2-16 熊狩り
バグとヨナは熊狩りのため、北の山に向かっている。
朝、待ち合わせた食堂には、7人の男女が集まっていた。全員が10代後半。
リーダーはディクソン。バグの幼いころ遊んだ友人だ。大剣を担いでいる。
その恋人のパプリカ。小柄だが俊敏そうな愛嬌のある女性だ。弓を持っている。
後は名前を覚えきれてない。覚えたのは呼び名だけ。
ディクソンがパーティーを組んでいる3人。槍と盾を持った男ドット、火魔法が得意な男バイン、探査持ちの女サジ。
友人だという男が2人。マックとモス。いずれも剣と魔法が使えるとのこと。この2人からはバグに対する悪意が発せられた。敵の眼だ、決定。
ディクソンはマック達から熊の情報を得たとのことで、場所もマックが知っている。
熊の情報は目撃した狩人から冒険者ギルドに持ち込まれ、ギルドから討伐依頼が公示されたものだ。その狩人がマックの知り合いで、詳細な情報を公示前に得ていたので、ディクソンに声を掛けた。
ディクソンには熊狩りの経験はない。まして手負いらしいので通常より危険だ。渋っていたら、モスが『リュウイを討伐したバグってやつがいたらな~』とぼやいた。バグなら小さい時遊んだ友達だ。そう言うと、東地区にいるぞと言って、合わせてくれた。バグには、家族と相談して行けるようなら参加するとの返事をもらった。
バグたちが来てくれなければ、7人で狩ろう、ということで公示直後に依頼を受けた。
出発は昼前と遅かったが、どうせ今日は熊のねぐらを突き止めて、明日取り囲んで一斉攻撃するつもりなので問題はない。目撃場所まで4時間程度、探査すれば1時間もあれば熊の所在はつかめるはずだ。
目撃された場所に着くとすぐに熊の爪痕を見つけた、地面に足跡も。
サジが探査を始めた。
ヨナは風魔法で薄い結界を作って広げてゆく、魔法を使った探査だ。でも、目的は熊ではない。500m程先の山の尾根で発見。きっと敵の見張りか見届け人だろう。
探査持ちは探査を感じる。だが、魔法による探査は感知できない。これで敵に対してマウントは取れた。
サジはしばらく探査を続けていたが、
「熊が見つからない。でも、何か変なものを見つけた。」
と言うので、慎重に移動してゆくと、熊の死骸があった。
この時、ヨナは見張りの動く気配を感じた。感知したのは火と煙、狼煙だろう。
こっそりとヨナがバグに合図を送る。『敵、我々、知る。』
バグはディクソンに近づき、狩人が発見した日を聞く。3日前だ。
「死体の様子から2,3日前に死んだものだな。発見されて間もなくこと切れたようだ。」
と、みんなには言うが、この傷だと即死だなと思っている。雑な仕掛けだ。この状況が作為的だと気づかれてもいいのだろう。まあ、生かしておく気もないのだ。
ディクソンと相談して、熊の死骸はバグが収納した。
日が暮れかかっているので、いくつかのグループに分かれて、安全な木の上にねぐらを確保する。バグとヨナはもちろん一緒だ。マックとモスも2人で巣を作った。
「あいつらが離れる様子が無いということは、今晩襲う気はないんだろうな。」
「ここだと囲むのには大勢要りそうよ。帰り道で待ち伏せした方が楽でしょ。」。
こう言いながらも、マック達からは目を離さず、交代で眠りについた。
翌朝、軽く朝食を取った後、帰路についた。
ヨナは見張りが昨日のように狼煙をあげるのを感じて、バグに伝える。
ふもと付近の林に30人ほどが待ち構えているのを感知した。
ディクソンたちはこういう時探査を掛けていないようだ。後で注意しておこう。
マックが靴を直すふりをして、列の最後尾に下がる。モスも横に立っている。
バグがさりげなく先頭に立つと林の50m程手前、足場の良い場所で皆を止める。
ヨナはディクソンたちの後ろにいて、マックたちを監視する。
「チッ、帰り道でも探査を掛けてやがる。一筋縄じゃあ行かないか。」
一行が足を止めたことで、待ち伏せがばれたのを知ったのだろう、いかにもと言った凶悪そうな面構えの大男を中心に左右の茂みから30数名のガラの悪そうなやつらが姿を現した。
「マ、マディソン一家。なんでこいつらが!」
ディクソンたちはパニックを起こして、逃げようとするが、
「動くな!かたまって姿勢を低くしろ!」
怒鳴りつけたのはバグだ。
「近づかないで、あんたらも仲間でしょ!」
ヨナは後ろを向いてマックたちを睨みつける。
「クソッ、思った以上に手慣れてやがる。
おい、お前がバグだな。おとなしくリュウイの頭を出しやがれ。そうすりゃあ見逃してやるぞ。」
「リュウイの頭を出したら、見逃してくれる保証はどこにあるんだ。」
「お前が大人しく渡してくれると約束するなら、ここを開けるぜ。」
と言って、道の周りを塞いでいた男たちが道から離れる。
「このまま進めよ。俺たちは後ろをついていくだけだ。東の門が見えるちょっと前に丘がある。そこでリュウイの頭と熊を出したら、さっさと丘を越えて逃げりゃいいさ。」
「丘の向こうに別の奴らが待ち構えていて、そんな約束知らねえぞって、襲ってくるんだろ。お前らの常とう手段だろうが。」
「まったく!腕が立つだけじゃなくて、場慣れしてやがる。
おい、坊主、お前ら助かりたけりゃあ、そいつを説得しな。俺たちが用があるのはそいつと後ろの女だけだ。」
後半はディクソンに向かって、話しかける。
バグが目を後ろに向けようと顔を動かした途端、
「やれっ!」と言う声と共に、マディソンの足元から小石が一斉に飛び出し、バグたちを襲った。同時に周りの男たちからもたくさんの火玉が発射される。
だが、
「本当に期待通りだな。」
とあきれた声でつぶやくバグ。その前には小石と炎の壁が出来ている。結界に阻まれた小石が積み重なっているのだ。
バグの結界はバグからヨナまでの範囲を守るように張られている。このため、少し離れた所にいたマックとモスは小石や炎が掠めたようで、腕やわき腹を押さえて倒れ込んだ。
マディソン達は、結界を取り囲み、周りから魔法や剣、槍などで結界を攻撃し続けるが、バグの方は自信満々な顔でただ立っているだけだ。
「クソッ!埒が明かねえ。
ダンク!死んでもかまわねえから、こいつにお前のアレをぶつけてやれ!
