下する胸を見ながら、ゆったりとした気分に浸り、そのうち興奮してxxxxxに移行するのだが、今はその胸が動きを止めている。

 慌てて胸に手を置くと、わずかだが心音を感じることができる。しかし、極端に遅い。

 まるで仮死状態だ。負傷者を移送するとき患者の負担を減らすため、仮死状態にすることがあるが、今はそんな状況ではないし、術者もいない。

 そのうち体温の低下が感じられるようになった。

 結界を張って呼びかけることにしたが、私の結界は物理に特化していて、視覚や聴覚遮断が甘い。大声で叫ぶと部屋の外に漏れる危険性がある。リサナ姫とは呼べない。

 覚悟を決めて、「リサ!、リサ!」と呼びかける。

 最初は静かに呼びかけていたが、そのうち体を揺さぶりながら、大声で叫ぶようになった。

 1時間ほど続けたが、反応が無い。これは人を呼ぶしかないか、と思って、誰が適任かと考えていると、突然何かが『ドスン!』と彼女の身体に入り込んだ。

 飛ばされないように、強く彼女を抱きしめる。

「痛いな。この馬鹿力。」

 彼女の肘が、こめかみを直撃し、意識が飛びそうになるが、耐える。耐えて、もう一度強く抱き締める。

「ばかやろう。勝手にどっかに行くんじゃない。心配したんだぞ。」

「なんだ、泣いているのか。かわいいとこがあるじゃないか。」

 リサナ姫は笑いながら、私の髪をくしゃくしゃにかき回す。

 いかん!興奮してきた。・・・というわけで、xxxxxになだれ込む。


 夜が明ける頃に目を覚ますと、リサナ姫はもう衣服を整えて椅子に座っている。

「もう帰るのか?」

「さすがに2晩城を空けたからな。お前の部下も必死になる頃だ。

 お前のところに問い合わせが行って、仮病がばれても面倒だろう。

 昼までには帰るつもりだから、それまでに策を練るぞ。」

「策とはいっても、昨日ちょっと言ったがゴルナドの情報が少なすぎる。

 皇子の討伐隊の生き残りの話で、やつの攻撃力はある程度分かるが、防御力は未知数だ。剣や槍など物理系の攻撃は全く効いていない。魔法は多少通じていたようだが、どれだけ耐えられるのかがわからない。急所でも分かればなんとかなるんだが。」

「フフフ、さっき私がどこに行っていたと思う?

 ゴルナドの討伐方法が見えてきたぞ。」

「さっき?・・・ずっと一緒だったじゃないか。・・・アッ、意識だけどこかに飛ばしたのか。

 なんて危険なことを!帰ってこられなかったらどうするんだ!」

「幽体離脱なら、ずっと前からしているぞ。最近はフローネの市内程度なら思い通りに動けるようになったしな。今回はちょっと遠くまでだったから不安はあったが、私の鑑定が止めなかったので大丈夫だと思ったんだ。」

「遠く? ゴルナドのいる洞窟までか? 騎乗しても3日はかかるぞ。」

「そういう遠近じゃあないんだ。魔族の世界までちょっとな。」

「魔界か!東大陸南部にあるという。」

「違う違う、魔素の噴出点は知っているだろう。この世界には無数にあると言われているが、あれは魔族の世界とこの世界に割れ目があって、繋がっているんだ。

 東大陸にある魔界は、その割れ目が魔族や魔獣が出入りできるほどバカでかく、魔素が溜まりやすい地形なので魔界の生物が生きていられる地域のことを言うんだ。

 2年前、皇子の弔問に魔族代表として出席したやつがいるだろう。お前も会ったな。

 やつは見た目普通の人間だったが、私には作り物に見えた。だから聞いてみたんだ。

『見事な幻視ですね』って。気付くやつはいないと思っていたらしくて、びっくりしていたが、その時教えてくれた。

 肉体は人の住む領域の魔素濃度には耐えられないが、精神体は大丈夫だ。精神体だけでなら両方の世界を跨いで行き来できる。

 強大な魔力を持ち、精神体の離脱が可能ならばな。

 やり方を教えてもらって、そのうち遊びにおいでと誘われていたんだ。

 幽体離脱は大分熟練したと思ったので、魔獣の特性や倒し方を教えてもらおうと、ちょっと行ってみた。」

 身体から血が引いた。帰ってこれた方が不思議なぐらいだ。

「そんな、俺を置いて・・・、黙って・・・」胸が苦しい。言葉が出ない。

「お前が、いてくれるから行く気になったんだぞ。幽体離脱した時、いつも輝く光があるんだ。強くて、澄んでいて、柔らかい。それがお前だ。時々会いに行ってるんだが、気付いてくれない。先日行ったら、私がプレゼントしたナイフを握りしめて『リサナ様お慕いしております』と呟いた。思わず抱き着こうとしたら、肉体に舞い戻っていた。」

