1-4 リュウイ討伐
1話ごとに視点が変わって読みづらいかと思いますが、「仕様」だと思ってあきらめてください。
「いくぞ」パパの声を押さえた掛け声で、私たちは動き出した。
ここから見て、バグ兄はリュウイの向こう側に、パパはこちら側に位置取りする。
2人は“隠遁”で気配を消し“結界”でリュウイの感知をさえぎりながら草の中を進んでいく。
私たち3人は林から出て、広場になった焼け跡の手前にママが作った結界の中で待機している。動き出すのは2人が位置取りを済ませてからだ。
あの謎の赤い煙で悶絶していたリュウイもしばらくすると回復したようで、近くにあった“あの男”の肉塊に取り付き食い始めた。
ママや私はもちろんだけど、ヨナ姉も初歩的な探査が使えるので、3人は黙って2人の動きを追いながらリュウイの動きや周辺状況を監視している。
ママが私の方を見て話しかけてきた。
「シャルはさっきあの男が覚醒したのを感じた?」 「ウン」
「私ね。わからなかったの。」 「エッ!」
「というより、ずっとあの男を鑑定していたのに、全く何もわからなかった。」
「あの男はリサ様の鑑定をはじいていたということですか。」と、ヨナ姉。
「鑑定をはじかれたんじゃない。鑑定できなかった。
鑑定したのに何の回答も帰ってこなかった。
というより、視覚ではあの男をとらえているのに、鑑定ではそこに何も存在しなかった。
探査でも見えたわ。でも普通なら動きの意図や次の動きが予想できるのに、あの男はそこにあるだけ。
まるで物体よ。鑑定できない物体。」
私は思い返す。あの時彼はどうだったか。
そうだ、最初見たとき生気を感じなかった。まさに物体が存在していただけだった。
「動き始める直前まで、確かに彼は物体だったよ。でも動き出す直前、何かが彼に入り込んだ。何か胸にズドンとくるものが。」
「死んだとき、それはどうなった?」
「エッ」 考えたこともなかった。
確かに出現時にあれだけの存在感があったら、死んだとき喪失感を感じてもおかしくない。
「ごめん、ママ。何も気づかなかった。」
「謝ることはないわ。
彼が死んだとき、私たちはリュウイ討伐に心を切り替えていたんだから。
ただ、喪失感が無かったのなら、まだこの辺にいる可能性がある。
それを覚えておいて。
意識していなかったら見逃すことでも、意識していることで捉えられることがある。
何か気づいたら言ってちょうだい。その時みんなで“見て”みましょう。ヨナもね。」
「「はい!」」3人は顔を見合わせ、笑顔になった。
2人が位置についたようだ。
厳密な位置決めをしたわけではない。相手があることなので細かな指定は無意味だ。
ただ、相手に一撃を与えられる場所。そう判断した場所に付き、待機する。そんな動きをとらえたので、準備ができたと判断する。
リュウイの動向を見守る。攻撃のきっかけ。
それを見つけるのはママだ。静かにその時を待つ。
突然リュウイの口元で、爆発音がする。
小さく白い煙があがり、リュウイが踊り狂いながら顔を掻きむしる。
私たちに緊張感が走る。どこだ、どこで仕掛ける。
急にリュウイが振り向き、何かに向かってゆっくり向きを変える。
その先に何があるの?
探査を絞るとリュウイの視線の先に彼の左足があった。
それと、何?
何かが存在する。あれは何だ。あれがママの言った“なにか”か。
リュウイが口を大きく開ける。ママがこぶしを握り、前に出す。
ヨナ姉が弓を引き絞り、風をまとわせて矢を放つ。
「キ~ィイ」 リュウイが“なにか”に向けて威嚇する。
ママが手を広げ、力を込める。リュウイの口の中に眩しい光が出現する。
パーン。光がはじける。
<サイド 涼>
ティラノの口の中で光がはじけた。
『ブレスじゃなかった~。』と安堵する。
脅かしやがって。ビビったじゃないか。
光はすごかったが、破壊力はそれほどでもなかったようで、ティラノに傷はない。
ただビックリしただけのようだ。
その時左側、林の方の暗い塊から何かが飛来してきたのに気付いた。
地面すれすれを飛んできた“それ”はティラノの近くで速度を緩めて軌道を変え、ビックリして動きを止めていたティラノの右目に猛スピードで突っ込んだ。
“矢”だ。矢だと認識したとたん。矢の形状が明確になり、色が付いた。
ティラノは大声で吠え、矢の飛んできた方向に頭を向ける。
僕も林の塊に意識を向ける。
人だ。形状が明確になり色が躍る。女性が3人。背の高い女性に肩車されるように小さな女の子が乗っていて、大きな真っ赤な布を振り回している。もうひとりは弓を提げ、次の矢をつがえるところだ。
ティラノの左目が3人を捉えたようだ。左足の向きを変えた。足に力が込もる。
その瞬間、ティラノの左側の塊が飛び出す。
人。男だ。両手で大きな剣をもって、今まさに飛び出そうとするティラノの左足、踵付近に剣を叩き込む。
体重をかけた左足に傷を受けたティラノは横倒しに倒れ込んだ。
横倒しになり、腹をさらけ出したティラノ。
そこに右側の塊が突っ込む。
右手に2mほどの槍を持った大男だ。左手には体の半分ほどもある盾を持っている。
大きさに似合わない素早さで、ティラノに迫ると腹から肩方向に向け、突き上げるように槍を差し込む。
一度では刺しきれなかったのか、持ち直して更に刺し込もうという動きを見せる。
その時、ティラノの尾が男を襲う。
男は盾の下部両端の角を地面に差し込み、槍を離して、その陰にかがむ。
尾の飛来する角度を読むようにして盾を傾けると、尾は跳ね上げられ、一旦後ろに引かれる。
男は盾の陰から飛び出すと、もがくティラノに合わせて動く槍の尾尻が手元に来た瞬間、手甲をつけた右手こぶしで殴りつけた。
槍はさらに深く沈み込む。
ティラノは全身を痙攣させ、小さく鳴いて、動かなくなった。
僕は感動している。
光の爆発からティラノの死まで10秒足らず。光玉、矢、剣、槍、盾の個別の力量もすごいが、ミリ秒単位ではないかというほどの連係プレーは見事だった。
『もう一度見たい!』
思わず自分に記録機能が内蔵されてないか確かめたが、何の反応もなかった。
と、視線を感じる。
女性3人組からのものだ。
敵がい心は感じられないが、好意的とは言えない。
ギラギラした探求心、ねちっこい猜疑心、あきれたような同情。
いきなり向けられた精神的重圧に押しつぶされそうになった僕は、できたばかりの我が家に逃げ込んだ。