表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/60

2-20 サルホス

前半はサルホスの独白です。

時系列が乱れていますので、ご注意ください。



 慰霊祭を終え、領主館に帰ってきたサルホスは驚愕した。

 ウォルター一家の襲撃に失敗したらしいというのだ。


― 教会内から親子3人が何事もないように出てきた。

― 訓練場には誰も残っていない。戦いの跡すら発見できなかった。

― 3人は教会の裏に回った。結界が張られ、見ることも近づくこともできない。


 襲撃の時、あの忌々しい女が、遠話室にいたことは確認されている。


 “あの女”。

 10年前、やっと冒険者ギルドに足掛かりを得て、ギルドを支配下に置くべく動いていた時、突然現れてその目論見をたたき潰した女。

 裏世界の生き方や謀略の面白さを教えてくれ、師と仰いだ前任のボスを、たったの一撃でたたき潰した女。


 10人ほどの武装した仲間で取り囲んだのに、その一角を体当たりで吹き飛ばし、後ろにいたボスの頭を文字通り素手で叩き潰した。

 振り向いてにやりと笑った顔と体から発する威圧に、残った俺たちは恐怖のあまり動くどころか、立っているのがやっとだった。

 それを見て後ろを振り返ることもなく悠然と去っていった姿。今でも思い出すたびに屈辱で胸が張り裂けそうだ。


 うまく北の山の魔素噴出点調査に誘い出し、欲の皮の突っ張った砦の司令官と家政婦をたきつけて、こちらに来たばかりの‟隠形“と‟拘束“持ちのファングに娘を誘拐させた。

 ざまあみろと祝杯を挙げていたら、砦の崩壊だ。

 娘が無事で、家政婦が壁に張り付いていると聞いた時、ファングと一緒に一目散で王都に逃げた。


 王都で今の領主と出会い、ギフト持ちの子供を攫って貴族に融通するという‟事業”を始めて、金と人脈づくりを進めてきた。

 前領主を暗殺し、領主館の筆頭執事としての表の顔をもらい、裏ではならず者たちの陰の統率者として君臨している。


 リュウイが巣作りする可能性があるとのことで国都から応援が来た時、一目で「これはダメだ」と思った。とりあえず、真面目で融通が利かないヘギンスと冒険者ギルドのゴメスをまとめて始末するチャンスだと思い、討伐に出した。同時に、領主に国都に行ってもらって、確実にリュウイを仕留められるメンバーを集めることにした。

 なのに、次の日には討伐完了との報告だ。


 帰ってきたヘギンスの話を聞いたが、信じられない。だが、その家族が8年前にここにいたこと、女房とおぼしき大柄の女性が、その当時竜を乗り回していたとの話を聞いて、愕然とした。

 あの女が帰ってきた! あいつならリュウイぐらい殴り殺すだろう。

 実際には旦那と息子が倒したとのことだ。次の日に冒険者ギルドで報告会と称するものがあって、2人が出席するとのことなので、この2人を見極めるため、自ら出かけて行った。

 結果は大惨敗。5日ほど時間を稼ぐのがやっとだ。

 腹いせも兼ねて襲わせてみたが、その強さを見せつけられただけだった。


 後は娘を攫うしか手は残されていないが、あの3人にベルケルクの魔女までいるのでは手が出せない。ファングの話では、どんなに魔力があるやつでも2人までなら確実に拘束できるが、3人以上だと失敗することもあるという。

 行き詰っていたら、朗報があった。13日に砦で慰霊祭を開くということ。まずは1日稼げた。

 手持ちの情報をかき集めて、息子と魔女を郊外におびき出す手はずを整えた。抹殺は無理でも、50人でかかれば怪我なり、消耗なりするだろう。念のため、2波に分けてわなを仕掛けた。

 さらに朗報が。13日の昼にあの女が帝国の本部と遠話をするらしい。遠話だから30分程度だろうが、教会の訓練場に旦那と娘の2人になる時間帯ができる。教会にはつてがある。ここしかない。そう思って、ファングをはじめとする5人もの隠形持ちを投入した。

 その5人と運搬役の2人。その7人が消えてしまったというのだ。


 しばらくして冒険者ギルドから一報が来た。旦那と息子が人らしきもの2体を荷車で運び込んだというのだ。他の3人も後から合流したとのこと。

 熊が運び込まれていたことから、息子に差し向けた方も失敗した可能性が高い。それとも2人だけで先行し、襲撃に会ってないのか?

