1-10 ママの決意
リサ(ママ)の視点です。
「わたしはどのくらい居なかった?」
3人がテントを出た後、ベネに聞いてみた。
「俺が気づいてからは10分ぐらいだが、解体の中休み前からテントに入っていたんだろう。だったら1時間以上、2時間超えているかも知れん。」
ため息交じりに淡々と言うが、体に回した手からは細かな震えが伝わってきた。
心配されている。それが心地よい。
「ちょっと異世界へ行っていた。行ったはいいが、帰り道がわからなくなったから、ついでに3つほど他の世界ものぞいていたんだ。
お前の明かりが見えたときはうれしかったぞ。」
「無茶をする!こちらの身にもなってくれ。」
抱きしめる手に力が入る。気持ちいい、もっともっと。
「よく帰ってこれたな。」
「今回は異世界と言っても、入り込んだわけじゃないからな。」
「どういうことだ?」
「異界の狭間にいて、それぞれの異界の鑑定と話しただけだからな。」
「もっとわからん。」
「下町の小道を思い浮かべてくれ、道の両側に家が密集しているだろう。
この世界という家を出たら、その路地だ。
道に沿っていろんな異世界が並んでいる。
そこをノックして、返事があったら玄関口で話をする。
そんな感じだと思ってくれ。
その路地にいたから、お前の灯もすぐに見つけられたんだ。」
「だが、突然なんでだ。落ち人の件だとしてもそこまでする必要があるのか。」
「いま私たちに突き付けられている課題は何だ。」
「いきなり何だ。シャルの件だろ。何か関係あるのか。」
「さっき鑑定の説明をした時、茶々入れてきたやつがいるだろ。
『そんなのママだけだよ』とかなんとか。」
「あれはシャルじゃないのか?」
「あの時はそう思ったのだが、よく考えるとシャルはそんなことは知らないはずだ。
言い方も断定的で、シャルとは口調が違う。」
「まさか!」
「そう。8年前に封じた“シャルの鑑定”だ。封印が解けかけている。
封印がいつか解けることは判っていたし、成人の儀がそのきっかけとなる可能性は高いと思っている。
だから、封じたベーネンドのいるトリュンで成人の儀を行うことにしたのじゃないか。
その旅の途中、後1日でトリュンに着こうとするとき、落ち人に遭遇した。
これを偶然で片付けるのは無理だ。
しかも、その落ち人は目の前で死んだ上に、何かの形で残っている。
こんなもの、どう解釈しろって言うんだ!
私も私の鑑定もお手上げだ。」
「だからって、異世界って!」
「とりあえず、落ち人が来たと思われる世界が見つからないかと探したんだが、これが比較的簡単に見つかった。
それこそお隣の家だ。割れ目から光が漏れて、煌々と輝いていたぞ。
そこまで意識を伸ばして、後は鑑定同士で情報交換させた。」
「鑑定同士?」
「向こうの世界にも、“世界の知識”が存在したのでね。鑑定を通じての意思疎通をしたんだ。落ち人のことや“自我を持つ鑑定”のことをな。」
「で?」
「落ち人の件は向こうも認識していた。
向こうの時間で40年ほど前から割れ目が出来たんだとさ。20数人が割れ目を通過したのが判っている。“彼”もその一人だ。」
「死んだ落ち人のことは?」
「“彼”が誰かまではわからないそうだ。」
「イヤ、そうじゃなくて、死んだ落ち人がどうなるか判らなかったか?」
「それは判らないそうだ。他の世界に行ったものの情報は入らないようだ。
だが、それらしい存在は知っていた。
向こうの世界にも異世界から迷い込んでくるものがいて、なんとそれが“精霊”だそうだ。
今はそちらの割れ目はふさがっているが、昔はよくやって来たらしい。
そいつらは空中を浮遊していて、時折人を驚かせて喜んでいるそうだが、まれに物に憑くやつがいるらしい。
“付喪神”と呼ばれているそうだが。」
「あの靴か!」
「あわてるな。だいたい“彼”が精霊になったかどうかもわからないのだぞ。
付喪神について聞いてみたら、大体は何もしないが、時折人と話し合ったり、強く願われると遊離して願いをかなえることもあるようだ。
まあ、そいつの紹介で精霊の世界の割れ目があった場所へ行ってみた。
見た目は何もないが、鑑定が気づいてくれた。
精霊世界の鑑定が見張りのために残した端末だ。
そこでまた情報交換したら、“彼”を見ていた。どうもすんなりと落ちたのではなくて、この世界に来る途中で他の“誰か”とぶつかったらしい。」
「“何か”とか“誰か”とかばっかりだな。」
「仕方ないだろう、情報が少なすぎる。」
「で。」
「そこではそれ以上判らなかったので帰ろうとしたのだが、いつのまにか繋がりが切れていて帰り道がわからない。
それで、前に行ったことのある世界に向かったんだ。」
「魔族の世界か!あそこはもうこりごりだとか言ってなかったか。」
「前は、来い来いとしつこく誘われたからな。
この世界はあそことはあちこちでつながっている。
帰り道がわからなければ、別の道を探そうかと思ってな。」
「ウェ~。南の魔界へ出ようとしたのか?そこから何ヶ月かかると思ってるんだ。」
「トリュンの北側にも湧点があったじゃないか。昔みんなで調査に向かったところだ。
それに、精神体なら距離があっても、すぐじゃないかと思って。」
「精神体が人より早く動ける保障なんてないだろ!