 恥ずかしい!今度は体中の血が沸騰している。固まって、声すら出ない。

「一昨日告白できたのは、そのおかげだ。断られたらどうしようと、ずっと悩んでいたからな。死ぬつもりだったので、最後まで傍にいてほしかった。」

 思わず顔を上げて、姫の顔を眺める。愛おしい。せっかく着た服だが、また脱がせたくなった。

「まあ、おかげでどこにいても帰り着く自信が持てた。お前の光を感じ続けて、お前のことを思えば、どこに行っても帰ってこられる。」

 思わず抱き着こうとしたのだが、両腕で突っ張って近づかせてくれない。笑顔だけど。


「待て、待て。話を最後までさせろ。ここで抱き合ったら、また数日居続けだぞ。

 ともかく、お前に抱かれて心残りもなくなったから、魔族の世界に飛び込んだ。

 あの魔族と繋がる呪文を教えてもらっていたので唱えたら、大人数の魔族に取り囲まれた。どうもあいつは王族で、結構な地位にいる奴だったようだ。その執務中に突然飛び込んだので、『そうなるわな』だ。

 私が武器を構えたごっつい連中に取り囲まれているのに、あいつは大笑いだ。取り囲んだ連中もどうしていいかわからずまごついている。私はいつでも応戦できるようにゆったりとした姿勢で立って、顔だけで『なんとかしろ』と促したら、やっと解放された。

 あいつ結構脳筋だぞ。私の構えを見て、どこまで戦えるのか見たかったらしい。

 そう、向こうでは肉体が再現されていた。格好?お前の横で寝てたんだ、素っ裸に決まってるだろう。

 こら、怒るな。あいつらと我々では感性が違う。人間の裸じゃ動じないよ。お前だって犬を見ても“裸だ”なんて意識しないだろ。


 あらためて、あいさつを交わした後、ゴルナドについて聞いてみた。

『約2万年前、私たちとあなたたちの世界が接触した時、各地に割れ目が出来て、私たちや魔獣がそちらの世界に放り出されたのですよ。もちろんあなた方もこちらにやってきましたが、こちらの魔素濃度の高さに耐え切れず亡くなったと伝えられています。そちらの世界でも私共の世界から流れた生き物のほとんどは死んだはずですが、大型の魔獣は魔素が少ない環境でもしばらくは生きられます。あなたたちの時間で1000年ぐらいですかね。この間に洞窟など魔素の噴出点が在って閉鎖的な環境を見つけて住み着いたのでしょう。

 ゴルナドという魔獣はあなた方がつけた名前なので知りませんが、特徴を聞いていると聖獣▼?グP%&のようですね。発音できない? ‟聖獣”で話を進めますね。

 魔獣の内、知能が高く強い力を持つ者を聖獣と呼びます。

 特異個体ですので個別の能力が違い過ぎて、攻略方法というのはありません。

 その聖獣が私が知っている聖獣であれば、物理攻撃は通用しません。魔法付与した武器でしたら多少は通じるかもしれませんね。魔法耐性は高いのですが、どのくらい強力な魔法に耐えられるかはわかりません。

 攻撃はその不死身の身体を使った物理攻撃が主ですが、ブレスを吐いたという記録もあります。

 以前、皇子が討伐に向かった先は洞窟でしたね。一般論ですが、魔素を遮断された状態だと魔獣の力は弱まります。一度おびき出して、魔素の噴出点を塞ぎ、その後閉じ込めれば、だいぶ楽になりますよ。でも、魔素が無いとあなた方も魔法が使えなくなりますね。』

 ここで、結界で閉じ込めて魔素の無い状態を作ることができるか聞いたのだが。

『あの聖獣は身体の形を変えることができます。身長1mの人型から体長5mの竜型まで変わった記録があります。その大きさをカバーできれば可能かもしれませんね。

 そうだ! 知能は高いので人と何回か接触していれば、言葉が通じるはずです。聖獣は死ぬと転生するので、もし話せるようなら説得するのも手かもしれませんよ。こちらの世界に戻りたがっているのに死ぬ手段が見つからないこともありますからね。ただ、黙って殺されてくれるほどプライドは低くないでしょうから、納得できる力をこちらが示せれば、ですが。』

 まあ、手に入れた情報はこんなところかな。」


「それで時間がかかっていたのか?」

「いや、帰ろうとしたんだが、お前の光が見えないんだ。『リサ!、リサ!』とうるさかったのはお前だろう。無駄なことをするから、光が弱まったんだ。


 もたもたしていたら、魔王にならないかと勧誘された。今の魔王が高齢で代替わりの時期に来ているそうだ。次代の候補に一人すごい魔力を持ったやつがいるんだが、性格が残忍でトップには不向きだそうだ。世界の壁を突破するだけの精神力を持っているなら、そいつの魂を乗っ取って魔王にならないかと言われたんだが。なんか身につまされてな。

