娘の様子がおかしいんだが
娘の様子がおかしい。朝友達とツーリングに行くと言って出ていって、17時頃家に帰ってきたのだが、明らかに様子がおかしい。
自分の手を何度も見たり、周りをキョロキョロしているのだ。自分の家だろう、何が気になるんだ?
そういえばカッパを持たずに出掛けたけど、濡れていないのだろうか。まあまあ降っていたが⋯⋯うん、服が黒いからよく分からない。触って確認してみよう。
「晴美、外けっこう降ってたんじゃないか? 早く着替えた方がいいぞ、服濡れてるか?」
俺は娘の肩に手を触れようとした。
「触らないで! ⋯⋯あ、いや、⋯⋯ごめん」
娘はそう言って自分の部屋へ走っていった。娘が6歳の時に妻が死んで、それから男手ひとつで育ててきたから、自然と距離が近くなってしまっていた。そうだよな、もう高2だもんな、そういうのが嫌な年頃だよな⋯⋯
いや、もしかして男がいるとか? 友達とツーリングって言ってたけど、もしかして彼氏と行ってきたのか? 彼氏ってなんだよ、晴美のこともろくに知らんやつがなに彼氏名乗ってんだ、殺すぞ!
って、何言ってんだ俺は。晴美の好きなようにさせるって死んだ妻に誓ったじゃないか。そうだ、それが晴美にとって1番幸せなことなんだから⋯⋯
しばらくすると、晴美が自分の部屋から出てきた。目が少し腫れているように見えた。泣いたん?
「ちょっと友達とご飯食べてくる」
え、今作ってるのに⋯⋯
「ごめんね、パパ」
いやぁ。そんな顔で言われたらねぇ、許すしかないよねぇ。しょうがないな、見送ってあげるとするかね。
「じゃ、行ってきます」
雨の中を傘もささずに歩いていく晴美。
「傘ささんの? 濡れるよ?」
「あ、やばっ! いやっ、⋯⋯大丈夫、すぐ近くだから!」
晴美はそう言うと、走ってどこかへ行ってしまった。
徒歩で行くの? そんな近くに友達いたか? ていうか友達と合流したあとどうすんの? 歩いてファミレスでも行くの? 傘もささずに? もしかして、年上の彼氏が車で近くまで迎えに来てるとか? バレないように少しだけ離れたところで! マジ? 殺すよ?????
俺はすぐに家を飛び出し、娘が走っていった方へ走った。
しばらく走ると、人気のない道路にひとりで立っている娘の姿を見つけた。マジでなにやってんの? 傘もささずに。もしかして彼氏とメール?
少し近づくと、全くの見当違いだったということに気がついた。まだ30mは離れているが、娘のすすり泣く声が聞こえるのだ。なんで泣いてるんだ、なんでこんな所で⋯⋯
真後ろまで近づいても晴美が俺に気づく様子はない。必死に声を殺し、肩を震わせ、下を向いて泣いている。何かショックな事があったのだろうか。彼氏に振られたとか? もしそうなら、生かしちゃおかねぇ。
俺は号泣している晴美の肩を後ろからポンと叩いた――はずだった。
肩を叩くために出した右手は晴美の体をすり抜け、俺はそのまま前に倒れた。
「パパ⋯⋯!」
驚いた顔でこちらを見る晴美。驚いてるのはこっちだよ!
ピリリリリリリリリリ
携帯電話がなった。でも今は出られる状況じゃない。
「パパ、ごめん⋯⋯」
「なんで謝るんだ?」
「私、死んじゃったみたいなの」
!?
