2-11 涼の精神空間
特定の視点はありません。
シャルルンと涼の念話が主体です。≪ ≫はシャルルン、【 】は涼の発言です。
涼が目を覚ましたのは、東の門が見えてきたころだった。
≪今回は早かったわね。40分ぐらい寝ていたよ。≫
【どう、ちゃんとコピーできたかな?】
≪コピー?≫
【複写の事だよ。始祖がコピペって呼んでたのは、コピーアンドペーストの略称で、複写して貼り付けるっていう意味なんだ。普段はまとめてコピーと言ってたんだ。】
≪フ~ン、呼び名の件はリサたんと話してみるわ。勝手にいろいろ呼んだら判らなくなるから。世界の知識にも言わないとね。≫
【わかる。勝手に言葉作って、知らないと馬鹿にするやつ。あれ、むかつくよね。】
≪今から涼を鑑定するけど、一緒に見てみる?≫
【見る、見る!でも、シャルちゃんはどうするの?】
≪今歩いているから無理よ。じっとして姿勢を維持するだけなら、身体に任せたらいいけど、歩いているときに意識を外したら危ないわよ。≫
【そりゃあ、そうか。】
≪じゃあ、意識を私に沿わせて。
おっ、大分滑らかになって来たね。
いくよ。≫
≪ほら、これが涼の精神空間。広いでしょう。まだほとんど空っぽ。≫
【馬鹿にされてるように感じるんだけど、気のせいかな?】
≪今のは違うよ。本当に広いんだから。普通の人の百倍ぐらいあるよ。≫
【で、この隅の方にかたまっているのが僕の精神構造?
何か、絡み合っていて気持ち悪いな。
アッ、何かいっぱい動いてる!】
≪動いてるのは、ノッドと言って精神構造を作る機能よ。いっぱいあるでしょ。
普通の人は4個か8個だけど。あんたのは32個もあるの。≫
【わあ~い!32ビットマシンだ!】
(注)本当の意味での32ビットではありません。
涼くんもわかって言ってる・・・はずです。
≪また、訳のわからないことを!
まあ、ノッドがたくさんあるから構築処理が早いのは確かでしょうね。
半日で、探査や収納を作り上げるなんて、驚異的だわ。≫
≪じゃあ、ピュトの時みたいに色分けしてみるね。青いのが思考空間、赤いのがギフト、体幹機能は黄色、その他は黒。もっと細かく区別できるものは色合いを変えてみるね。≫
シャルルンが精神構造に移動するのが涼にもわかる。やがて色が付き始める。
絡み合った構造ではあるが、色が付くと幾つかのエリアに分かれていることがわかる。
≪青いのが3つあるでしょ。最初シャルちゃんとピュトの記憶かと思ったけど違った。
涼本来の部分とシャルの記憶が融合した部分、シャルちゃんの記憶がそのままの部分に分かれているわ。≫
【そうか、言葉みたいに意識しないで分かることと、何か探したら答えが見つかるものがあるのはそれか。】
≪あのノッド達、わかってやっているのかな?