 そうこうしているうちに、お前の光が見えたので、さっさと逃げてきた。」

「似たような奴はどの世界にもいるもんだな。」

「嫌味なら通用しないぞ。自分でもそいつに同情したからな。

 それより、あれは気に入った。」

「あれ?」

「リサ、リサって呼んでくれたじゃないか。これから2人きりの時はリサって呼んでくれ。お前は・・・・ベネが良いな。ベネ、好きだぞ。」

 思わずもう一度抱き寄せたが、さすがにこれ以上は姫の帰宅を遅らせない。

 ゴルナド対策も立ててないので、もう一度‟しよう”ということで、いったん解散した。

 何をするかって?ゴルナド対策会議に決まっている。


 1週間後、姫は皇帝に謁見を申し込んだ。ゴルナド対策が決まったわけではないが、チュリオの暗殺を止めるために、姫がゴルナドに殺される可能性を皇帝陛下に認識してもらうためだ。


 公式の謁見だ。多くの貴族、役人達が見守る中で、リサが進言する。

「兄リッチモンドがゴルナドに敗れて、2年が経ちました。わたくしのような若輩に次期皇帝への推挙をいただきましたことは、まことにうれしく思いますが、お受けするにあたり神意を確かめたく存じます。3ヵ月後にわたくしが選抜した者たちを率いてゴルナド討伐に向かうつもりです。それを成し遂げることで皆様方にご納得いただけることができるのではないかと思案するものです。」

 会見の場にどよめきが起こる。

 皇帝を含め、大多数は断りが入るものだと思っていたからだ。

 皇帝はここで断られても、時間稼ぎをし、その間にチュリオが死ねば、リサが受けざるを得ない状況が作れると目論んでいたはずなのだ。


 神意の確認要求には正当性がある。

 800年ほど前に蛇竜スベラカスが暴れたとき、その討伐に神意を求め、やり終えたことで皇位に着いた者がいた。その後、皇位が複数の者で争われる度に、魔獣討伐に神意を求める者が現れた。もちろん失敗した割合の方が高い。

 リサの進言もそれに倣ったものととらえられたが、今回は格段に難易度が高い。

 だが、皇帝はその進言を受け入れた。討伐できればリサが皇位につくことに反対する者はいなくなる。敗れる程度の実力なら、この停滞する帝国を改革することなど出来はしない。そう考えての判断だと思われる。

 リサの見込んだ通りだった。


 皇帝は最初数千人規模だと思っていたようだが、少数精鋭で行くので100人以下にすると言って、準備のため訓練場の付いた屋敷を賜った。

 私は副将として、事実上の指揮官に任命された。

 私とリサはそこに泊まり込んで準備を進める。

 知り合いの隠形使いと魔法使いを数人づつ集め、討伐方法の検討と討伐参加者の選別を行う。最終的にはリサと私だけで、ゴルナドに対峙するのだが、洞窟の封鎖やゴルナドとの遭遇状況に応じた役割分担と連携を検討する。2か月後には陣容が整ったので、残り一か月は具体的な作業のタイミングを合わせることに費やした。

 もちろん夜は2人きりだ。探査、結界、隠蔽など2人の持つあらゆる手段を駆使して他の者に気づかれずに逢引きを繰り返した。

 もちろんこれは、ゴルナドに気取られずに棲家すみかに忍び込むための訓練だ。


 3か月後、リサに率いられた50人の精鋭たちが、ゴルナド討伐に向けて出立した。

 1週間後には、ゴルナドの棲む洞窟から半日程度離れた宿営地に到着した。


 ゴルナドは、最初に村を襲ったのち、ほぼ3ヵ月毎に姿を現している。

 実は最初の襲撃後、棲家から1時間程度離れたところに牧場が作られた。

 そこに30頭ほどの牛や豚を放牧している。

 リッチモンド皇子が造設したもので、当初は討伐のための囮として使われたが、その後はゴルナドの餌場として使用されている。おかげで周辺の村への被害は今のところ無い。


 一般に魔獣は数百から数千年の休眠期と3百年程度の活動期を繰り返すことが多い。

 単純に年間家畜120頭程度の被害なら、討伐するよりそのまま続けた方が安全で安上がりだ。しかし、その活動パターンがいつ変わるかという不安を300年近く抱え込むことは周辺住民にとってはかなりの負担となる。事実、ゴルナドの棲家周辺の村では人口が減り始めており、穀物の収穫量も減りつつある。