リュウイの頭は惜しいが、約束の金だけでも手に入れてやる。」
みんなの後ろでぼんやりと立っていた貧相な体つきの男が、マディソンの声に驚いたように進み出ると、両手を上に上げて詠唱をはじめ…
「ボシュ!」その体が一瞬光ったかと思うと人の形をした炭だけがそこに残った。
「バディ、ごめんなさい。すごい魔力だったんで、手加減できなかった。」
「いいよ。しつこい奴らだなあ。時間の無駄だから一気にやってしまえ。」
「いいの?」
「いまみたいに、目的を忘れて動くような奴らだ。シャルが心配になってきた。早く帰ろう。」
ベルケルクの魔女のすさまじさを目の当たりにして及び腰になっていたマディソン達だが、その言葉で数人が戦列を離れ、町に向かって逃げ始めた。
そこに突如出現した灰色の霧。逃げ出した奴らがそこに突っ込んだ途端、
「バリバリバリ!!!」
全身を硬直させ、突っ込んだ勢いのまま、転がり、倒れ込む。身体全体から煙を立てながら。
その霧は、ゆっくりと広がり、バグたちを取り囲んでいる連中を取り囲むと一気に押し寄せてきて、全員を包み込んだ。
「バリバリバリ!!!」
「バリバリバリ!!!」
「バリバリバリ!!!」・・・・・・
あちこちで、すさまじい音が鳴り響き、1分と立たないうちに、結界の外に立っている者はいなくなった。
「初めて見る魔法だね。」
霧が晴れて、倒れ伏す悪人たち。動く者が無いことを確認して、結界を解いたバグが訊ねる。
「この間、涼くんが実体化した時に使った光る箱があったでしょ。その原理を聞いたら雷と同じものだって。雲の中の氷をこすり合わせたら、起こるんだって。魔力はそれほど使わないし、時間もかからないし。前にバディの結界が雷撃を無効にしたことあったでしょ。それ思い出したから、使ってみたの。」
いつのまにかバグに寄り添うように立っていたヨナが小声でささやき、ぎゅっとバグに抱き着く。「魔力補充、ギュッ」
「助かったよ。‟豪炎過流”使われたら、結界が持つかなって心配してたんだ。」
「これ、君・・・あなたがやったのですか?」
パプリカが小さな声で、戸惑いながら訊ねる。
結界に守られているとはいえ、すさまじい魔法攻撃、物理攻撃を目の前で受けていたのだ。ディクソンのパーティー5人は生きた心地がしなかった。
突然霧が立ち込めたと思ったら、轟音と悲鳴。
パプリカが一番最初に復活したとはいえ、まだ腰が立たない。
声に振り向いたヨナは、パプリカの持つ弓を見ると、
「そうだ。ちょっと貸してね。」
と言って手に持ち、山の方に向かって矢を放つ。
無雑作に放った矢だが、ものすごい速度でまっすぐと飛び続け、山の尾根のあたりで消えた。
「エッ、あんなところに人が。殺したの?」
サジが探査で矢を追ったのだろう。矢が人に当たったのを見て驚きの声を上げる。
「昨日からあそこで見張ってたのよ。今朝も私たちの出発を狼煙で知らせてたし。見届け人だろうから、片づけておけば何があったか敵に知られなくて済むわ。」
「すまんなディクソン。こいつらの狙いは俺たちだ。マックとモスもやつらの仲間だ。
おまえらは巻き込まれただけだと思うが、しばらくは気を付けてくれ。
こいつらは放っておけ、かかわりがないと主張するためにな。
誰かに聞かれたら、あったことを素直にしゃべってくれればいい。
妹が心配なんで先に行くが、冒険者ギルドのゴメスさんには、事情を話して熊を渡しておく。あとで、ギルドに寄って報告と報奨金を受け取ってくれ、俺たちの分はいらん。
慰謝料の替わりだ。」
「この先にも待ち伏せがあるかもしれないから、サジさん、探査は最後まで続けてね。私たちが会ったら片づけとくわ。」
ヨナとバグは抱き合ったまま浮き上がると、滑るように町に向かって飛行していった。
やっと腰があげられるようになったディクスンは、立ち上がって2人の去った方を見つめながら、
「あいつ、とんでもない世界で生きているんだな。」と呟く。
幼いころに交わした笑顔を思い出しながら。