2-25 トリュン出立
慌ただしい一日となった。
サルホスが失踪したとなると、宿代を領主負担とする約束がいつまで有効なのかもわからないし、下手をするとサルホスの仲間と思われて捕縛されることすら考えられる。
急いでトリュンを離れることで意見が一致した。
このため、マルチナの家で3班に分かれて行動することにした。
シャル、カーラはマルチナと冒険者ギルドに向かう。
成人の儀を終えたシャルを正式な冒険者として登録することと、カーラの後始末のためである。
冒険者には孤児院出身者も多いことから、ギルドは孤児院への支援活動も行っている。そのつてを使って、カーラが合法的にウォルター家の一員として迎えられるように、孤児院側と調整することにした。
バグとヨナは、王都への船便を確保するため、港へ向かう。
今日の夕方の便が取れればそのまま出立することとし、明日以降になるようであれば港近くに宿をとる予定だ。
ベネとリサは、いったん宿に戻って、出立の手続きをする。
その後教会に廻ってサルバレス卿と話し合いを行う。ファングから得た情報をどの程度話すかは、成り行きに任せることとした。
集合場所を冒険者ギルドとして、それぞれ足早に目的地に向かった。
ベネとリサが教会に着いたのは正午を少し回ったころだった。
サルバレス卿は待ちかねた様子で2人を迎えた。もしかすると、失踪するのではないかとやきもきしていたのかもしれない。
リサが昨日の皇帝陛下との会談内容とそれへの返答を手短に話す。
- スツラムの調査を受託し、すぐにトリュンを離れること。
- 帝国には2年後を目途に、帰参する予定であること。
- 豊穣の光珠を渡すので、バドス地方を飢饉から救ってほしいこと。
サルバレスは、帝国まで同行できないことを残念がっていたが、豊穣の光珠を見ると涙を浮かべた。
「これで何十万の命が救えます。別便を手配してすぐに送ります。」
すぐにナイルに命じて少人数の騎馬隊を編成し、ナイル自らが率いて皇都に急行するよう指示を出した。
さて、本題である。
残った侍史3人に近づくように促すと、リサが全員を結界で覆う。
昨日、教会の訓練場でシャルとベネが7人の賊に襲われたこと。拘束ギフトを持つ者がいたが、ベネが打ち破って捕らえたこと(ということにした)。この者たちは近年王都やトリュンでギフト持ちの子を攫う誘拐団であることを話した。
「ありがとうございます。誘拐団の存在はわかっていたのですが、手口すらつかめなかったのです。
拘束持ちですか。しかも、未登録の。えっ、未登録の鑑定持ちも2人!それに隠形持ちを5人も抱えているとは、結構大きな組織なのですね。」
「捕らえた者の口を割らせたのだが、どうもここの領主が首謀者のようだ。ただ、その拘束持ちは昨晩奪還されたので、立証は難しいだろう。攫った子供たちは王都にいる貴族が売買の斡旋をしている。さらに、最近帝国からの要求が多くなっているというから、帝国貴族が関与している可能性が高い。それに、」
リサは言葉を切ると、改めてサルバレスの眼を見つめ、一気に言い切る。
「支部長のダイソン・マーズがそれに加担している可能性がある。」
サルバレスは一度目を閉じ、唸るように大きく一息つくと、ゆっくりと震える声で訊ねる。
「何か根拠がおありですか?」
「捕らえた者から『ダイソン』という教会関係者が情報提供しているとの話を聞いた。
昨日会談前に、支部長が私を遠話室に案内すると言って現れた。慰霊祭を抜け出してきたと言っていたが、知っているか。」
「いえ、私は何も。最初の挨拶からしばらく彼の出番はなかったので、特に気にしていなかったのですが。」
「私がシャルから離れ、ベネとシャルが2人きりになるタイミングを計って、賊が現れた。事前に7人と荷車が教会内に入り、潜伏していた可能性が高い。
そのすぐ後に教会の結界が消えた、それも結界師が体調不良で倒れ、代わりの者が控えていなかった。隠形や結界状態を維持して運び出す手はずであれば、教会の結界は邪魔になる。
これらのことを時間通りに実行しようとすれば、支部長ではなくとも高位の者が関与する必要がある。
根拠と言えるのは、このぐらいかな。
陛下はこの界隈が『きな臭い』と言っていた。今ここで信頼できるのはあなただけだともな。
私はこの件にこれ以上踏み込むつもりはない。あとはあなた方の仕事だろう。」
聞き終えたサルバレスは、しばらく瞑想していたが。
「教えてくださって、ありがとうございます。
明日にはここを発つ予定でしたが、叶いそうもありませんね。
ジュマ、ここの“耳”と連絡はとれますか? いけますか。
なら、至急今の件を知らせて、向こうの思惑を聞いてきてください。」
