表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/60

2-8 魔法の練習

シャルの視点です。

 トリュンは東大陸北端の孤高の霊峰スピンノールが作る山塊の南端に位置している。

 山塊の端から南に突出する岩棚の上にあり、西側は西の草原から湧き出す水を集めたバンズ川側に削られ20~30mの急峻な渓谷となっている。バンズ川は岩棚を回り込むように曲がり、北東に向きを変えたところで5m程の滝となってナゾミ湖に流れ込む。

 湖とは名づけられているが、ナゾミ湖はバンズ川が急に広さと傾斜を変えたために出来た淵であり、湖を出ると名前をロームス川と変えて幅200m程の水量豊富で緩やかな流れとなって、王都を経て大ベルン川に流れ込んでいる。

 トリュンの東側は対照的になだらかな傾斜地となっている。岩盤付近は住宅地が階段状に並んでいるが、100m程先からはほぼ平坦な地形となっていて、波止場を中心に商店や倉庫などが密集している。


 もともとトリュンはタラノスコ王国の西の国境を守る砦として作られた。

 西の草原やその南の森林地帯にはドメイラという小国があり、対立していた。

 だが、130年前に魔獣を含む野獣の大群が突如山麓より湧き出してドメイラ全土を蹂躙し、ドメイラは消滅した。

 この時トリュンは防波堤として、魔獣の東進を許さず、存在価値を示した。

 タラノスコ王国はドメイラを併合したが、平坦な地が少なく荒れ果てたドメイラの復興はあきらめ、トリュンの東に広がる丘陵地帯の開発のため、ドメイラの住民を移住させた。トリュン周辺に移り住んだ人々は、狩猟や農耕に従事するようになり、トリュンは砦から小都市へと変貌した。


 その後、ドメイラが消失したことで、大陸西側諸国との直接交易が可能となって活発化し、西のラディオールと東のトピコムを結ぶセミソン街道の中継地として発展してきた。

 ナゾミ湖北岸の波止場が整備・拡充され、トリュンは街域を東に広げてさらに発展している最中である。



 シャルたちは、昇り始めた日の光を真正面から浴びながら、坂道を下り、東門に向かっている。セサミン街道は陸路でトピコムまで繋がっているとはいえ、トリュンから東は水運が発達してきたため寂れつつある。

 港から西に向かう小隊は馬車を連ね、物々しい警備兵に守られて、意気盛んに出立しているが、東門付近は市場に並べる生鮮食品などを肩に担いだり、荷車に積んで運び込む近隣農家の人たちが見られるぐらいだ。


 東門を出て麦畑の広がる街道を行くこと1時間、北側の丘陵に林がみえる。

 このあたり一帯は東の森と呼ばれているが、高さ3m程のかん木が間隔をあけて生えている下草の多い明るい林だ。

 ここには“幻獣”と呼ばれるリスに似た小動物、ピュトがいる。

 シャルたちの目的はこのピュトだ。


「で、俺にピュトを捕まえてこいと言うのか。探査はシャルが一番得意だろう。ピュトの隠遁はすごいぞ。どれだけ時間がかかると思ってるんだ。」

「でも、私はヨナ姉に魔法制御を教えてもらうから。いっぺんに2つの事は出来ないわよ。」

「ギフトを持った魔獣だったら、ドロメがいるだろう。あれだったらこんなとこまで出かけなくても、街中にいるだろ。」

「涼くんが生き物の精神構造を覚える題材なのよ。私が触れる必要があるのよ。ドロメなんて絶対に嫌!凶悪なネズミじゃない!」

 この言い合い。昨日の晩、今朝の出発前、そして到着後の今、もう3回目なのだ。

 ちなみにパパとママは、バグ兄が探査技術を向上させるいい機会だ、と言ってバグの反論を粉砕した。


「バディ。お願いだから2、3匹捕まえてきて。街中でシャルちゃんの魔法練習なんて怖くてできないでしょう。ここなら多少失敗しても一山吹き飛ぶぐらいで済むし、人もいないから謝る必要ないし。」

 バグ兄大好きのヨナ姉だが、さすがにこの口論にうんざりしたのか、きつい調子でなだめている。


 ヨナ姉の『べルケルクの魔女』は冗談でつけられたあだ名ではないのだ。

 魔法を覚えたての頃、膨大な魔力量を持つヨナ姉はすぐに魔力を暴走させて、家の1軒や2軒何度も潰している。伯爵令嬢だったから何とかなったが、そうでなければとっくに牢屋行きだったはずだ。

 だから、シャルルンの封印が解け、シャルの持つ魔力量を知ったとき、魔力制御から覚えるべきだと主張している。


 バグ兄があきらめてピュト探しに出かけた後、シャルルンとヨナ姉から魔法の使い方を習う。

 涼くんも私と一緒に習えと言われて嬉しそうだ。『男のロマンが』などと口走っているが、何だろう?


