1-14 涼から見る異世界
涼くんの視点です。
4話以来の登場ですが、主人公です。
5話~13話を涼くんサイドから見たものです。
女性陣の突撃に恐れをなして、逃げ込んだ涼だが、閉じこもっていたわけではなく、靴表面に視点を置いて周りを見ていた。
3m程度なら視点だけ移動できるのに気付いたので、時折上空から俯瞰するような形で5人を観察する。
‟この人たち”は基本的に涼と変わりないようだ。
肉体的にすさまじい力を振るったり、魔法と思われる術を使ったりするが、‟異世界転生もの”にはありがちなので、人類の範疇に入る人たちだと断定した。
ただ、言葉が解らない。
5人は家族のようだ。
槍使いがお父さんで、大柄な女性がお母さん。
あと3人は子供かと思ったが、大剣の男と弓使いの女性は夫婦の様だ。
大剣の男は槍使いの男と顔つきがそっくりなので、息子だろう。弓使いは嫁か。
もう一人の小さな少女は娘だろう。意志の強そうな目が母親そっくりだ。
お父さんと嫁さんは西洋的というか、ギリシャの彫刻にありそうな風貌だ。
お母さんはもう少し丸みがあり、日本人的な顔つきだ。
女優にいたなと思う。厳しい上司役で有名な人。名前が出てこない。
息子と娘は両親の特徴を引き継いでいるが、息子は父親に、娘は母親に似ている。
みんなの髪の毛は黒だが、嫁さんだけは少し茶色っぽく見える。
肌の色は茶褐色と言ったらいいのか、東南アジアかインド系のすべすべした透明感のある肌だ。
真剣な顔つきの時もあるが、おおむね笑顔なので、仲のいい家族だと思う。
一家で冒険者だろうか。
長旅をしているようだし、テントの扱いも慣れている。
狩りがうまいのはさっきので分かる。
主導権はお母さんが握っているようだ。
大概彼女が話し終えるとみんなが動き出す。たまにお父さんか。
この辺はうちの家族とおんなじだ。
ライトノベルスの異世界物では定番の超人的能力。
知識としては知っていたが、本当に見ると、すごいとしか言いようが無い。
まずは‟収納”!
あの空中から物を出し入れするのは、絶対に“収納“だ。
ティラノの大きな頭を右手を掲げただけで消したのもすごいが、僕の左足を捧げ持った状態で、僕に関するものだけ消していったのには、びっくりした。
何せ、白黒の草原に点在するカラー表示の僕の肉体や荷物は目立っていたから、お父さんが移動すると、カラー表示がことごとく消えてゆく様は感動ものだった。
・・・あの捧げ持つ姿勢はどうかと思うが。
弓使いの女性が使う魔法は興味深い。
空を飛び、荷物を浮かせ、種火をつけ、水を出し、料理が終われば火を消す。
そういえば、矢の軌道や速さを変えていたが、たしか風魔法に‟風をまとわせる”とかいうのがあったな。
そして僕の靴についた汚れを取り除いていった魔法。あれは‟洗浄”だろう。
あれを受けたときの快感は忘れられない。
布地にしみ込んだ汚れが、もぞもぞと掻き出され、空に舞い上がり消えてゆく様は、肉体が無くとも気持ちよかった。
ティラノの解体が一段落した後、何か慌ただしく動き回るようなこともあったが、みんな揃って、楽しそうに食事とお話をしている。
食事中、僕は(左靴ですが)娘さんに抱っこされっぱなしだ。
エッ、僕、娘さんの物になったの?
丸みを帯びた愛嬌のある顔立ちで、将来は美人になると思うけど、まだ小学生ぐらいじゃないか。
食事が終わるとみんなで大きな方のテントに向かう。
テントに入って驚いた。
僕の持ち物が並べられている。
ティラノやネズミモドキに齧られたのだろう、みんな無残な姿だ。
衣服やリュックには、修復の跡がある。
弓使いの女性が魔法で修繕しようとしたのかな?
でも、色も質感も合っていない。
『仕方ないですよ。化学繊維や合成塗料なんて知らないでしょうからね。』
と、弓使いの嫁さんにやさしく声を掛ける。
聞こえてないでしょうけどね。涼君は女性には優しいのだ。
息子の方が、スマホを親指と人差し指で挟んで、押しつぶしかけたときは『バカ!ヤメロ!』と叫んだが、誰の耳にも届いていないようだった。
ティラノと違って気配は察知してくれないみたいだ。
お父さん、お母さんが止めてくれたようでほっとした。
みんなが寝静まった後、身を持ち上げるようにして靴から伸び上がる。
先ず目に付くのは、隣に置いてある右の靴だ。
左の靴と並んでいるせいで、みすぼらしさが際立つ。
ほぼ新品なのにかわいそうと思って、なでなでしてたら(イメージです)、身体の中から力が湧き出してきた。
あふれる力を目の前の靴に注ぎ込むイメージを持ったら、近くに置いてあった屑の塊から靄のようなものが流れ込んで来て、靴のあちこちに収まってゆく。
最初は『ヘェ~、こんなことができるんだ。』ぐらいにしか思わなかった。
そのうち、『ここはもう少し丸く』とか、『ここは欠けてるから繋ごう』とか考えだすと、足らない部分も補填されてゆくようになった。
勢いに乗って、触手…イヤ、手だ、手…を伸ばして、ほかの品にも力を注いで行く。
しばらくすると、流れ出る力が衰えてきて、それ以上の修復はできなくなった。
薄手の布や大きく欠けた所は直らなかったが、それでも先程よりは大分ましになったと思う。
ひと息ついて、ぼんやりと眺めていると、声を掛けられた。
横の寝台で寝ていた娘さんだ。
何と言われたかはわからないが、遠慮がちにかけられた声には不安と期待が感じられる。
何か返すべきだとは思ったが、言葉がわからないし、そもそも伝える手段がわからない。
黙って体を引っ込めた。
視点を上空に飛ばして、成り行きを見る。
娘さんは起き上がって、左右の靴を膝の上に置く。
小さく何かをつぶやくと、寂しそうに靴を眺めていたが、突然微笑んだ。
足を上げて靴を履く。
彼女が僕の居る左の靴に足をとおした途端、僕の中にとてつもない量の言葉、映像、何かわからないものが押し寄せてきた。
処理しきれない。
頭が破裂しそうだ。
いっぱいいっぱいの頭の中に、とどまることなく押し寄せてくるもの。
これは・・・彼女の思い出か?
耐え切れず・・・僕は意識を失った。