1-22 トリュンのリュウイ討伐隊
今回は初登場、トリュン冒険者ギルド長ゴメスの視点です。
読者の皆さんは、リュウイが既に討伐されているのを知っているので、この話いるのか?とお思いでしょうが、トリュン関連の説明回だと思ってお読みください。
トリュンの冒険者ギルド長ゴメスは憂鬱な気分で歩を進めている。
今は、西の草原の境となっている岩場の尾根を越える所だ。
目の前を行くロビンズの尻を眺めながら、盛大に吐き出したいため息を堪える。
10日前に、このロビンズがリュウイを見つけやがったのが、今回の騒動の始まりだ。
ロビンズは老獪な狩人で、探査と隠遁の能力を持ち、弓の腕も確かだ。
いつも水辺の見える木立の枝に“巣”を作り、その中に籠って獲物が通りかかるのを待つ。
その日は以前から目をつけていた水牛が水場に来たので、去り際を襲うべく手ぐすね引いていると、突然横から獲物を攫われた。
リュウイだと気が付いたので、隠遁を最大限に使って、身動きせずに去るのを待った。
リュウイが獲物を食い尽くして去るのに3時間余り。
身をひそめて観察していて気が付いた。こいつは雌で、卵を持っている。
慌ててトリュンに戻り、冒険者ギルドに報告した。
「リュウイが西の草原に巣を作るかもしれない。」
リュウイの子育ては長い。子供が2才になるくらいまで、巣の近くで育てる。
子育ての終わった後は、親子共々放浪の旅に出るとされているが、獲物の豊富な場所では、どちらかが定住してしまうこともある。
西の草原は、2万人近いトリュンの肉や薬草などの供給源だ。
一時的な通過であれば、西の草原を立ち入り禁止にしたり、街道周辺の巡回強化などで対応するが、長期的な対応はできない。
討伐するしかない。
だが、討伐するには戦力がいる。力のないものが何人集まっても、傷つけることができない。一撃であの皮や肉を貫き、切り裂く力を持った人間が必要なのだ。
トリュンにはそんな者はいない。
ゴメスはすぐに領主と協議し、王都にトリュン討伐のための戦力を要請した。
8日後にやって来たのは、兵士5人と冒険者7人。
兵士は街道警備隊の一員で、リュウイの討伐経験ありとのことだが、どう見ても直接戦ったとは思えない。討伐隊の一員として参加しただけのようだ。
冒険者は先日リュウイを討伐したばかりのパーティー“銀の翼”。
ゴメスはこいつらを知っている。知っているから不安で仕方がない。
銀の翼は以前、半年ほどトリュンに滞在したことがある。
剣、槍、盾、斧の前衛4人に探査、攻撃魔法、結界の後衛3人のバランスの取れたパーティーだった。
“だった”のだ。
リュウイ討伐の際、リーダーで大剣使いのヴィンセントと、その妻で結界を巧みに操るローゼルの2人を失った。この2人がパーティーの最大戦力だった。
肉体強化して大剣を持って獲物に肉薄するヴィンセント。
結界師は普通後衛にいる。しかし、ローゼンはヴィンセントに張り付くように寄り添うと、敵の攻撃が来た時は強力な物理結界を張って防ぎ、攻撃時には結解を解く。
このコンビは強いが、持続力が無い。
他の5人が牽制攻撃して形を作り、とどめを2人が刺す。これがパーティーの必勝パターンだった。
結局、リュウイのしぶとさに敗れた。
致命傷を与えたものの、リュウイの悪あがきに耐え切れなかった。
本来ならリュウイを倒したパーティーはAクラスと認定される。
だが、主戦力を失った銀の翼は昇格できなかった。
新しいリーダーの斧のビリジョフ、サブリーダーの盾のロイコフ。
いい奴らだが、戦力としては物足らない。
新たに剣士と結界師が参加しているが、ヴィンセント達の代わりにはならない。
こちら側、トリュンからのメンバーは、領主軍中隊長のヘギンス以下5名と冒険者ギルドから俺とロビンズ、それに探査のチェロス。
なんで中隊長が5人しか連れていないのか。
8年前の砦崩壊で、領主軍はその8割を失った。
今も兵の半数は国からの派遣である。
国からとはいっても大半は他の領主軍からの混成部隊だ。
リュウイ討伐は任務外だと言って、誰も参加しなかった。
討伐隊隊長の“格”がいるのでヘギンスが任命され、非番だった街道警備の小隊がつけられた。小隊長は高熱のため欠勤。絶対に仮病だ。
これだけの事情を知って憂鬱にならない奴がいたらお目にかかりたい。
草原に入る前に、小休止し、隊列を整える。
先頭は冒険者ギルドの3人。
その後ろに3列。真ん中に銀の翼、右に王都兵、左に領主兵がそれぞれ1列で続く。
銀の翼をリュウイの下まで連れてゆくための配置。
途中の小物は両側の兵が対応する。
後方の監視は銀の翼の探査担当ワイドメルに頼んだ。
ロビンズは道案内だ。探査はチェロスが担当する。
チェロスの探査範囲は約1km。ギルドにはもっと長距離の探査を持つやつもいるが、声を掛けようとしたら姿を消した。
チェロスは俺に借りがあるので逃げられない。とは言え、かなり渋った。
戦闘には加わらない。いざとなったら逃げてもいい。その条件で連れてきた。
「逃げても良い」とは言ってないか。
「必ず生きて帰って報告しろ」と言ったから、気分的には楽だろう。
さて、どう討伐するかだ。頼みは俺の魔力剣だが、通じるだろうか。
人やこの辺に出る魔物には通用したが、竜種とはやり合ったことが無い。
いやなことを思い出した。10年以上前だが、子供の竜に出会った。
本物の竜だ。体長は3m程。
ベネと言う豪胆な男がいた。
ベネは普通の冒険者では手に入らないような珍しい肉や素材を時々ギルドに納品に来ていた。
「竜がいる」という住民からの通報で、トリュンの西にある荒れ地に出かけたら、ベネと竜がいた。
従魔として連れているそうで、許可証も持っている。
別れ際「ペットのしつけぐらいちゃんとしろよ。」と軽口を叩いた途端、竜の口の中にいた。実際には、立っていた俺の体の上半分を横向きに咥えられたのだが。
5m程離れた所にいたはずなのに、一瞬で俺に嚙みつく速さ。瞬動か。
「我はペットでは無い。人にしつけを受けるほど無能ではないぞ。」
ものすごい威圧とドスの利いた念話。ちびらなかった俺をほめてほしい。
後で聞いたら、古龍の次期頭領候補とのことだ。数百年後のことらしいが。
「あの竜よりはマシだろう。」
気を取り直して、覚悟を決める。
全魔力を一気に剣に流して一太刀。それしかない。
・・・とはいえ、絶望的な気持ちで歩を進める。
2時間ほど進んだところで、チェロスが合図した。
全員が止まり、身構える。
「前方に何か居ます。」
かすれた声は思いがけないほど大きく聞こえた。