 魔素を認識することは簡単にできた。私は。

 涼くんはそこで つまづ いている。自分が魔素の塊のくせにと思うが、そうだからこそ難しいらしい。視点を外部に移して、自分を眺め、意識させ、それと同質の存在を認識する練習をしてやっと理解したようだ。


 次は魔素の制御だ。最初は水をすくう様に両手の平を合わせて、その上に魔素を集める。

 その魔素を圧縮してゆくとすぐに光り出す。急に圧縮を止め、魔素を開放する。

『パーン』閃光がひらめく。“光玉”の完成だ。


 木陰に移動して、光の強さを調整する練習だ。同時に光る時間を伸ばしてゆく。無意識で光り続けさせるようになれば“灯り”となる。無意識で継続するのは範囲探知や結界で慣れているのですぐにコツをつかめた。

 強さの調整は、難しい。少し強くしようとしたら、いきなり眩しい光が溢れ、熱まで感じた。熱を感じるほどの光は身体に悪いので注意するよう言われた。


 突然、ほほの左前に小さな光がともる。涼くんが【出来た!出来た!】と大喜びし、シャルルンに≪びっくりするでしょう!もっと離しなさい!≫と怒られる。

 光の魔法はよっぽど大きなものでないと、人や物を傷つけることは無いので、後は夜に部屋でも練習できる。

 なので、次に移る。


 先ほどの魔素の圧縮点をその場で回転させる。それに周囲の魔素を連続して送り込む。すると、魔素だけでなく周りの空気も一緒に巻き込まれ、圧縮されてゆき“火玉”が完成する。ここで魔素の圧縮点を押し出すように意識すると“火玉”は勢いよく飛び出し、前方の木に当たって消えた。これで“炎”の魔法は完成だ。


 その後、圧縮点を体から離れた位置に作る練習をする。身体から離れるほど大きな魔力が必要になる。先ほど炎が射出されたのはこの圧縮点の移動を使ったものだ。

 ヨナ姉にも何処に圧縮点が出来たかわかるように、閃光をひらめかせながら少しづつ離してゆく。疲れを感じたのでやめた時には、50mほど先まで行っていた。

「ここまでで2時間ちょっとね。私の生徒は優秀だわ。」

 ヨナ姉が嬉しそうに言っていると、


 再び突然だ! 5m程離れた所に人ぐらいの大きさの“火玉”が出現し、林の奥に向かって飛び出した。火玉は木立をものともせず、まっすぐに突き進むとかなり奥まで行って、消えた。

 ゴーン!!!! 火玉が消えた後、轟音が鳴り響き、木霊となって森中に鳴り響く。

≪コラ!涼!いきなり何をしてんだ!≫

 今や恒例となったシャルルンの怒鳴り声。

【か、加減を間違えた~。一度やりたかったんだ、カメ〇メ波。】

 涼くんは、わけのわからない言い訳をしている。


 ふと思った。あっちって、バグ兄が行った方じゃないの?


 火玉は圧縮点を除くと高温の空気の塊だ。木々にとっては高温の突風が吹いたようなものだろう。

 火玉が通り過ぎても、変わらないように見えた木立だったが、何箇所かで煙が立ち始めた。枯れ木か枯れ葉が発火したようだ。

 ヨナ姉が慌てて前に出ると、両手を大きく広げて詠唱する。火玉が通ったあたりに霧が立ち込める。広範囲に水滴を生み出し、低温化しているのだろう。

「やらかす可能性があるのを、一人忘れてたわ。」とヨナ姉が嘆く。

 しばらくして、ヨナ姉が手を下すと、キリが晴れていく。

 私は、探査で消し残しが無いかを確かめる。大丈夫だ。

 ヨナ姉と顔を見合わせると、無言でどちらからとなく昼食の準備にかかる。疲れた。

 シャルルンはまだ涼くんを説教中だ。


 ほどなく、バグ兄が帰ってきた。手と腰に小さな袋を3つ下げ、にこにこと上機嫌だ。

「おかえりなさい。早かったわね。」ヨナ姉嬉しそう。

「おお、さっき爆発音があっただろう。ピュトの奴らびっくりして隠遁が取れちまったのさ。慌ててかけなおしていたが、さすがに俺でもどこにいるのかわかる。」


『涼くん、さっきのでバグ兄の探査訓練を邪魔したみたいよ。説教項目追加ね。』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