2-5 サルバレス枢機卿
メネル教枢機卿サルバレス・マーキュリーの視点です。
サルバレスは悩んでいた。
自分はなぜここトリュンにいるのだろうか。
もちろん、教皇から指示があったからだが。
2ヵ月前に教皇に呼び出され、口頭で「10月初めまでに東大陸北部中央都市トリュンに赴き、10月6日から8日の間、トリュン支部で成人の儀を務めなさい。」と告げられた。
更に手のひらサイズの宝珠を渡され、
「これは鑑定妨害を無効化します。鑑定への干渉を感じたら握って魔力を込めなさい。もっとも使用しても解決するわけではありません。後はあなたの聡明さに期待しています。」
と言われ送り出された。
なぜ自分なのか?
自分はメナム教の枢機卿と言う地位をいただいたが、得意なことは情報分析だ。
害虫の数の推移から凶作を予報したり、河川水量の変化から堤防決壊を予測し、事前に食い止めたことは、自分の誇りであり、喜びではある。
だが、今回のように、何の情報も無い状態から何かを予想することは初めてだ。
いや。何も情報が無い? あるじゃないか。
トリュンと言う都市の名と成人の儀という2つの言葉。
トリュンについては、自分の後任のベーネンドがいる。
2年前私が46歳の若さで枢機卿になったとき、情報解析室の長として引っ張ってきた。
彼は鑑定能力を持っていないため、反対するものは多かった。
だが、彼の解析能力は異常なほど迅速だ。
それに彼の持つ‟解析”は‟鑑定”と念話できるため、特に痛痒は感じない。
その彼に、トリュンの出来事で気になることを聞いてみた。
彼が指摘したことは2つ。
ひとつは8年前に起きたトリュン砦の崩壊。
高さ5m、厚さ3mの外壁ばかりでなく、高さ10mを超える3か所の物見の塔、20余の建物が2時間近くにわたってゆっくりと崩れていったという。1500人の守備兵のうち1200名近くが亡くなった。後日調査団が組まれ、ベーネンドもその一員だったのだが、1年にわたる調査でもその力の正体は解明できなかった。
2つ目は、ギフト付与者数の減少。
ベーネンドの指摘を受けて、トリュン支部での成人の儀におけるギフト付与者数の推移を整理してみた。
確かに10年前に比べ現在のギフト付与者数は7割にまで減っている。
特に3年前から鑑定、治癒という教会を支えるギフトの保有者が半減した。もともと年に8~10人程度だったものが、今は5人以下だ。
成人の儀を受ける者の数には大きな変化はない。
これらから推測されるのは、特異な能力者の存在と鑑定能力を持つ誘拐団の存在。
2つの関連性は不明。
そこで再度思う。なぜ私なのか?
鑑定能力としてはおそらく6人の枢機卿の中で最も低いだろう。
他のみんなが知っている事項を私が知らなかった経験は何度もある。
となると・・・。そうか、新たな情報は必要ないのだ。今ある情報で何とかするしかないのだ。みんなが知っていることで、トリュンにいないと感じられないこと。
トリュンに来て1週間。いろんな人と会った。その話題で多かったものは何だ。
経済の活発化か。
その原因は明らかに3年前に領主となったサキソール・ガドラントだ。
聡明さと発想の斬新さでほめたたえられているが、本質は王都における人脈と金脈の多さだ。
彼の持つギフト“魅惑”がこれを支えているのだろうが、魅惑と言う能力は強制力を持っていない。決して‟誘惑”ではないのだ。
今のところ彼の周りに悪意を持つ集団がいるとの情報はない。
もちろん、いないとは断言できないが。・・・・この件は保留だ。
いろいろと悩みながらも、3日間の成人の儀を終えた。
3日で800人。平均して年間500人程度の該当者しかいないこの町で良く集まったものだ。
まだ12才にならない子もいたが、これは特に問題ない。
ただ、統計値として扱うときには注釈をつける必要があるな。
皆は成人の儀の速さにびっくりしたようだが、これは時間のかかる子が少なかったためだ。
ベーネンドの指摘は正しかった。ギフトを持つ子が明らかに少ない。特に鑑定と治癒についてはそれぞれ2人づつ。しかも、4人とも王都や近隣から来た子だ。
成人の儀を終え、未だ問題すらつかめない状況に悩んでいると、来訪があった。
慈母アロマサスだ。10数年前に突然覚醒し、その後も積極的に地方を回り、トリュン支部の名を高めた功労者だ。
疲れてはいるが、会わないわけにはいかない。
話は、彼女が覚醒したきっかけとなった冒険者、竜のブレスで半身を焼かれながらも回復し、子供まで儲けた女性。その女性が8年ぶりに訪れた。子供が12才で定住していないので、この機会に成人の儀を行って欲しいとのことだ。
教皇が指定した3日間。そこに8年前、トリュン崩壊の年にこの地を離れた放浪者が帰ってきて成人の儀を求める。これが偶然のはずがない。
「喜んで努めさせていただきます。」とほほ笑む。
私は、控室として与えられた広い部屋に腰かけて待つ。
左右の後ろに2人づつ護衛の侍史が立ち、入口付近には世話係の神父、神母が3人控えている。
アロマサスに案内されてきたのは、女性3人。私の前に並んで立つ。
一目見て衝撃が走った。
母親だろう大柄な女性と小柄な方の娘。
似ている。あのお方に!
動揺を抑えながら話しかける。
「よくいらっしゃいました。旅のお方と聞いております。
成人の儀を努めさせていただきますサルバレス・マーキュリーです。
何かなつかしい雰囲気を感じるのですが、西の方のご出身ですか。」
母親が素早く一歩前に出ると、片膝をつき、頭を下げて、右手を左胸に当てる。
「ご尊顔を拝し光栄です。リサと申します。
おっしゃる通り西の大陸の名も無き村に生まれました。
今は冒険者として各地を彷徨っております。
こちらにおりますのは息子の嫁のヨナと今回成人の儀を賜りますシャルです。
何卒、よろしくお願いします。」
思わず笑いだしそうになった。それは騎士の礼ですよ。
動きも洗練されていて、たたずまいに隙が無い。
‟名も無き村”。それは一部の人の間で使われる古き都の隠語だ。
この人は、自分が帝国貴族の出身だとほのめかしているが、同時に言うなと威圧しているのだ。
面白い。合わせてあげよう。何が出てくるのか。
「丁寧なごあいさつをありがとうございます。どうぞお立ちください。
それでは、成人の儀を執り行います。
シャルさんは私の前にひざまずいてください。」
娘が両膝をつき、両手を胸の前で握り合わせて、頭を下げる。
私は右手を伸ばして手の平を娘の頭にかざす。『鑑定』。
エッ!鑑定が出ようとしない。先ほどまではサッと飛び出し、鑑定してサッと帰ってきたのに。
『おい、どうした。』心の中で問いかけると怯えを感じる。
その時、母親が一歩前に出て、娘の肩にそっと触れた。
娘がハッとして「すみません」と小さな声で謝るが、何のことやらわからない。
娘の体は緊張を増して、ガチガチに固まる。
だがその一瞬で、立ち直れた。
一旦、手を引っ込めるとローブの右ポケットに入れてあるものを探す。
『このための宝珠か。しかし、ここまで予測できる者は誰だ?
教皇ではないな。彼女ならもっとはっきり言うだろう。』
残り5人の枢機卿の顔が浮かぶが、誰だろう?
あとは・・・皇帝陛下か。まさかね。
漠然と考えながら、手探りして宝珠を見つけ、それをつかんだ。
瞬間、すさまじい殺気が襲い掛かり、身体が硬直した。