 依然としてそちらからの連絡はない。


 領主には「リュウイはただで手に入れて見せます。」と大口をたたいた。明日までには何とかしないと。


 だが、次の一報で、捕まったのがファングだと知った。

 瞬間、抹殺することを考えたが、拘束と隠形というギフトを持ち、教会の鑑定を受けたことがない男の貴重さを思い出した。

 トリュンの発展を望んでいるからこそ、多少の非合法を黙認している教会と商業ギルド。その発展を支えているのは、ファングによるギフト持ちの子供の供給事業、すなわち誘拐だ。

 ファングを失えばすべてが瓦解する。拘束は、攫うときに役立つだけでなく、成人の儀に際して、こちらが用意した経歴を本人が否定できないようにするためにも、欠かせない能力なのだ。


 さらに一報が入った。あの女一家が宿に引き揚げた!

 同時に、ゴメスがファングを餌に罠を張っていることも告げられたが、ゴメスなんぞ屁でもない。

 あの一家さえいなければ、ファングが取り戻せる。

 金はあきらめよう。ファングがいればすぐに取り戻せる。

 さて、どうしようか。少しはゴメスにも警告をしておかなくては。



 深夜をだいぶん過ぎたころ。冒険者ギルド。


「来ないんじゃないんですか?」

「来ないわけがない。手下が捕まったんだ。放っておいたら他の者が離れてゆく。殺すか、救出するか。手下の心を掴んでおくためには、恐怖なり温情なりを感じさせないとならん。まあ、俺は殺す方に賭けるがね。」

 招集した冒険者の疑問にゴメスが答える。

 ゴメスたちは、ギルドの建物から倉庫を見張っている。探知系の結界は張っているが、隠形には対応できない。

 倉庫の周りに粘着性のあるパギと呼ばれる豆の身を粉砕してばらまいて、明かりをそこら中に点けている。肉眼で接近するものを見張る、隠形除けの基本である。

 終わった後片づけるのが大変だが。


 そこに外から駆け込んでくる者がいる。ならずども達を見張っていた班の伝令だ。

「ヒンジの奴らが出ました。20人。でもこちらには向かっていません。」

 続いて3人が同じような報告を持ってきた。総数で100人近い。

「なんだ、何を考えている。バグたちに、半数近くをやられているくせに、残り半分を総動員か。陽動にしても、動きがバラバラだ。」

 不安は感じているが、ひっ迫感のない声で、ゴメスがつぶやく。


 しばらくして、伝令が立て続けに走り込んでくる。足音に必死さがある。

「ヒンジたちが、マルチナの家を包囲しました!」

「ボグたちが、ダンの家を!」

「ザツーがネスカの家を!」

「ポッジがフローラの家を!」

 包囲されたというのは、いずれもギルドの事務員たちだ。もちろん非戦闘員である。

「野郎!そんなことをすりゃあ。衛士が出動するぞ。領主だって面目丸つぶれだ。何を考えてるんだ!」

 ゴメスが大声を上げたその時。


『そうならないためにも、じっとしてもらいたいですね。』

 突然、そこにいたギルドの面々に、直接声が届く。魔法により鼓膜を直接震わせているのだろう。低音で抑揚のない声。

『これから起きることを黙って見ていなさい。赤い火玉が上がれば、お互いイヤな気持ちになりますよ。』

 探査持ちや魔法系の探知が使える者は一斉に周囲を探索するが、声の出所が特定できない。しかし、

「来ます。空から。結界で詳細は見えません。」

 一人が声を押さえながらも叫ぶように告げる。


 飛来したのは1枚の板。2mから3m程の長方形で、結界が張られているため、何人乗っているかはわからない。

「ボム!」

 小さな音がして、倉庫の扉が吹き飛ぶ。

「クソッ!」

 あちこちから呪詛の声が上がるが、動く者はいない。


 板はそのまま倉庫の中に。

 しばらくすると、出てきて、飛び去って行った。


『皆さん、聞き分けの良い方ばかりで、こちらも安堵していますよ。

 それでは、皆さんと共に、トリュンの発展を祈念して。』

 倉庫の上に人の大きさほどの真っ赤な火玉が出現する。

 火玉は徐々に色を変え、青白い光を発するようになると、空高く上昇し、爆発した。

 色は白。


「くそったれ!」ゴメスが叫ぶ。

 だが、周りは誰も声を上げない。みんな屈辱と無念さを味わっている。


 しばらくすると、伝令が走り込んでくる。

 いずれも、家を取り囲んでいた奴らが、解散し、姿をくらましたことを告げる。


 ゴメスは独り、倉庫に足を運ぶ。荷車と麻袋だけが残されている。

 血の跡はない。

 ため息をつきながら引き返す途中、足にパギが絡まっているのに気が付いた。

 ひと際大きなため息をついて、

「明日は、いやもう今日か、片づけるのが大変だな。」

 力なく吐き捨てた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