ジュマと呼ばれた侍史は、誰にともなく頭を下げると結界を抜け、足早に部屋を出た。
「さて、こちらも忙しくなりそうです。今回はお目に掛かれて本当に良かったと思っております。そのうち帝都にも来られるご予定のようですので、その際は是非お立ち寄りください。お子さんたちにもよろしくお伝えください。」
その言葉を機に、ベネとリサは辞去し、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドでは、事務員たちがシャルとカーラの周りに集まって楽しそうに話をしている。それを横目に見ながら、マルチナを呼び、首尾を聞く。
「孤児院の方は問題なかったわ。急に姿を消したので、逃げ出したと思ったようね。
カーラの両親は行商人だったそうよ。はやり病にかかり、ここに着いた時は2人とも衰弱していて、すぐに亡くなったので、名前もはっきりしないそうよ。あの子は3つだった。
退所手続きはしてきたけど、引き取るときの慣例で、いくらか渡す必要があるけどどうする?」
「金貨10枚でいいか?」とベネが言うと。
「多すぎるわよ。金貨1枚でもいいけど、あそこもやりくり大変だから、5枚貰っとくわ。」
「じゃあ、10枚渡しとくから、残りはギルドからの支援の足しにしてくれ。」
「豪気ね。リュウイがいい値で売れたからかしら。まあ、預かっておいて時々肉でも差し入れするわ。」
「お願いするよ。
そうだ、今、倉庫使えるか?」
「空いてるけど。何するの?」
「俺の収納の整理だ。一旦収納を空にしなきゃならん。」
ベネはシャルを呼ぶと、倉庫に向かう。リサがシャルに代わり、会話の輪の中に入る。
「私、何か手伝うの?」
シャルが不審そうにベネに訊ねる。
「涼は収納持ってたな。涼の持ち物や体、渡しておこうと思ってな。」
【エ~、僕使ったことないよ。】
≪大丈夫、私が手伝ってあげる。その代わり、時々見せてね。≫
【いいよ。でもこちらで使えそうなものなんかあったかな?】
倉庫の中に入ると、ベネは収納からいろんなものを出す。
大きいのはテントや玄関のドア。数が多いのは武器や鎧などの装備品だ。後は衣類など雑多なものを詰めた袋がいっぱい。
「液体や小物は袋にまとめといた方が良い。中で混ざることはないが、出した時に飛び散ってしまう。」
そう言いながら、一抱えもある皮袋を取り出すと何やら流し込む。
「ほら、これが涼の身体だ。捨てるわけにもいかんから、持ってろ。」
皮袋をシャルの前に突き出すと少し間をおいて、皮袋は掻き消えた。
【ヘー、こんな風にしたら収納できるんだ。】
≪感心してないで、次来るから今の作業繰り返して。≫
ベネが涼の持ち物を次々と出し、涼がそれを収納してゆく。
ベネが空っぽにした収納を‟クリーン”すると、選択収納空間が消滅した。
横で見ている者には何が行われていたのかわからないが。
その後、出したものを収納する。数が多いので30分以上掛かった。
終わったころに、リサがやってきた。
「ヨナから連絡が来た。夕方出る王都行きの船が取れたそうだ。少し高いがみんなで寝られる大きさの一部屋借り切ったそうだが、それでいいか?」
そう言いながら、手のひらに止まった甲虫をやさしくなでる。
「それでいいぞ。何かある前にさっさと退散しよう。」
ベネの言葉に笑みを返しながら、
「ハッツ!。船の件了解。もうすぐギルドを出る。ハッツ!。」
リサがこう言うと、甲虫はかなりの速度で飛び去った。前後の破裂音は伝言を入力するキーだそうだ。
事務所に帰り、みんなに別れの挨拶をして、ギルドを出る。
ゴメスはお疲れのようで、今日は休みを取っていたので、マルチナに伝言を頼んだ。
船は2階建ての川舟としては大きいほうで、取った部屋は上甲板の真ん中付近前方にあった。いわゆる特別室だ。これから2日半の船旅なので、環境が激変したカーラのためにゆっくりとした部屋を選んだとのことだ。
10月のこの時期、この辺りは乾季にあたり、羽虫も少なく、さわやかな風が吹き抜ける。
シャルとカーラはデッキの手すりに手を組み、顎を載せて、これから始まる新しい旅への期待に目を輝かせ、夕日を背に浴びながら、赤く染まる川岸の風景や光が戯れる川面をいつまでも眺めていた。
これで第2章は終了です。
最初の構想とはかなり違ってきましたが、こっちの方が面白そうなので、良しとします。
これから年末年始と私用が多くなり、執筆時間が取れません。
申し訳ありませんが、第3章は年明け10日ごろから再開したいと思います。
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それでは皆さん良いお年を。