 このため、リサナ姫討伐隊への期待は大きく、近づくにつれ住民からの期待がひしひしと感じられるようになった。


 到着の翌日、私とリサは20人の隠形持ちと10人の魔法に長けた者と共に、ゴルナドの棲む洞窟に向かった。

 リッチモンド皇子は、1000余名を率いて、屋外での包囲戦を選んだため、洞窟内の状況がよくわかっていない。ゴルナドが餌を食べに出てくるのを1週間以内と見込んでいて、食事に出た隙に洞窟内にわなを仕掛ける予定なので、それまでにできるだけ内部の様子を知りたかったのだ。

 洞窟は基本的に幅3m、高さ3m程の楕円状だが、自然岩を叩き壊してできたようで、凸凹している。最小で2m程の幅と高さを確保しているので、洞窟内では人の大きさサイズの形態をとっているのだろう。

 入り口付近に魔法使い達を残し、私とリサは結界を張り、隠形持ちは隠形を掛けて、ロープを繰り出しながら奥へ進んでゆく。洞窟内には分岐しているところもあるが、ゴルナドが通った後が残っているので迷うことは無い。

 10m毎に隠形持ちを一人ずつ残しながら50m進んだところで大きな空洞に出た。

 リサが探査しているが、気取られるのを恐れて、探査幅50m程の弱い探知を使用しているため、細かな様子は目視に頼るしかない。灯りはリサの頭のところに一つだけ、複数のギフトや魔法を同時に発現できるのがリサしかいないからだ。ベネも使えないことは無いが、魔力制御が雑なので、気付かれる恐れがある。みんな暗視は鍛えているので、一つあれば十分だ。

 ここで、リサの探査が何かを検知した。慎重に調べると結界のようだ。この奥50m程に張られている。ゴルナドの巣だろう。


 3人だけ連れて、私とリサはさらに奥に進む。私が先頭でリサが2番目で1列になってゆっくり進む。

 30mほど進むと5m四方ほどの小さな空洞があった。ここで奥の結界を観察すると直径30m程の大きさだ。それだけの空間があるのだろう。


 目的は達成したので引き返そうとした。来た順番とは逆に隠形持ちの3人から引き返し始めたが、リサの番になると、体をひねって、私を先に行かせようとする。

 何かあるのかと緊張したが、何も感じられない。私を前に行かせると、リサもすぐに続いたので、ほっとした。その時。

 リサが右腕を体ごと大きく後ろに振り切る。

 ガシン! と大きな音を立てて、小柄な人くらいの大きさのものが壁に叩きつけられた。

 そいつは一瞬で起き上がると、今度は私めがけてとびかかってくる。

 私は収納から、穂先をそいつに向けた状態で槍を取り出し、右わきに固定する。

 ゴン! 目を狙ったのだが、かわされておでこに当たった。なんと!突き刺さらない。

 身体に体重をかけて思い切り押すと、そいつは穂先を支点にして体を起こし、後ろに飛び跳ねた。


「作戦発動!」リサが大声で叫んだ。そいつに暗器を向けた隠形持ち達が、動きを止める。

「作戦番号4番。直ちに実行せよ!ベネ、出口を塞げ。」

 隠形持ち達は素早く小部屋の出口に駆け込む。

 私は一番大きな盾を取り出し、出口を塞ぐ位置に立つ。小部屋全体に結界を張り、この小部屋を切り離した。

 そいつは立ったまま動きを止め、リサを睨みつけている。

 身長1.5m程の魔族だ。全体の容姿は人に似ているが、皮膚はうろこのような小板で覆われている。小顔だが目と耳が異様に大きい。鼻はとがった鷲鼻で、口は耳元まで裂けている。


「魔獣ゴルナドだな。あなたが元居た世界では聖獣と呼ばれていると聞いた。残念ながら私はその名を発音できないので、ゴルナドと呼ばせてもらおう。

 魔族の王族にあなたのことを聞いた。元の世界に帰りたがっているのではないかとな。

 ただ、そのためには死んで生まれ変わることが必要だ。それもあなたが満足するような戦いをしなければならないとも。

 私はこの国の王女でリサと言う。自分で言うのもなんだが、攻撃力と魔法ではこの国で一番だと自負している。

 こちらはベネ。防御力ではこの国一番だ。しかも、収納から繰り出す剣や槍は先ほどのように神出鬼没。

 私たち2人でお相手したいのだが。いかがかな。」

「なかなかに魅力的な申し出じゃが、時間稼ぎかな?向こうから大勢やってきてるが。」

「申し訳ないが、この洞窟は入り口からここまで埋めさせていただく。彼らはそのための役目だ。つまり、3人で閉じ込められるわけだ。半年は掘り出すなと言ってあるので、戦う時間はたっぷりと取れるぞ。」

「ははは、面白いな。それで勝った者はどうなるのじゃ。」

「この程度の山、掘りぬく力はお持ちだろう。我々でも数日あれば抜け出せる。怪我をして動けなくなっても、一応半年分ほどの食糧は持ってきた。戦う前にこの部屋にでも置かせてもらおう。」

「食べ物より、空気が持つかな?」

「うわさ通り、聡明なお方だ。私の方には工夫がある。あなたは魔素さえあれば大丈夫なのでは?

