2-19 処 分
「なあシャルルン。お前が封印されたベーネンドの魔法陣、それをこいつに施せないか?」
5人が合流してから1時間、一番の問題は作務衣の男の処置であった。
涼の吸収による気絶の時間は、シャルの場合は6時間だったが、今回はわからない。
何らかの対策をしておかないと目が覚めればまた拘束を使うだろう。
珍しいギフトだけに、鑑定で得られる知識も少ない。発動条件や制限などの情報がない。
みんなであれこれ話しているうちに出てきたのが、リサの冒頭の発言である。
≪魔法陣の形は覚えているけど、体内への書き込み方がわからないのよ。ベーネンドが何をしたのかもわからなかった。≫
「・・・だそうよ。」
時間がかかっている理由の一つに、シャルルンやリサたんの念話を全員が共有できないことがある。シャルやリサの中継が必要なのだ。涼の念話ネットワークの重要性が再確認されている。
「ヨナでもわからないか?」
「施すのを横で見ていられたら、真似もできたのですけど。
紙に書いて頭に貼ってもだめですか?」
それはダメだろうと、みんなから突っ込まれた。議論に飽きてきたのだ。
とりあえず、ほかのギフトで有効な対策、目隠しと両腕の拘束が採用された。
「あとは常に大勢で取り囲んでいて、拘束されなかった者が頭を殴って気絶させるしかないな。」とベネ。
「そのうち、殺してしまいそうですね。」これはヨネ。
2人とも投げやりである。
次はこの2人をどこで尋問するかだ。
麻袋に詰めて、荷車に縛り付けているが、しっかり観察されたら人だとばれてしまう。町の門を通過して外に運び出したり、宿に運び込むわけにもいかない。
「ゴメスを頼るしかないか。」
ということになり、ベネが荷車を引き、後ろからバグが押して冒険者ギルドまで移動する。女性陣は離れて後ろからついてゆく。目立つのを避けるためもあるが、尾行者や不審な動きをするものがないか見張るためでもある。
無事、ギルドまではたどり着いた。
ゴメスが慰霊祭に出席しているとのことで、帰ってくるまで待たせてもらうよと、倉庫の方に回ったら、マルチナが待ち構えていた。
「そいつら、何者?」一目で見破られた。
結局マルチナに事情を説明する羽目になった。涼の件は除いて。
ベネたちの持ち込んだ大量の納品物の査定は終了していたので、がらんとした倉庫に運び込んで、麻袋を取る。
「銀の翼のワイドメルじゃない。こいつも誘拐犯の仲間なの?」
マルチナが驚いた声で言う。
「そういや、一緒じゃなかったな。でも、3日ほど尾行されたし、現場も覗き込んでたんで、関係ないとは思えないんだが。」
「この子、この町で育ったのよ。小さい時から冒険者にあこがれていて、ギフトをもらってからは、ほかのギフト持ちに積極的に聞いて回って、技術を伸ばすような子よ。銀の翼が解散したからって、悪事に手を出す子じゃないんだけど。」
「銀の翼、解散したのか!」
「報酬が入らないとわかって、新参の2人が怒って辞めちゃってね。リーダーのビリジョフも落ち込んじゃって。バラバラになって王都に帰ったって聞いたわ。」
「すまんな。そいつをお前らに張り付けたのは俺だ。」
入ってきたのはゴメスだ。
みんなも彼が近づいてきたのはわかっていたが、その言葉には驚いた。
「お前から襲撃の話を聞いたのは2日後だったろう。だが襲撃の翌日にはこちらもその情報はつかんでいてな。こういうやつらの手口は、一番弱いところを責めるのが常套手段だ。ちょうど、銀の翼が解散して暇になっていたこいつにシャルちゃんの尾行を依頼したのさ。ところで、何があった?」
ゴメスにも事情を説明して、作務衣の男を見せたが、
「知らない顔だな。王都にも拘束持ちがいるなんてことは聞いたことがないぞ。勝手に尾行を付けたお詫び代わりだ、こいつは荷車ごとここで預かってやる。」
「食事や下の世話はどうするんだ?」
「明日までに何もなけりゃあ、一杯おごってやるよ。
教会からここまでそれを曳いてきたんだろう、ここにいるのはバレバレだ。
倉庫には見張りもいなきゃあ、結界も掛かって無い。
明日までにはけりが付いてるだろう。ここは解体場だ、死体の一つや2つ増えたってどうってことはない。」
「尋問はしないのですか?」と、これはヨナ。
「しても無駄だろう。こういう仕事をする奴は肝が据わってる。普通は吐かんよ。
それに何か吐いても、どう使うんだ。素性もわからないやつの証言なんて何の役にも立たねえぞ。大体だなあ、首謀者はわかっているじゃあないか。それ以外に何か知りたいか?」
「そうだな。じゃあ後は任すぞ。」
「ほかの6人はどうした? 顔を確認しようか?」
「もう土の下だ。」
「そうか。じゃあ、もういいや。
マルチナ、だれか呼んできてワイドメルを医務室に連れて行ってくれ。」
「ゴメスさん。」バグが声をかける。
「これ、依頼のあった熊です。行ったときには死んでいました。罠でしたね。
帰り道で襲われたので俺たちだけ先行して帰りました。
詳細はディクソンたちからしますが、報奨金はあいつらに払ってください。あいつらは巻き込まれただけです。」
「襲ったのは?」
「ディクソンはマディソン一家と呼んでいました。30人ほどのグループで、一緒に狩りに行ったマックとモスも仲間でした。」
「あと、東門近くに20人いたわ。急いでいたので名前聞く暇もなかったけど。」
バグとヨナの立て続けの報告に、ゴメスは大きくため息を吐く。
「お前ら2人で50人近くやっつけたのか!」
「いいえ。シャナ1人です。」
「ううん。バディが結界で守ってくれたから、魔法に専念できたのよ。」
『いけない。2人だけの世界に入ろうとしている。』
シャルがうんざりした口調で、シャルルンに念話したとき。
「ゴメス。ひとつ聞きたいんだが、教会の中にやつらの仲間はいるのか?」
それまで黙って何か考えていたリサが、場の雰囲気を無視した質問を投げかける。
「教会なあ。三分の一は鑑定持ちだから、悪さは出来んだろう。支部長が鑑定を持ってないから、ここの教会は全体的に緩いからなあ。積極的に悪事に加担する奴はいないだろうが、口は軽そうだな。」
「何か気になるのか?」ベネが訊ねる。
「1つ、私たちが教会に入った時点で少なくとも5人が訓練場に潜入していたこと。
2つ、襲撃と同じ頃に結界を張っていた者が倒れ、代わりの者もいなかったこと。
3つ、なぜあの時間帯に私がシャルから離れることを知っていたのか?
この3点かな。」
「教会とは若干だがつながりがあるんで、調べてやるよ。
しかし、偽の依頼とは、俺たちを馬鹿にしてやがるな。
ちょうどいい餌も来たし、今度はこっちの番だ。今晩は目にもの見せてやるぞ。」
ゴメスが報復に頭を切り替えたのを見て、ベネたちは視線を交わすと、黙って宿へと向かった。