逆にたどり着けない可能性もあるんじゃないのか。」
「まあまあ、落ち着け。おかげで“彼”にぶつかった物の正体がわかった。」
「物?ぶつかったのって人じゃなかったのか?」
「精霊界は物の概念が無いからな。勝手に人だと思っていただけだろ。」
「で、何だったんだ。」
「“魔力塊”だよ。身に取り込めば素晴らしい魔力を手にできる伝説のアイテムだ。
魔族の世界では積極的に取り込もうとしているので、発生場所も知っていた。」
「では、“彼”はとんでもない魔力を手に入れていると。」
「先走るなよ。
そこに行ってみたんだが、見ているうちに1個、2個と魔力塊が浮かび出てくる。
周りにもいくつか漂っているが、あまり遠くまではいってないようだ。
近くの世界に取り込まれている。
魔族の世界も近いからよく入るのだろうな。
この世界は離れているから稀にしか現れない。
と言うところか。そこでお前の灯が見えたので、帰ってきた。」
「取り込んだのか?」
「何を?ああ、魔力塊か。
私も触ろうとしたが素通りだ。
生身の肉体が無いと取り込めないのだと思うよ。」
「フゥ~。お前と結婚するのは大変なことだと思っていたが、今つくづく思うよ。
『とんでもなく大変だ!』
…ところで、“自我を持つ鑑定”については?」
「魔族の世界や精霊の世界でもそういう存在は知られていない。
“彼”の世界では“鑑定”という能力を持つ者がいない。
“魔素”という概念もないのだからな。
魔力塊の湧き出る世界とは接触しなかった。精神的に通じ合えるかどうかもわからない。」
「結局、何も変わらないか
・・・ということでもないようだな。なにを考えている。」
「流れがある。鑑定もダメだとは言わない。だから私が決めるしかない。」
「俺もいるぞ。一人で抱え込むな。で、具体的には?」
「“彼”と“シャルの鑑定”をぶっつける。」
「正気か! 4才の時にトリュンの要塞をがれきの山にしたやつだぞ。
“彼”の方もどんな奴かもしれないのに。
魔力塊を取り込んだかどうかは知らないが、取り込んだとしても、“シャルの鑑定”に太刀打ちできるとは思えん。」
「『ぶつける』は、言い方が悪かったな。
“彼”がシャルの味方になってもらえたらと思ったんだ。
“彼”を“視た"のはシャルだけなんだぞ。これが“運命のお導き”でないはずがない。
相手は4才の時に私の鑑定を委縮させたほどの強烈な意思を持っているやつだ。
この8年間封印したとはいっても、意思が表に現れないようにしただけで、シャルとともに成長しているはずだ。
そんなのを相手にするのに、シャル一人では心もとない。
私たちが応援したくても、人とその鑑定との会話に介入することができない。
だが、精霊ならその会話に参加できるはずだ。」
「仮定が多すぎるぞ。かえって悪化するような気がするんだが。」
「これはダメだと思ったら、最終兵器を使う。」
「何! まだ隠し玉を持っているのか!
…聞くのが怖いが・・・ 何だ。」
「“時戻し”だ。鑑定には『絶対に使うな!』と怒鳴られているがね。
“時戻し”を使ったら、私は消えている。
お前はここまでの会話を覚えているはずだから、後は頼んだぞ。」
「・・・ ヨシ。戻る時点を“今”に設定した。」
「・・・使う前に相談しろよ!
・・・もういい。使いそうになったら止めるぞ。
俺はお前のいない世界で生きたくない。」
「私もだよ。さて、そう決まったら準備にかかるか。」