 ところで、そこまで言っておいてなんだが、戦わずに済む方法もある。おとなしくしてくれるという約束があれば、魔界までお送りする。魔界はあなたがこちらに飛ばされたとき出来た大きな裂け目で、あなたの世界と繋がっている。大型の魔獣も通行できるほどの大きさがあるそうだ。」

「我は不死身だが、不死ではない。さすがに体の衰えを感じている。この身体で戻ってもすぐに殺されるじゃろう。お前たちが言葉通りの強さなら、やり合いたい、というか、そんな奴を見過ごすつもりはない。」

「では、隣の部屋へ。ここでは狭すぎるでしょう。本来の形態で戦ってもらいましょう。」

「魔素濃度が高いが、耐えられるかな?」

「我々には工夫があると申しました。見ても卑怯ひきょうとは呼ばないでくださいよ。」

「戦闘形態になれば、人語は話せない。文句も言えんさ。では。」

 隣の部屋の結界が解除されたらしく、そこへの通路から濃厚な魔素が流れ込んできた。

 私は小部屋半分を埋める食糧を出すと。続けて大量の干し草のようなものをばら撒く。」

「なんじゃこれは?」ゴルナドが不思議そうに見る。

「カフサと言って、魔力を吸収する植物を乾燥させたものですよ。大量に用意しましたので、あしからず。」

 リサはそう叫ぶと奥の部屋に向けて走り出した。私も後に続く。

 感知したとおり、直径30m程の半球状の空洞だ。

 リサは一瞬強烈な探査を放つと、部屋の奥隅に向かう。

 私はカフサを部屋中にばら撒きながらリサの傍まで行き、リサがうなずいたのを見て、リサの半身が埋まるほどのカフサを大量にリサの周りにばら撒いた。

 リサの結界が始動する。卵を縦にしたような形で、腰付近までカフサに埋もれたリサが見える。

「なるほど、魔素の噴出点を閉じ込めたか。そしてこの枯葉で魔力を吸うんじゃな。よく考えたと誉めてやろう。だがその程度で倒されるほどやわではないぞ。」

 そう言うと、その体が膨れ上がる。

 変身し、体長3m程になったゴルナド。上半身は厚みのある筋肉質で黒褐色の剛毛が生え、下半身は長く敏捷性のありそうな足をうろこが覆う。頭には牛のような鋭く太い角が生えている。ゴリラと牛を合わせたような顔は、どう猛さの中に愛嬌を感じさせる。

 ゴルナドはゆっくりと歩いてくると、部屋の隅に積み上げた道具類の山から、一本の武器を取り出す。長柄の鉄製ハンマーだ。持ち手側は槍のように尖っている。

 ストレッチするように体をひねり、ハンマーを軽く2、3度振ると、30mの距離を一瞬で駆け抜け、私に向かってハンマーを横殴りにたたきつけてきた。

 私は瞬時に大盾を出して結界で包み、肉体強化した腕でハンマーの衝撃を逃がす角度に持っていく。だが、大盾は紙のようにつぶれ、私は体ごと数m吹っ飛ばされた。

 意識はあるので、飛ばされ、転がりながらも次の攻撃に備えるが、ゴルナドはリサの張った結界を殴り続けている。リサの結界は最高強度にすると、私の槍でも傷ひとつ付けられないのだが、ゴルナドのハンマーは一撃ごとに結界を変形させ、虹色の光を放たたせる。

 リサの表情にはまだ余裕がある。変形した結界を修復しながらも、ゴルナドの背後に幾つもの魔素の集積点を作っている。

 その魔素の塊が光り始め、互いに繋がり合って半球状の鏡面を作るとそこからおびただしい光がゴルナドの後頭部にあつまるように降り注ぐ。光ではない雷電だ。

 ゴルナドの後頭部は真っ白に光り、燃え始める。

 ゴルナドは後方へ10m程ジャンプして逃れる。

 鏡面が角度を変えてゴルナドを追おうとするが、ゴルナドが胸を張り「ウォン!」と一声吠えると掻き消えた。


 一瞬の間が空く。お互いの初手の効果を確認し次の手を練っているのだろう。

 私は弾き飛ばされただけだろうって。違うよ。リサの一撃を邪魔しないようにゴルナドから離れる作戦だったのだ。・・・だよな?


