2-18 会談
リサがダイソン支部長に案内されたのは、教会の尖塔の真下に位置する半地下の一角だ。
重厚な木の扉の前で、ダイソン支部長が小声でつぶやくと扉が左右に開いた。
リサに聞かれないようにしたつもりだろうが、彼女の耳はしっかりと解除の暗号をとらえていた。
「オープン・セサミ」
リサにはなじみのどこにでもある解除ワードだ。
ここのセキュリティーは大丈夫なのかと不安さえ覚える。
「映像付きの遠話のご経験は? 注意点などはご存じですか?」
扉の前から横に移動しながら、ダイソン支部長が訊ねる。
「お気遣いありがとうございます。遠話の者に顔を向け、素早い動きや大きな動きをしない。でしたね。」
「よくご存じですね。それではお入りください。」
リサは支部長にお礼を言うと、躊躇せず部屋の中に入って行った。
リサが入ると扉は自動的に閉まった。
5m四方ほどの部屋の奥には大きな漆黒の板が立っており、その前に高級そうな椅子が一つ置いてある。板の幅は2m、高さは3m程か。
板の前に一人の神父が立っていて、黙ってお辞儀をすると手で椅子をすすめるしぐさをする。おそらくもう遠話の準備としてトランス状態に入っているのだろう。
リサが椅子に腰かけると、神父も板の前にある小さな低い椅子に腰を掛け、詠唱を始める。
しばらくすると、神父の頭の上、板の中央付近に1辺1m程の明るく光る四角い部分が浮かび上がる。
神父が顔を上げ、リサを見つめる。目の奥に瞳とは別の暗い光が宿っている。
板の中央の光る部分に、顔が浮かび上がってきた。壮年に差し掛かってきた男の顔だ。
面長の鋭い目つきだが、頬から口元にかけての線は丸みがあり、人当たりの柔らかさがうかがえる。
「お久しぶりです。リサ姉さん。」
「ご尊顔を拝し光栄です。トランペスト・ダグラ・デュナ・バルス陛下。」
リサは微笑みながらも、まじめな感じを崩さず挨拶する。
「他人行儀はやめてください。昔のようにチュリオと呼んでくれませんか。」
「わかった。チュリオ、貫禄が付いてきたな。20年ぶりか。」
「ねえさん・・・」
皇帝の顔が崩れるように画面から顔が消え、四角い光だけが残る。
リサは苦笑しながらも、顔の位置は動かさずに、静かに待つ。
やがて、
「失礼しました。こういう人だとは分かっていたつもりなんですが。本当に変わらないですね。」
再び現れた皇帝は先ほどと同じ顔つきだが、目の周りが赤くなったように見える。
「生きていることは知っていたのです。あなたが私を守るため、父の蛮行を止めるため、姿を消したのだろうということぐらいは。
まさか、ヴェグネスと結婚して子供までなしているとは!」
「お前も皇帝をしてたらわかるだろう。私がその地位についていたらどんなことになるか。」
「はい。それだけは想像したくありません。あなたの後始末をするよりは、自分でやった方がましなのだと言い聞かせながらやってますよ。」
リサはにやりと笑う。
「お、少しは調子が戻ってきたか。ベネには私の方が惚れたんだ。あいつは律義にそれに従ってくれている。怒っているかもしれんが、許してやってくれ。」
「怒ってなんかいませんよ。ただ、その気で見たら、あなたとあいつの爪痕が各地に残ってるじゃないですか。今まで気が付かなかった自分の馬鹿さ加減に腹が立って。
今顔を見たら、私を置いていった恨みつらみをぶちまけてしまいそうで。
あいつ、真面目だから、気に病むんじゃないかと思って。」
「よし、その気持ちは伝えておこう。積もる話はあるだろうが、遠話の者もいつまでも続けられまい。用件があるのだろう?」
「そうですね・・・。あなたの周りに強力な鑑定がいますね。息子さんのものですか?」
「いや、娘のシャルのものだ。私の鑑定よりも深く潜れるようだぞ。発現して3日でトリュンの砦を壊した魔力を持っている。壊したのはシャルが攫われたので脱出するためだ。子供のしたことだから見過ごしてほしい。」
「別に過去の罪状を暴きたいのじゃありませんよ。まして他国の事を。
しかし、娘さんですか・・・。確か12歳ですよね。
うちに貰えません?」
「はあ、藪から棒になんてことを言うんだ。」
「実は私には今日現在15を筆頭に36人の子がいるんですが、成人の儀を受けた7人のいずれもが鑑定を持っていないのです。
もちろん下の子たちも、まだ。
