2-23 ファングの記憶
目が覚めた涼はシャルルンに促されて触手をみんなに伸ばし、いきなりぼやき始めた。
【あ~気持ち悪かった。あの拘束男はファングっていうんだけど、悪の塊だね。人の、特に女の人のおびえた様子ばっかり記憶してるし、平気で人を殺すし。
途中で頭の中に‟ゴミ箱”みたいなのが出来たんで、いやな記憶はみんなそこに放り込んだら忘れちゃったけど、いやな感じだけは残ってるんだよな~。】
『起きたばかりですまんが、いくつか質問に答えてくれ。今日の襲撃はサルホスの指示か?』
【そうだけど。ファング自身が誘拐団の長だから、2人の考えかな。
サルホスとは8年前、シャルちゃんを誘拐する直前ぐらいに知り合ったみたいだよ。
シャルちゃんを攫った後、サルホスと一緒に国都に逃げて、そこから今の領主と一緒に‟ギフト持ちの子供あっせん業”を始めて成功し、トリュンにならず者組織をいくつも作って、ファングが表のボスとして、サルホスが事実上のボスとして君臨してきたようだよ。
今回のことは、リュウイのこともあるけど、リサさんへの恐怖が強いみたいだってファングは思ってる。昔のシャルちゃんの誘拐もサルホスのリサさんに対する腹いせがあるみたいだし、砦の崩壊も‟あの女”の仕業だとサルホスは言ってたみたい。
ダイソンっていう人の情報で、リサさんがシャルちゃんから離れたすきに誘拐する予定だったそうだよ。】
「ダイソンだって!」
ママが念話を忘れて、大声を出す。慌ててパパがなだめる。
『ダイソン支部長が1枚噛んでいたのか。それなら、隠形持ちの潜入や結界の消滅も納得できる。しかし、マーズの称号まで得た人が、なぜそんなことに手を貸す?』
【領主やダイソンは、トリュンを発展させることが一番大事なことだと思っている。
誘拐はその資金源だ。誘拐は必ずしも悪じゃない。貴族の子になれば贅沢できるし。鑑定持ちなら教会では下っ端でも、貴族社会では最優遇で迎えられる。
2人はそんな風に考えてるみたいだよ。
ファングは詭弁を使うってバカにしてるけど。】
≪今回はすんなりと答えが出てくるようね。九九は必要なさそう?≫
【もう。それは過去の話!
記憶探っても全然何も知らないのに、聞かれたら答えが浮かんでくるんだ。
シャルちゃんの時もしばらくしたらこんな状態だった。その時思ったんだけど、質問の仕方で出てくる答えに差があるみたいだ。だから注意してね。答えてなくても知っていることが残っているかもしれない。】
〔まるで鑑定ね。知りたいことに返事が来るけど、すべてじゃない。
ひとつのことに集中していろいろな角度から質問することで思いがけない答えが得られる。涼くんのは自己完結型だけど、同じ仕組みなのかもしれないわ。〕
『その誘拐事業、どのくらいやってるんだ。儲けはどのくらいあるんだ。』
この質問はバグ。こういう時あまり発言しないのだが、今回はよっぽど気になるのだろう。
【最初のころは年に2人から5人ぐらいかな。5年前から鑑定持ちが増えたんで年8人ほどになったけど、3年前から帝国からの依頼が急増して年に十数人に増えた。
だから、ファングが前領主を暗殺して、拠点をこちらに移したんだ。元々国都より警備が緩いのに領主がグルだからやりやすいこともあるけど、帝都に送るならここからの方が便利だしね。
特に今年は、居るだけ送れと言われて23人集めたんだって。
ファングとしては、もう数年は鑑定持ちは出ないだろうし、やばくなってきたから、一度故郷に帰ろうかと思っていたみたい。
あっと、価格は鑑定持ちだと、前は1人帝国金貨100枚だったのが今年は500枚まで高騰したそうだよ。サルホスはシャルちゃんなら2000枚で売れるといってたみたい。】
『帝国か。やはり皇子に鑑定持ちが出ないので、養子でもいいから鑑定持ちを身内に持ちたいんだろうな。』
【なにかあったの?】
ここで、リサが帝国皇帝との会談内容を要約して伝える。
【ファングはそのことは知らなかったようだね。帝国関係の注文は国都の男爵を通じてくるそうだけど。】
『攫われた子供たちはどこにいる?』と、ベネ。
【15人はもう帝国に送られた。3人は国都の貴族に売られた。5人はまだここにいる。
3か所に分かれて監禁されているよ。
男の子と女の子が1人ずつ。この2人は篭絡中だって・・・なにしてるのかな?
・・・好きな異性を与えて、贅沢させて、もっといい生活を夢見さす。
え、いいなあ~。じゃないよ!人を堕落させる典型じゃないか。
もう一か所は、女の子が3人。攫ってきたばかりで、まだ泣いてばかりだそうだよ。女の人5人で世話をして、贅沢に慣れさせ始めたらしい。こういうのは、1人が落ちたら後は早いって。
・・・僕じゃないよ!ファングがそう言ってるの!】
『フ~ム、どうする?』
ベネがリサを見て、思案深げに訊ねる
『女の子3人はさっさと助け出そう。残り2人は、ウ~ン、後回しだな。涼、みんなの家はわかるか。』
【わかるよ。誘拐の実行班はファングが指揮してるから。】
『どうしてすぐ助けないの!』
シャルがびっくりして目を見開き、大声(念話だけどね)で叫ぶ。
『誘拐されたばかりならすぐに元の生活に戻れるが、贅沢を知った者は戻されるのを嫌がることもある。
それに、子供がみんな家族に愛されてるわけじゃないからな。特に鑑定持ちは、内なる声を聴くことから気味悪がられて、家族に疎まれたり、虐められたりすることもあるんだ。だから本当は、まず攫われた子の家を調べて、その子が戻っても大丈夫かどうか確かめる必要がある。』
リサに続いて、バグも、
『シャル、お前も教会に行くのを嫌がっていただろう。平民の鑑定持ちは教会が預かり、教育する。衣食住には苦労しないが、それよりも良い生活を知っているものから見れば質素で、縛りが多い窮屈な生活だ。
下手をすると逆恨みされるぞ。』
【今年の子のうち4人は、親から買い取った子だって。金貨1枚で喜んで手放す親もいるそうだよ。今ここにいる子は、みんな攫ってきた子だけど。】
シャルは唇をかみしめ、目には涙が浮かべるが、じっと耐える。理解はできるが、納得はしていない。
『これがこの町の大雑把な地図だ。女の子3人がとらわれている場所は示せるか?』
【ウン、ここだよ。】
そう言って、涼の手が一点を示す。
『よし、みんな10分で準備しろ。ここを襲撃する。シャル、お前がいれば女の子たちも従いやすいだろう、来てくれるな。』
『はい!』
リサの声に、シャルは力強くうなづいた。
「どうする?明日の茶番劇、変える必要がありそうだが。」
身軽な服に着替えながら問いかけたリサに、ベネはしかめっ面で考えていたが、
「いや。明日は予定通りにしよう。一瞬で終わらせるには根が深すぎるようだ。
数日かけて、根絶やしにしてやろう。領主や教会の件は単純に糾弾しても難しいだろう。」
「そうか!もしかしてチュリオがほのめかした『きな臭いこと』というのはこのことかもしれんな。だとするとそっちの方はほっといてもいいかもしれん。」
悪党相手なら、手加減する必要はないな。そういって、リサは壮絶な笑みを浮かべた。