 風が渦巻きカフサが舞い上がる。高さ3m程の塔状の渦がいくつも出現し、ゴルナドを囲んで回り始める。その塔達はいきなり燃え上がるとゴルナドに殺到する。

 ゴルナドはリサに向かって跳ねる。が、途中で何かにぶつかりひっくり返る。私が収納から取り出し、空中に出現させた3枚の大盾だ。仰向けにひっくり返ったゴルナドの上では炎たちが踊り狂っている。ゴルナドは跳ね起きると、ハンマーを振り回して炎を消して行く。

 消し終わると、こちらを睨む。ヤベー、ムチャクチャ怒っている。だが、こちらには来ず、ゆっくりと荷物置き場に行くと左手でとげのある球状の瘤が付いたメイスを手に取る。


 こちらに向き直ると腰をかがめ両腕を交差させてりきむ。背中が盛り上がり、2本の腕が生える。その2本はそれぞれ短い棒を手に取る。あれは魔法の媒体となる杖だ。ゴルナドって魔法が使えたのか?・・・魔獣だから当然か。

 燃えてしまったカフサの追加をゴルナドの頭上に出してやろうと思い、念じた瞬間、大量のカフサが私の頭の上に降ってきた。クソッ、魔法阻害か。

 収納はギフト能力なのだが、離れたところに出現させるには空間制御魔法が必要だ。その魔法を邪魔されたのだ。すぐに突風を使って、体の周りに盛り上がったカフサの山を部屋全体にまき散らす。私だって魔力量は多いんだ、風魔法だって使えるんだ。制御は雑だけど。

 ゴルナドはそんな私を無視して、リサに襲い掛かる。両手に持ったハンマーとメイスを間断無く結界にたたきつける。背中の杖からは炎や石弾、何か入った水塊が私めがけて飛んでくる。

『何かって、なんだよ。』って聞くなよ。浴びてないから何かは知らない。周りでカフサがジュウジュウ音を立てて溶けているから、ろくなもんじゃないだろう。私は飛んでくるものを盾で受けたり、かわしたりと大変なんだ。

 しばらく続けていたら、空気が変わったのを感じた。魔素が少なくなっている。リサが最初に使った大規模魔法は魔素を減らすためもあったのだ。追加したカフカやゴルナドの魔法攻撃もそれに拍車をかけている。


 ゴルナドも気が付いたようだ。一旦、リサの結界から距離を取ると、周りの匂いを嗅ぐような仕草をする。

 その時、大音響とともに地面が大きく揺れる。魔法使い達が落盤を起こし、入り口までの道は封鎖されたはずだ。

 これで、この部屋の魔素は時間と共に尽きてゆくことになる。



「待たせたな。こうなるのを待っていたのでね。」

 そう言いながら、リサが結界の中からゆっくりと出てくる。結界はリサが通ったことを感じさせないほど素早く滑らかに閉じる。

 リサは、収納袋から白銀の大剣を取り出すと、両手で右下段に構える。

 私は「ホォ」と感嘆の声を上げる。リサは剣士と呼ばれているが、実戦では拳を使うところしか見たことが無い。しかも国宝級の純銀の剣だ。銀は柔らかいので普通武器には使わないが、魔力を通しやすいので、魔力のある者にとっては、威力のある武器となる。

 ゴルナドも身を震わすと、背中の腕を引っ込め、杖やメイスを投げ出して、ハンマーを両手で構える。

「ベネ、結界を頼む。」

 そう言うと、切っ先を地面に這わせるように、突進する。

 ゴルナドも応じて、ハンマーを打ち下ろす。

 リサは剣を振り上げ、柄の中央部分に切りつける。

 バチッ!と大きな火花が飛び、ハンマーの柄がくにゃりと曲がる。

 リサはそれを避けるように体を逆方向に1回転させると、その勢いのまま剣を振り抜き、ゴルナドの右肩に切りつける。

 バチッ! 火花が飛び散ると同時に、リサは一瞬で後方に飛び、剣を構え直す。

「固いなァ」呆れたようにリサが呻く。剣には魔力、おそらく雷撃、を纏わせていたはずなのだが。

 ゴルナドは折れ曲がったハンマーを見つめていたが、それを投げ捨てると、切りつけられたところを軽くはたく。切り傷ひとつ無いようだ。

 ゴルナドは周りを見回している。先ほど捨てたメイスを探しているようだ。

 2人が一撃を交わす間に、結界の前に移動していた私は、収納からメイスを取り出し、高く振る。先ほど投げ捨てられた時、収納に入れておいたのだ。ゴルナドが気づいたので、一旦メイスを指さしてから、収納する。ついでに、向こう側の壁を指さし、その後私自身を指さす。荷物置き場にあった武器も収納済みだ。