このままですと、1000年前の混乱期の再現になるのでは、と懸念してるんです。
本当は17才の息子さんに持っていてほしかったんですが。」
「ウ~ン。確かに、後継者はもっとも強力な鑑定の持ち主とするという、始祖からの伝統だからな。だからと言って、うちの子らに皇帝が務まるとは思えんぞ。若いうちから帝王学を学ばせる必要もあるが、何より皇帝になるという気概の育成が必要だろう。」
「それはそうなのですが。
ともかく一度、こちらに来ていただき、人柄や適性を見させてもらえませんか。できればサルバレスと一緒に帰国してもらえば、目立ちませんし、煩わしい手続きもいらないでしょう。」
「我が家のルールとして、重要なことはみんなで話し合って決めることにしてるんだ。
だから、ここでは拒否しないが、期待はするなよ。数日前に娘に教皇にならないかと言ったら、絶対嫌だと言われたところだしな。」
「あっ、それとあと2つ。
姉さん“豊穣の光珠”持っておられます?」
「ああ持ってるぞ。母の形見だからな。やらんぞ。」
「国宝を私物化しないでください。とはいうものの、取り上げるつもりはありませんよ。ただ、ここ3年、西部のバドス地方で天候不良が続いていて、教会から来年大飢饉が発生すると警告されているんです。あの宝珠があれば、軽減できるのではないかと思うのですが。
サルバレスが専門ですから、彼から話を聞いてください。もし、こちらに来ないとなっても、あれだけは彼に預けて欲しいのです。私の生きているうちなら、必ずお返ししますと約束しますよ。」
「どうしても、私を呼びつけたいようだな。
ところでもう一つは?」
「これもこちらに来ないとなった時の話なんですが、スツラムに行ってほしいんです。
ご存じと思いますが、帝国に批判的な落ち人たちが作った国です。あそことの間には世界で唯一の長距離転移装置があって、定期的に書類等で連絡を取り合っていて、必要があれば穀物などの援助を行ってきたのですが、昨年7月に突然それが途絶えたのです。その後人を送っているのですが、彼らとも音信不通です。
スツラムに行って、今あそこがどうなっているのか報告してほしいのです。報酬は金貨500枚。ギルドを通さない依頼ですが、どうですか?
なまじの人では同じことになるでしょうが、ヴェグネスと姉さん、今はベルケルクの魔女までいるあなた方なら達成してくれると信じてますよ。」
「お前、私をどうしてもフローネに呼びつけたいようだな。宝珠にしても金貨にしても結局お前んとこに行かないともらえないじゃないか。」
「わかります?」
「お前に昔の茶目っ気さが残っているので、安心したよ。案件3つ、検討するよ。
返事はサルバレスに、でいいか?」
「彼にお願いします。そちらは今ちょっときな臭いので。」
「なんだ?」
「いえ、それはこちらの仕事ですからお気になさらずに。サルバレスは信頼できますから、返事は彼だけにお願いします。」
最後の方は、画像が時々ゆがむようになってきていた。遠話者の限界が来ていると感じたので、口早に切り上げた。
通話が終了し、画面が消えると、遠話者は脱力して倒れそうになるが、懐から鈴を取り出し、大きく鳴らす。すると、入り口の扉が開き、3人の神母が入ってきて、彼を介抱し始めた。
すぐにその一人がリサの前に来て、
「お疲れさまでした。ご退出ください。」
といって、受付まで案内する。
途中で気が付いた。
「おい、結界が消えてるんじゃあないのか?」
「よくお気づきで。先ほど結界を張っている者が、急に倒れまして。今代わりの者が準備中ですので、間もなく回復すると思います。」
「そうか、大事無いといいな。」
「いつもは控えの者が待機しているのですが、今日は出払ってまして。ご心配おかけいたしました。」
この神母とは受付で分かれ、リサは訓練場に向かった。
訓練場では、入り口付近で椅子に座ってぐったりとしたベネがいた。
シャルは近くで火玉を操っていたが、リサに気が付くと駆け寄ってきた。
「どうした?」
「リサたんに、シャルルンが」と小声で言って、手を出す。
その手を握ると、リサの頭の中にさきほどの出来事が早送りの映像で再現された。
ベネが立ち上がって、
「ともかく、バグたちと合流しよう。」と呟く。
3人は無言で教会を出て、裏に回った。