2-9 吸収
シャルの視点です。
昼食後、ピュトが元気なうちに、涼くんの『ギフト活用技術向上訓練』を行うことにした。
長い訓練名だけどシャルルンの命名だ、黙って受け入れよう。
ヨナ姉も混ざりたいようだったが、まだ接触するのは早いと言われて、バグ兄と狩りにでかけた。
袋から1匹、ピュトを取り出す。身体の大きさは大人の手の平ほど、その1.5倍の大きさのフワフワしたしっぽがついている。小さな顔に大きな目。
【うわ~、地球のリスそっくり。】 涼くんは大興奮だ。
「これどうするの?靴に突っ込むの?」
左手で首の後ろを持ち、右手の平に抱え込む形でピコを抱いたままシャルルンに訊ねる。
≪吸収がどうやったら起こるかまだ分からないから、そのままお願い。
シャルちゃんと涼の視点を私に合わすから、気持ちを私に寄り添わせてね。≫
シャルルン、とうとう涼くんを呼び捨てだ。
そんなことを考えていたら、風景が変わった。これまで見ていたものが半透明になり、私と重なった感じでシャルルンと涼くんが感じられる。
ピュトの体も半透明だが、その倍ぐらいの大きさで別の空間が広がっている。何かごちゃごちゃした感じだ。
≪この空間、ピュトの精神構造を私の目で見たものよ。今から機能別に色分けするわね。
今青く色を付けたところが思考空間、普段の思考や記憶がある所よ。赤くなったところが“隠遁”ギフトの場所。今両方が絡み合った形で存在しているでしょ。
一旦色を消すわね。
涼、あなたの手で、触ってみて。両方の区別がつくかやってみて。≫
空間に手の形をしたものが出てくる。関節はなく、うねうねと触手のように動く。手の平に当たる部分で、ピュトの頭の中を撫でまわしながら、
【こことここは同じ感じ。これは別の感じ、あっ少し動いた。ここはどれとも違う、冷たい感じがする。】などと呟いている。
抱かれているピュトからは時折ピク!と緊張感が伝わってくるが、暴れ出す気配は無い。
≪涼、ここに色付け用の液を置くわ。3種類あるから思考空間、ギフト、その他に分けてちょうだい。塗りつぶさなくていいから、わかる所にちょこんと付けてね。≫
液の一つに手の指先が漬かり、それがピュトの精神空間のどこかに触れるとそこに赤色の色が付いた。別の液につけたものはそれぞれ青色、黄色に色づけされる。
≪はい、ごくろうさま。それじゃあ、さっきの色分けを重ねるね。≫
先ほどより薄い色合いで、青と赤の色に染まる。涼くんの印とはほぼ一致しているが、3か所違う所があった。
≪よくできました。色が一致していない所も両方の機能の接点みたいなところだから。この程度の間違いなら許容範囲内ね。≫
ここで一旦3人の同期を解除する。私たち3人は平気だが、ピュトは疲れた様子だ。
≪神経撫でまわられて、緊張してたから参ったのね。≫
このピュトには好物のクルミをあげて袋に戻す。
別のピュトを取り出し、先ほどの要領で、最初に涼くんが色を付け、シャルルンがその正否を判定する。涼くんの色付けは、先ほどのピュトとはがかなり違っていたが、結果はほぼ正解。個体によって機能配置はだいぶ違うようだ。
≪じゃあ、このまま吸収の練習をしましょう。涼、ピュトの精神空間全体を覆える?≫
涼くんの手の平が大きくなって、ピュトの精神空間を覆う。
≪涼、先ほどの機能別の感覚感じられる? そうOKね。
じゃあ、一旦解除して。次はそのままの状態で、さっきのピュトを覆って。≫
さっきのピュトの入った袋は私の足元にある。
涼くんの手がその袋に伸びて行き、袋の中のピュトを覆う。
【ダメだ。精神空間は覆えたけど、機能別の違いが読み取れない。】
≪シャルちゃん。リュックから左靴を取り出してピュトの袋をその上にのせて。≫
ピュトの袋を左靴の上に置くと。
【アッ、読み取れるようになった。】と言う声が聞こえる。
≪やっぱり物理的な接触は必要か。
だけど、シャルちゃんの身体が代用できているから、靴だけよりはマシかな。
シャルちゃんが左靴と20m以内にあれば、涼の精神作用は及ぼせると考えていいかな。
よし、最後の作業だ。≫
そう言うと、シャルルンは涼くんに指示して腕に抱いた方のピュトを覆わせると、
≪じゃあ、吸収を使ってみて。
やり方がわからない?
自分の中にある吸収は感じられるでしょ。手をそれに結び付けて。
できた? そうそれでいい。
そしたら、手からピュトに吸収を流し込むような感じで、流した後吸い取るように。
わからないって。
私も知らないわよ。
始祖の残した吸収に関する知識にはそうとしか書いてないんだから。
シャルに‟吸収”使った時はどんな風だった?≫
【あの時かァ~。・・・ シャルちゃんの足が入って来た時、そのフィット感が気持ちよくって・・・・ もう少しくっつきたいなって思ったら、いきなり身体が吸い出されそうになって・・・・ 必死で靴にしがみついていたら、気を失った。って感じかな。】
涼くんが恥ずかしそうに、ぼそぼそ言う。
聞いてる私の方が恥ずかしいよ。
≪聞くに堪えないけど、言ってることは始祖と同じじゃない。
今は‟吸収”を意識できるんだから、それだけを流し込んで、その後引き戻したらいいんじゃない?
そうだ、流し込むときギフト部分だけにしといたほうがいいよ。
ピュトの求愛の踊りの作法なんか、知りたくないでしょ。≫
涼くんは、ぶつぶつ言いながらも、シャルルンの指示に従って、何かしていたが、
【わおっ!】と言う涼くんの叫びとともに、私の中を何かが通り過ぎる感触があった。
ビックリはしたものの、前回と違って気絶するほどのものではなかったが、涼くんとの接続が切れたのを感じた。
≪ア~ア、やっぱり気絶しちゃうのか。
始祖との素質の違いかな。それとも慣れかな。
全部とり込んじゃったのか、ギフトだけ選別できたのか。
涼の目が覚めるまでお預けね。≫
涼くんがいつ目を覚ますのかわからないので、今日のところは終了することにした。
気絶しているピュトは切り株の上に寝かせ、クルミを置いて結界で覆った。気が付いたら結界を破って出ていけるようにした。
残りの2匹のピュトにはクルミを与えて開放した。
1時間ほどしてバグ兄たちも帰ってきた。獲物はウサギ2匹とやまどり3匹。
東の森には大型動物はいないようだ。
明日からは、今日覚えた魔法の精度を上げることに主眼を置いて、市内のどこかで訓練することとして、宿に引き揚げた。