もし、そうなら他人の記憶を吸収しても人格を変える可能性は少ないんだけど。≫
≪赤いギフトは4つに分かれてるでしょ。深紅の部分が吸収、ピンクがかったのが探査、暗い赤は収納よ。薄い赤は今まだ構築中の隠遁ね。あと30分もしたら隠遁が使えるようになるわよ。≫
【え~と、僕、何から見えないようにするの?】
≪強力な探査は精神体でも見えるのよ。私があなたを見ているように。≫
【よかった~。シャルルンのお説教から逃げる手段を手に入れたんだ。】
≪それ、皮肉っているつもり? 残念だけど隠遁は居ることを知らない相手には有効だけど、知ってる相手には効かないのよ。私から隠れるなら‟隠形”ぐらい手に入れないとね。≫
≪不思議なのは、あの黒い影のようなものなの。6つに分けたんだけど。
ひと際大きなのがあるでしょ。あれは自律系の思考体で、本当なら黄色の体幹系のはずなんだけど、感触が全く違うのよねぇ。黄色の体幹系はちゃんとあるし。ノッドの一部はあれが操っているようにも見えるのよね。
残り5つ。大きな奴は鑑定、まるで“私”よ。触ってみてゾッとしたわ。
残りのもギフト。探査、結界、収納、隠遁。これって、シャルちゃんとピュトから吸収したギフトよね。
探査、収納、隠遁はもう発現してるのに、なんで残っているんだろう。
鑑定と結界はまだ定着していないから残っているのはわかるんだけど。≫
【僕の世界でコピーと言ったら、2種類あるんだ。
簡便だけどすぐに貼り付けないと消えてしまうタイプと、一度コピーした内容をいつまでも持っていて、何時でも何回も貼り付けできるやつ。
この吸収は、複写した情報をそのまま保持するタイプじゃないのかな。】
≪そんなものいつまでも保持してどうするのよ。≫
【知らないよ、そんなの。どうかする気が無くても、消せないのかもしれないし。
そうだ、この空いている空間は、複写した情報を保持するために必要なんじゃないの。
今は空っぽだけど、吸収を続けていたらそのうちいっぱいになるのかも。
えっ、僕それまでに何回気絶すればいいんだ?!】
≪仕方ない。わからないこととして今は置いておこう。
とりあえず、・・・と。≫
シャルルンがつぶやくと、大きな影が紫色に、ギフトのコピーは緑色に塗り変えられた。
≪これで見映えはましになったわ。あの暗いのがごじゃごじゃいるのを想像したら、この空間に入る気がしなくなるもんね。≫
そんなやり取りをしていたら、宿に着いたようだ。シャルルンと涼は同化を解除し、寝る前にシャルを含めて今の話をしようと言って接続を切った。
リサとベネは夕食前に帰ってきた。
食事を済ませた後、昨日と同じようにみんなで集まる。
持ち込む酒や食べ物が増えたのは気のせいではないようだ。
リサとベネは皇帝との会談を子供たちには話さなかった。サルバレス卿から要請されたためだ。今のところ支部長にも、遠話役の者にも事情は話していないとのことだ。
ただ、サルバレス卿の侍史にベネのかつての部下がいたことや、明日以降も毎日教会に顔を出さないといけないことは伝えた。
ヨナからは、シャルと涼に閃光と火炎の基礎を教えたという報告と、明日以降はしばらくその制御に時間を割くつもりなので、市内で安全に訓練できる場所を教えてほしいとの要望があった。
シャルたちからは、ピュトからギフトだけを吸収することに成功したことを伝えた。
さて、問題はリサやヨナからの“憑依”要請をどうするかだ。
ピュトとの接触体験からすると、今の状態であればシャルが靴を履いた時のように、思考やギフトをすべて吸収するようなことは無いだろうと思われる。
だが、火玉を習っただけで、人の大きさの火炎と呼んでいい威力を数百m飛ばす魔力量を持っているのだ。圧縮点が木に当たらなければどこまで飛んでいったか分からないような力を!
それに思い当たったヨナは辞退した。涼が魔力の制御を身に着け、常識の範囲を理解するまで。
リサはそれでも接触したがっていたが、シャルルンやリサたんは涼がリサのギフトや思考を吸収するのは反対だ。
なんで? 危ないからに決まっている。
リサの持つ知識やギフトはこの世界の常識を超えている。少なくとも、涼がこの世界の良識や力加減を理解するまでは、そんなものを持たせられない。
結局、涼が魔力制御できたとヨナが判断するまで、このまま訓練を続けることにした。
そうなると、近くで魔法訓練する、イヤ、魔法が暴走しても大丈夫な場所が必要だ。
ヨナとシャルが冒険者ギルドに、バグが教会にあいさつしていないこともあるので、明日はみんなでギルドと教会を訪ね、そのあと訓練場所を探しに行くことにした。