2-15 会談前日
明けて 10の月、12日、木の日
この日は領主と遠話持ちがトリュンに着く日だ。
昨晩、リサが皇帝陛下と会談することを子供たちにも伝えた。
全員がお互いの行動を把握しておくことが必要だと感じたためだ。
バグとヨナは東区の食堂で狩りに行く連中と待ち合わせしている。
狩りの日程が変われば断ることにして、2人が先に宿を出る。
シャルがこっそりと玄関わきに立つ。
【ワイドメルと話していた奴が、1人尾行している。あっ、向こうの方にいた男が合図みたいなのをして、尾行したやつが合図を返している。】
『2人が前後で尾行ね。』
シャルがそう言って、バグたちに向かって探査波を送る。強弱を変えることでバグには尾行の件が伝わる仕組みだ。
しばらく時間をおいて、残った3人は教会に向かった。
【ワイドメルの横に1人いる。前の方に、昨日教会に来た男。バグさんたちについていったのも含めてみんな色づけしといたからね。】
涼は興奮気味である。リアルでサスペンスドラマに直面しているのだから無理もない。
教会でサルバレス卿に会うと、
「明日正午に皇帝陛下との会談を行うそうです。遠話の者は今日の夕方到着して、準備にかかります。
ベネ殿の件ですが、皇帝陛下から『まだ会いたくない』とのことですので、リサ様おひとりでお会いください。」
「了見の狭い奴だな。」
「こら、弟とは言え、皇帝陛下になんて口をきくんだ。」
ベネが慌てて、リサを止める。
「ここでなら『不敬罪だ!』と騒ぐやつもいないだろう。」
「ご信頼はありがたいのですが、やはり心臓に悪いので、お控えいただければと思いますよ。」
サルバレス卿は、言葉とは裏腹に、リサとベネの掛け合いを面白そうに見ていたが。
「慰霊祭の方も昼をはさんで3時間ほどとなりましたので、会談と重なってしまいました。私たちは朝から出かけますので、案内の者を用意しておきます。受付に言えばわかるようにしておきますので、よろしくお願いします。
明日の結果次第ではありますが、もし私共と別行動されることになっても、明後日もう一度お会いしたいものです。」
と、残念そうに言う。
「秘密会談だけど、両方に遠話の人がいるんでしょ。その人たちに聞かれても大丈夫なの?」とシャルが訊ねる。
「今回のような遠話をするとき、遠話をするものは一種の催眠状態に入って、話されたことを記憶できないようにしているのですよ。特に明日は、お姿を投影しながらの会談になると聞いていますので、遠話の者は極度の集中で、話の内容など耳に入る余裕もないでしょうね。」
その後しばらく、とりとめのない会話をしていたが、明後日の再会を約束して、ベネたちは教会を一旦あとにした。
昼は教会近くの飯屋で取った。道路側は開けっ放しなので、尾行者たちも視界に入る。
【ワイドメルって人、昨日もそうだけど、隠形かけっぱなしで疲れないのかな。】
これにはリサが、
『隠形は入るときに一番魔力と体力を使うんだ。維持するのにはそれほど使わない。それに隠形に入るとき見られると、見た人には効かないからな。』
【それで教会の結界を超えられないので、別の人をつけているのか。】
食事中に虫が飛んできて、リサの肩に止まった。コガネムシに似た甲虫だ。
『ヨナからの連絡だ。狩りに出かける。明日昼に帰る。眼は2人。』
『ホウ、意外だな。と言うことは、金を受け取る前に襲おうとしているのか。』
『サルホスが首謀者なら、リュウイを取り上げれば金を払う必要は無くなるからな。と言うことは生かしておくつもりはないということか。』
『すると、今日の帰り道か。』
『さて、やつらが襲うとしたら何処かな?』
『宿と教会の間は市街地だ。使いをよこしてどこかに誘導する気じゃないか。』
『だったら、考えるだけ無駄か。』
食事を済ませて教会に帰り、訓練場に向かうが、
「なんだこのギャラリーは!」
昨日まで人気のなかった訓練場に30名近い人がいる。入り口付近と昨日破壊した岩山付近に集まっているが、数人は魔法訓練をしている。
みんなの眼が一斉にベネたちに向かう。特にシャルに集中しているようだ。
「なんなのこれ」。
怯えを含んだ声で、シャルがリサに身を寄せる。
「あれのせいだな。」
リサは岩場の方に目を向けて、にやりと笑う。
探査で岩場を拡大したシャルだが、すぐに怒りで顔が赤く染まる。
「パパ、あれ壊してもいい?」
言葉は疑問形だが、やる気が満々と満ちている。
「やめとけ。明日には新しいのがまた出来て、『シャルこの看板も吹っ飛ばす』みたいなのが追加されるだけだぞ。」
小声で話していると、ここを管理している神父が駆けつけてきて、
「すみませんね。変な評判が立ってしまいました。
今日にも上の方から皆さんの邪魔をしないように通知させます。」
シャルはこんな状態で練習するのは嫌だ。まして涼の魔法など見せるわけにいかない。
今日は引き上げることにする。
「明日には通知も徹底するでしょうし、何より慰霊祭の準備で教会の半数が居なくなりますので、明日は大丈夫だと思いますよ。」
管理している神父さんは、一生懸命だ。おそらくサルバレス卿の不興を避けようと必死になっているのだろう。
こんなハプニングがあって、帰るのが早まったせいかはわからないが、何も起らないまま宿に着いてしまった。
夕方にヘギンスが訊ねてきた。
「お金の支払いは明日の朝に、こちらにお持ちします。明後日は10時までに領主館の方にお越しください。」
「わかった、明後日はみんなでお伺いするのでよろしく。明日の内臓などは馬車1台分の収納持ちが必要だが、大丈夫か。」
「はい、承知しております。」
「それから、朝は10時ごろまでには来てほしい。教会に行く約束があるのでな。」
「教会は明日主だった方は慰霊祭に行かれると思いますが、何か?」
「ああ、シャルの訓練をしているのでな。」
「そういえば、お嬢ちゃん、魔法を使い始めたばかりなのに、氷槍で岩を砕いたとか。評判になってますよ。」
「そうか。魔力が大きすぎるのも考えもんだ。訓練場でなかったら危なかったよ。」
ヘギンスが帰った後、リサが、
「ヘギンスもシロだな。明日の予定を明かしたが、何の反応も無しだ。」
「まあ、少しづつでも敵味方を識別できることがありがたいよ。地の利、人の利はあちらが握っているのだからな。
しかし、サルホスもしぶといな。ギリギリまで手の内が読めない。」
「ここが襲われるってことは無いの?」とシャルが問う。
「ここの持ち主は領主様だ。サルホスが領主とどの程度の関係か知らないが、ここでの騒ぎは避けたいだろう。破壊でもしたら言い訳できないんじゃないか。」
とりあえず、明日がヤマ場だ。油断せずに行こう。
そう言い合って、この日は眠りについた。