 それを見て、リサは剣を収納袋に戻す。手甲をはめた両手の拳をガン、ガンと打ち合わせると、ファイティングポーズをとる。

 ゴルナドはちょっと考えていたようだが、体を変身させ、最初の魔族の体形に戻る。ただし、身長は180cmぐらいで、リサとほぼ同じ大きさだ。

「スピード勝負ならこの身体じゃな。不死身の我に、肉弾戦を挑むとは、呆れたやつじゃ。」

「剣よりこちらの方が得意なのでね。傷を付けられ無いのなら、打撃を浸透できる拳の方が利くだろう。」

 言い終った途端、二人は交差する。動く速さは互角だ。手数はリサが圧倒的に多いが、一撃の重さはゴルナドが勝っているようで、リサは拳を受けるたびに、跳ね飛ばされている。ただ、追撃が来る前に態勢を整え、反撃する。

 ‟狂乱の舞姫”、リサのあだ名の一つだ。相手の拳を受けるが、その力を利用して体をひねり、拳ばかりでなく肘、足、膝を相手に叩き込む。その連続する動きが滑らかに移行するので、まるで踊っているかのように見える。

 ゴルナドは足技は得意ではなさそうだ。だが、拳は的確に急所を狙っている。リサの動きが一瞬でも遅れれば、決まってしまいそうだ。

 アッ、ゴルナドの拳がリサの顔面を襲う、と思った瞬間、リサのカウンターがゴルナドの顎をとらえる。だが、ゴルナドは平気な顔だ。この辺りから、リサのカウンター狙いの動きが目立ってきた。その合間にはボディーをパンチし続ける。

 速いが力の入って無さそうなパンチ。だが、だまされてはいけない。あれは‟浸”だろう。リサの牽制するようなパンチは軽そうに見えるが、体内を揺さぶる。当たった時は軽いと思うのだが、その後身体が急に重くなり、数分後には動かせなくなる。


 こんな激しい動きが10分ほど続いた時、ゴルドナの拳がリサの右頬をとらえた。

 リサは大きくよろめくが、持ちこたえ、10歩ほど下がる。

 ゴルナドは追おうとしたようだが、よろめき ひざまず く。

 おっ、‟浸”は効くんだ。そう思って、ほっとした時、ゴルドナが目を見開き、口を大きく開けて力を込める。

 いかん、ブレスを吐く気だ。

 高温で高速の粒子流が発射され、リサに向かい、爆発して周りを爆煙が覆った。


 すごい煙というか水蒸気が洞窟内に充満している。『こんな狭いところでブレスなんか吐くなよ』と思いながらリサのもとに走る。リサの結界にぶつかったので、私の結界を広げて煙を押しやると、リサが仰向けに倒れている。結界が張りっぱなしなので、まだ生きているのだろうが、結界はブレスに弱いというか、ブレスは結界をすり抜けてくるので、完全には防げない。

 足元は水浸しだ。これは私のせいでもある。リサの鑑定による知識から、ブレスは水を通らないことを知ったので、水の詰まった樽を20個収納しておいた。

『ブレスだ』と思った瞬間、リサの前に水樽20個を5列4段に積んだのだ。ブレスはその壁に当たり、樽を破壊したようだ。慌てたので隙間ができたのだろう、リサの所々に焼け焦げたような跡がある。リサの結界が邪魔で触れない。こちらの結界をガンガンとぶつけていたら、リサが目を開けた。上体を起こすが辛そうだ。

「助かったぞ。致命的な欠損は無いようだ。ゴルナドは?」

 そうだ、まだあいつがいることを忘れていた。

 振り向いてゴルナドのいた方向を見据える。


 モヤが晴れてきて、ゴルナドの姿が見えてきた。最後に見た位置に立っているが、目を閉じ動く気配がない。魔素が少なくなった状態で、体力を使い果たしたのだろうか。

 リサは魔法による治癒を自分自身に行なっている。私は緊張感をもって、ゴルナドを見つめる。

 しばらくして、目を開けたゴルナドは、肩を落として呟く、

「あれでも、だめか。本当にいろんな工夫をする奴じゃな。だが、これで最後じゃ。」

 もう一度、ブレスを吐く気か。とっさに私はゴルナドめがけた突進した。

 これまでの戦いを見て、ゴルナドの弱点は見えたと思う。肉体強化を体幹部と左腕、左足に集中し、大盾で左半身を覆うと右手に槍を持って、ゴルナドに迫る。

 あと一歩、あと半歩。ゴルナドが目を見開き、ブレスを吐く。

 槍を持った右腕、右足が消滅した。盾もほとんど蒸発している。

 だが、そんなものは想定内だ。

 左足で最後のひと蹴りを入れ、左手に出現させた短槍を、ブレスを吐き終えたゴルナドの閉じようとする目に叩き込んだ。

 手ごたえはあった。

「リサ、ごめんな。」声に出したつもりだが、届いただろうか。

 意識が、消える・・・




 光が消えた。

 リサは飛び起き、ベネのもとに駆ける。身体中が悲鳴を上げるが、黙らせて駆ける。

 ベネの身体、と言っていいだろうか。その残骸を抱きしめる。

「まだ、生きている。」呼吸も止まり、心臓の鼓動もわずかだが、まだ、あいつはここにいる。噴出点から魔素を取り出し、自らの最大限の力で蘇生を試みる。

 だが、足りない。何かないか。鑑定、おまえも考えろ!


