2-7 襲撃
特定の視点はありません。
ベネとバグがみんなと別れて宿に向かったのは日が傾き始めたころだった。
なじみの酒場に集まったのは50人以上。
30人も入れば満員の酒場は表まで人が溢れ、身動きが出来なかった。
隣接する2軒の酒場と話をつけて、飲み食い自由として分散させた。
ほとんどはベネたちの顔を一度拝んでおこうと考えていた奴らなので、すぐに隣に移っていったが、そのうち‟飲み食い自由”が独り歩きしだして、何もわからず参加する奴らが増えてきて大混乱となった。
仕方がないので、各店に金貨1枚づつ渡して、無くなったら終わりにしろと言って無理やり脱出した。
ロイたちとは、一旦分かれて、別の店でこっそり会い、友好を温めた。
いつまでたっても終わりそうにないので、「リサに怒られる」という逃げ口上を使って引き揚げた。
何で、リサの名前を出すと、誰もが納得するのだろう?
2人とも酒は強い。いざとなれば酒精を分解する魔法も使えるが、心地よい酔いを楽しむ主義なので、多少ふらつく足で宿に向かう。
途中で横道に逸れ、5分ほど歩くと岩が露出したがれ場に迷い込んだ。
突き当りの広場に足を止めると、ひと息ついてから振り向く。
「何か御用でございますかね?」
ベネがふざけた調子で声を掛ける。
物陰から十数人のごっつい体格の男たちが姿を現す。ならず者代表と言った格好の身なりだ。
先頭の一人、長身の色男は少しまともだが、軽薄そうな雰囲気だ。チャラ男か。
「ほう、気づいていて誘い込んだつもりか。」とチャラ男。
「何か御用でございますかね?」
ベネは先ほどよりさらに侮蔑を込めて繰り返す。
「いやね。懐が重たそうなんで、助けてやろうと思ってな。」
「いやぁ、お宝はいっぱい持っていますが、その程度の人数じゃあ運びきれんでしょう。あと100人は連れてきませんと。」
と言って、口をゆがめて「ヒヒッ。」と笑う。
「バカにしやがって、おい。」
と顎を振って隣の大男に指示を出す。
「殺すなよ。収納からお宝を出してもらえるように、腕の一本ぐらい切り落として構わんから、痛めつけろ。」
大男は幅広の大剣を抜くと振り上げて、消える!
一呼吸おいて、ベネの後ろに大男が出現し、ベネの右肩めがけて剣を振り下ろす。
ガキン!
ベネは前を向いたまま右手を肩の上に上げ、親指と人差し指の間で剣の刃をうけとめる。
「なに!」
「ホウ、‟転移”とは珍しい。だが、時間がかかり過ぎだ。出現場所がまるわかりだしな。」
大男は信じられないといった顔をするが、さらに剣に力を込める。
パキン!
ベネが親指と人差し指で剣の腹をひねると、分厚い剣先がはじけ飛ぶ。
その時バグの肘打ちが大男の横腹に入り、うめき声も出さずに吹っ飛んだ。
「クソッ。」チャラ男は吐き捨てる様に言うと、顔の大きさほどの火球をベネめがけて放つ。
ブワッ!ベネの手前2mあたりで、火球は広がり消滅する。
「クソッ、結界か。みんな連弾! 他の者は物理攻撃だ。切らすな!」
チャラ男のほか7名から火炎が飛んでくる。一斉にではなく微妙に時間差をつけて。
連続して結界に負荷をかけ続けることで、魔力を消耗させるつもりだ。
「ホウ。統制が取れているな。ただの盗賊ではなさそうだ。」
魔法と同時に、横や後ろに残り6名が回り込み、剣や槌で結界を叩き始める。
ベネはにやりと笑うと、足元の小石を拾い、回り込んできた連中に投げつける。
普通結界は、物理的、魔法的な力を両方向共に遮断する。しかし、バグの結界は片方向の力を通すことができる。ベネの投石は結界を破壊しに来た連中に面白いように当たり、その数を減らす。
バグの結界はそればかりではない。
「面倒だ。」
結界を張っているバグが、いらいらした調子で呟くと、これまで結界に当たって消えていた火球が、術者向かってはじき返されるようになった。
あちこちで悲鳴が上がり、火球の数が急速に減っていく。
「ば、馬鹿な。」
3発ほど自分の火球を受けたチャラ男が倒れ込むときには、その場に立っているのはベネとバグだけになっていた。
「尋問しますか?」
チャラ男を見下ろしながら、バグがベネに問いかけるが。
「放っておこう。どうせ何も知らんさ。焚きつけたやつははっきりしてるしな。
どこかに監視役がいるはずだが、わかるか?」
「そういう探査は苦手なもんで。シャルならわかるでしょうが。」
「じゃあいい。証拠隠滅も監視役の役目だ。ほっといても向こうが処理するだろう。」
そう言うと2人は宿に向かった。
宿に着くころには、日が沈んで暗くなっており、女性陣はすでに食堂に集まっていた。
「遅かったな。」とリサが声を掛ける。
「いろいろあったのでな。5日後まで此処にいろと言われた。いいか?」
「いいぞ。こっちもしばらく動けない。後で部屋で話そう。着替えてくるか?」
「いや、俺たちはさっきまで食ってたから、いい。
部屋で休んでいるから、食事が終わったら、俺たちの部屋に集合してくれ。
そうだ、ここの費用は領主持ちになったから、好きなだけ食べろ。」
女性陣が歓声を上げる。
ベネは館主を探すとサルホスへの伝言を頼んでから部屋に引き上げた。
食事の後、ベネとリサの部屋に集まった。
女性陣は、酒瓶、グラスに果物や菓子などのつまみを持ってきた。
タダと聞いた途端これである。
飲み食いしながら、お互いの出来事を話し合う。
冒険者ギルドでの件では、リュウイが金貨120枚で売れたことに驚喜し、5日後に領主館で打つ一芝居の演出方法で盛り上がる。
バグが一振りで場の雰囲気を変えた点については、
「魅惑の使い方がわかって来たんじゃないか?
『人の気を引き付けて、相手の心を自分色に染める。』
これが魅惑の極意だという記録もあるぞ。」とリサ。
「何が魅惑なのかいまだに分からないよ。自分で意識できたことが無い。」
と言うバグに、
「魅惑されていようがいまいが、バディ様はかっこいいです。」とヨナ。
もうほっとこう。
教会での件では、サルバレス枢機卿の評価が高まっている。
ヨナは卿の命名センスをほめていたが、これは家族の命名センスを否定することになると気づいたようで、途中から口を濁らせる。
「東部には行けそうにないな。帝都に呼び戻されるのは勘弁してほしい。」
ベネは本当に嫌そうだが、リサが「じゃあ一人で行く」というと、離れたくないとすねる。
「だが、何だろうな。帝位を譲るという話は断ったはずだが。」
これには子供たちは「エ~!!!」である。
もちろん涼も大声で叫んだのだが、シャルルンがうるさいと言って黙らせた。
「断ったんじゃなくて失踪したんだろうが。死まで偽装して。」
「お前もノリノリだったじゃないか。リサたんに人骨の細工させて。
あれだけの人骨、何処から仕入れてきたんだ。」
話題があちこち飛びはじめ、収拾がつかなくなったものの、今結論が出るものでもないので、ともかく5日以上ここに留まることだけが決まった。
シャルルンから、明日はシャルを東の森に行かせるので、「誰かついてきてほしい」との依頼があった。
バグとヨナがついてゆくこととなり、ベネとリサが2人で冒険者ギフトと教会を訪問することになった。