「は? 意味分かんないよ」
「山道を走ってたんだけどね、帰り道でスリップして、高いところからバイクごと落ちちゃったの」
「目の前にいるじゃん⋯⋯」
ピリリリリリリリリリリ
うるせぇな、マナーモードにするか。
「その電話、出て」
「え?」
「出て」
晴美がうるさいので出ることにした。あれ、これ晴美の電話番号じゃん!? ⋯⋯出てみるか。
「もしもし」
なんで晴美の携帯電話から⋯⋯
『もしもし、救急隊の者です。森 晴美さんのお父様で間違いないでしょうか』
鼓動が早くなる。
「はい、父の森 晴夫ですが⋯⋯」
『落ち着いて聞いてください』
やめろ。
『あなたの娘さんが』
何も言うな。
『山の麓の森で血を流して倒れている所を発見しまして、今搬送中です。意識はありませんが、最善を尽くしますので⋯⋯』
それ以上耳に入ってこなかった。病院に来いとか言ってた気がするけど、もうダメなんだろう。だって、本人が死んだって言ってんだもんな⋯⋯
「ごめんね、お化けになって帰ってきちゃって。パパを心配させたくなかったの」
「晴美⋯⋯」
それから雨に降られながらしばらく2人で話した。亡くなった妻の思い出話、妻が亡くなってからの話、俺が今まで晴美に1000回以上聞かせた、晴美が生まれた日の話。
「やだなぁ、俺ひとりぼっちになっちまうよ」
「ごめんね⋯⋯って何回も謝らせないでよ! 仕方ないでしょー!」
晴美もだんだんと明るくなってきていた。俺に心配かけさせないようにわざと明るく振る舞っているんだろう。
「もう私もいなくなっちゃうし、ナイスバディな美人見つけて再婚しても誰も怒らないよ⋯⋯え、なにこれ!」
気づくと、娘の体は半透明になっていた。今も徐々に薄くなっていっている。成仏、というやつだろうか。
「やだ、消えたくない! もっとパパと話したいのに!」
ほとんど姿が見えないほど透明になっていく娘。
「俺もお前と離れたくないよ! 親より先に死にやがって⋯⋯!」
「パパ、今までありがとう⋯⋯またね」
そう言って娘は完全に消えた。妻も娘も失って、完全にひとりぼっちになってしまった。生きてても仕方ないし、俺も死のうかなぁ⋯⋯
ピリリリリリリリリリ
うるせぇな。次はなんだ? 知らん番号だな。葬儀屋とかか? 人の気も知らずにクソがよ。
「もしもし」
『あ、お父様! 晴美さんが今息を吹き返しました! 早く来てください! あ、法定速度は守ってくださいね! でも早く来てください!』
それだけ言って切られた。俺は慌てて家の駐車場に戻り、家の鍵も閉めずに病院へ向かった。
「森です! 娘が今治療を受けてると聞きまして!」
「案内しますね、こちらです」
看護師に連れられ、手術室の前まで来ると、そこには白衣を着た男性が立っていた。
「今、医師たちが全力で娘さんの治療をしています。峠は越えましたのでご安心ください。おそらく後遺症も残らんでしょう」
「ありがとうございます⋯⋯! なんとお礼を言ったらいいか⋯⋯」
俺は手術室の前にあった椅子に腰を下ろした。数時間後に娘は出てきた。俺はあのことを聞こうと思った。幽霊として出てきた晴美のことを。
「晴美! 聞こえるか! 父さんだぞ!」
「今は麻酔で眠っていますので、1時間くらい待ってください」
怒られた。そりゃそうだよな。すんません。
それから俺は病室へ行こうとしたが、ちょっと来てくれと言われて別の部屋に連れてこられた。
「えー、あれがこうでこれがあれで⋯⋯」
難しい話を1時間くらいされて、書類もたくさん渡されたが、要するに通院してねということだった。
話が終わり、俺は解放された。すぐに娘の病室へ向かった。
「晴美!」
「パパ⋯⋯」
娘が涙を溜めた目でこちらを見ている。
「もう会えないと思った⋯⋯! もう死んじゃったかと思った!」
「怖かったな、よしよし」
俺が頭を撫でると、娘は堰を切ったようにわんわんと泣き出した。10分くらい俺の胸で泣いていた。せっかく乾いてきたところだったのに。
「パパ、触らないで! って言っちゃってごめんね」
触らないで! って確か⋯⋯幽霊の時の記憶があるのか!?
「触られたら幽霊ってバレちゃうと思って、とっさに強く言っちゃったの」
「気にすんな気にすんな」
その後1ヶ月で娘は退院し、学校にも復帰することが出来た。高校を卒業してからは霊能者になり、7年後に占い師と結婚して、今は第一子を身ごもっている。なんだかんだで俺は総理大臣になった。そして、娘と一緒にツーリングで事故った子は今は俺の妻になっている。
ジャンルが分からないので今はその他になっています。どなたか教えていただけるとありがたいです。