まっとうな婚約破棄願いとその理由
「申し訳ないが、君との婚約を白紙に戻したい…なんなら私の有責で婚約破棄をしてくれてもかまわない」
ちゃんと前触れをいただき、珍しく我が公爵家へ第二王子殿下が来られての開口一番のセリフだ。
流石に私もびっくりしたが心当たりがないわけではない。
「殿下、私に何か落ち度がございましたでしょうか?」
「いや、シャーロット嬢に落ち度は何もない、すべては私が悪いのだから…すでに父上にも許可をもらっている」
「やはり、あの方と?」
殿下がこくりと頷かれる。
わたくし、シャーロット・ハウイットはハーミュエル王国の第二王子アーサー殿下の婚約者です。
ただ、ここ数年殿下は義務的な行事でしか私をエスコートせず、どうにも他の女性に好意を持っておられる様子。
こっそりお忍びでとある男爵令嬢の家に訪れているのを、私は黙認していたわけです。
「殿下は、私と婚約しないとなれば、御身の扱いがどのようになるのか…ご理解はされているのですね?」
「あぁ、もちろんだ。もともとシャーロット嬢との婚約のおかげで、私は次期王太子という地位を約束されていた。だが、どう考えても兄のほうが優秀だ…それに、もともとは第二王子派の筆頭であった母上、側妃エリザベートの御父上であるハーティア公爵が、私をどうしても立太子させたいと、君との婚約をごり押ししたわけだ。この婚約が白紙となれば、私は当然王太子にも成れなければ、王族であり続けることも叶わないだろう」
「そこまでお分かりにもかかわらず、なんなら王家の有責でまで婚約を取りやめたいと?」
「あぁ、すでにハーティア公爵は亡く、私を推していた第二王子派は次期領袖争いで瓦解寸前だ。このままでは内乱になりかねない。であれば、私は潔く身を引く覚悟だ…兄のほうがよほど国をうまく導ける。それに君を巻き込むわけにはいかない」
「ですが、殿下。それは建前。あの方と添い遂げたいのでしょう?」
「シャーロット嬢には申し訳ないと思っている。私が立太子するのを支えるための王妃教育を今まで頑張ってくれていたのをむげにするわけだから…だが、君を兄と同じくすごい人だと思うことはあっても愛することができなかった…私はこの婚約が白紙となれば、廃嫡され子を作ることも出来ぬ体になる。それでも彼女は共に生きてくれると言ってくれたのだ…」
どうやら、アーサー殿下はすべてにケリをつけて私の所へ来たらしい。
かの男爵令嬢は、か弱そうな色素の薄い少女であった。
夜の女王などとすでに呼ばれ、豊満な胸と腰、とコルセット無しでも細いウェストできりっとした顔立ちの私とは対極にあるような娘だ。
政略とはいえ結婚するのだから、お互いに愛をはぐくもうと努力をした時期もあったが、何時しかアーサー殿下は、自分の立ち位置を悟ったのか、一歩引くようになったのだ。
兄を支えるでもなく、その邪魔をするでもなく、また、私を見るでもなく。
きっとあのころから、自分が王にふさわしくないとお思いになり始めていたのかもしれない。
先日卒業した貴族学校での成績も、常に中の上というアーサー殿下の成績は貴族に知れ渡っている。
兄であるランスロット殿下や私は常に学年の1位2位を争う仲だった。
1歳年下のアーサー殿下と直接対決はなかったが、彼の能力に疑問を持った貴族は多かったことだろう。
「すでに、父から事前に話も聞いております。学園に入ったころから、アーサー殿下は何か思いつめたような顔をすることがあり、もしかしたらと思っておりましたが…私も殿下を救えず申し訳ありません」
「頭を上げてくれシャーロット嬢。君は何も悪くない。私がいたらなかっただけだ。それに、できることなら君には兄のランスロットを支えてもらいたい…」
「さすがにそれはご勝手かと」
王妃教育が済んでいる貴族女性は確かに今現在私だけだ。
とはいえ、いくらなんでも右から左ヘはないんじゃないだろうか…
「兄が、君を欲しいと…それに父上も賛成している。だが、シャーロット嬢が嫌であればなかったことにできる。そこはシャーロット嬢しだいだ…」
流石にちょっと驚いた。
そんな根回しまでしているとは…
やればできるじゃないか。
アーサー殿下はそういった政治的な駆け引きがずっと苦手だと思っていた。
「君の責任にならないように、それと国のために…出来る限りのことは自分で落とし前をつけたつもりだよ」
「…わかりました。婚約の白紙撤回を受け入れます」
私に拒否権などすでにないではないか…昨日までそんな素振りさえなかったというのに…。
仮にも現国王陛下の血を継いだ人だったのだと思う。
やればできるのだアーサー殿下は。
「ありがとう。最悪慰謝料を払うつもりだった」
「仮に慰謝料をもらったとしても、私が王家へ嫁げば同じこと。無意味な金の流れは他貴族の軋轢を生みましょう」
「シャーロット嬢…いやハウイット公爵令嬢であればそういっていただけると思っておりました」
そういうと、アーサー殿下は目上の爵位の物に対する礼をする。
すでに、王族ではないという意思表示か…
アーサー殿下が帰った後で、父が部屋に入ってきた。
「シャーロット、大丈夫か?」
「事前に聞いておりましたので…しかしランスロット様とですか」
「我がハウイット家は中立だ。シャーロットには申し訳ないが、そうしてもらえれば国は安定する」
「心得ております。公爵令嬢として生まれたからには、国の為お役に立つのが務めでございますので」
「本当にすまない。親としては幸せな結婚をさせてやりたかった…」
「いえ、お父様。私は十分に家族に愛され幸せでした。時には厳しく、時には優しくご指導いただいたこと忘れることはありません」
アーサー殿下との婚約が白紙撤回されてから1ヶ月後、私はランスロットさまの婚約者に据えられ、ランスロットさまが立太子し、私は王太子妃見習いとなった。
アーサー殿下は正式に王族を離れ、子種を切除され市井に下られた。
例の男爵令嬢と共に平民となり商売をはじめられたそうだ。
内乱一歩手前の暗闘を繰り広げていた旧第二王子派は、粛清されることになった。
貴族主義、王権の強化をうたっていた派閥の解体は、国の民主化への一歩となったと言っていい。
「ランスロット様、アーサー殿下…いえ、かの方は今幸せでしょうか?」
「…わからない。だが、この国を民主化に導いたのは弟の決断のおかげだったといえる…できれば臣下としてでも私の補佐をしてほしかったものだ…」
「はい、自分は何もできないと卑下していたにもかかわらず、この短期間で見事な身の引き方であったと思いますわ」
「シャーロット、君には王家として謝罪する。辛い思いをさせ、すまなかった」
「国の為、と思えば仕方なき事と理解しております。殿下、可能な限り私を幸せにしてくださいませ」
「必ず、幸せにすると誓おう。そのためにもじっくりと語らう必要があると思うが?」
「はい、仰せの通りに」
私とランスロットさまはその日から1週間、国の行く末、お互いの幸せとは何かについてしっかりと語らいました。
側妃については譲歩するつもりでしたが、ランスロット様からシャーロット以外愛するつもりはないとおっしゃいました。
ランスロット様の初恋の相手は私だそうです。初耳で驚きました。
逆に私は、公の場でなければランスロット様と対等であることを望みました。
何かあればこうして常に意見を交わし互いを理解する。
私達の関係を円滑にするため、互いを尊重する。
後に私は二男一女の子をもうけ、ランスロット様と共に国をより豊かにしていくのですが、それはまた別のお話。