「ちょっといいかな?」遠慮がちに声をかけてくる者が居る。うるさいと撥ねつけようとして気付いた。

「ゴルナドか、もう戦う気などないぞ。できれば私を殺してくれ。」

 振り向きもせず、答えたが。

「いや、それは無理じゃ。もう肉体はほろんだでな。今も念話で話とる。」

「だったら、邪魔だ。さっさとあっちの世界に帰れ。」

「そういうわけにも、いかんのじゃよ。われの持つ‟不死身”を渡しておかんと次に進めんのじゃ。」

「‟不死身”! ちょうどいい、こいつに渡してやってくれ。」

「そいつは、もう駄目じゃろ。動けない体に不死身を宿しても、死ねないだけ辛いぞ。」

「命さえあれば、直してみせる。手も、足も、体もな。だから早くよこせ。」

「そいつより、お前の中にいる子に渡したらどうだ。お前が2度目のブレスに耐えたのは、その子のおかげだぞ。」

「子供?こいつの子か?」

「知らんよ。そんなもんお前しかわからんだろう。」

「子どもなんか、自分で勝手に強くなるさ。欲しけりゃ、自分で取りに行くだろう。とにかく、今はこいつだ。早くしろ。」

「わかったよ。確かに渡す相手は『我を倒した者に』が原則だからな。そいつが死なんと、他の者には渡せんか。・・・ほいよ。」

「何も変わらんぞ。」

「不死身は、他者からの干渉を排除する力じゃ。そいつが意識を取り戻して、受け入れる気になるまで、治癒魔法も受けつけんぞ。」

「今、それを言うか。まあ、いい。自分自身の力で治癒するのは問題ないんだな。」

「それはそうだ。おっと、もう行かんとな。お前との戦い楽しかったぞ。ブレスを使うまで追い詰められたのは2度目じゃ。できれば、もう一度楽しみたいのお。」

「もう、来なくていいぞ。やる気になったら、そっちの世界に乗り込んでやるよ。」

「待ってるぞ・・・・」

 ゴルナドの気配が消えた。


 しばらくして、ゆっくりと立ち上がったリサは、周りを見回し、比較的平たんな場所を見つけると、そこにカフサの葉の燃え残りを集め始めた。

 小部屋に行き、収納から出してあった食糧や衣料品の中から大きい布地を持ち帰ると、カフサの上に置き、簡易の寝台を作った。

 そこにベネの身体を横たえると、収納袋から大きな宝珠を取り出した。

 この宝珠は‟豊穣の光珠みたま”といい、あらゆる厄災を払い、病気を癒し、体の欠損すら再生する光を放つもので、帝国の国宝に指定されている。元々はリサの母親の家に伝わり、輿入れの際、帝国に寄贈されたものだが、若くして亡くなった母の形見として、リサが(勝手に)持っている。


 一週間後、ベネが意識を取り戻した。それからは宝珠の力に加え、リサの治癒魔法も受け入れるようになったので、容体は急激に改善した。


 3か月後、右腕はまだ再生途中だが、顔面と右足はほぼ再生した。しばらくは歩くどころか立ち上がるのも難しかったが、ベネはこういう努力をするのが苦にならないので、4か月たたないうちに歩けるようになった。


 4か月後、2人の生活痕を消してから、持ってきた人骨に細工をしてリサとベネの物に偽装する。着用していた衣服、武具もそれらしく配置する。あと、髪の毛も少々。

 死後、体長3m余の竜型になっていたゴルドナも皮膚と骨だけにすると、魔素の噴出点を解放する。高濃度の魔素で、肉が腐食、消失したと思わせるためだ。


 目立たない場所にリサが土魔法で穴を掘り、少し進んでは埋め戻すやり方で、進んでゆく。3日もしないうちに洞窟の入り口とは反対側に抜けた。


 さらに半年のち、帝国東部の小さな町で冒険者の夫婦が男の子を産んだ。

 その子が2歳になった頃、旅立ったという。

 大柄な夫婦で、旦那は竜に噛まれても平気で、女房はその竜を素手で殴り殺したと伝えられている。


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