第二話 昼下がりの歩み
学たちが歩きだしてから、数時間が経った頃。哲が愚痴を漏らした。
「なんで、こんな重てぇんだよ・・・」
近所の、といっても、哲たちの住む辺りからは程遠い場所にある商業施設に買い出しに向かった三人は、早々に買い出しを済ませ帰路に立っていた。学が大きなダンボールを三つ台車にのせ押す横で、詩織が小さなバケツと簡素な花火セットを持ち、哲はというとパンパンの買い物袋を二つずつ手に持って、いつもの如く駄弁っていた。
「一体、何を作るのにこんな買い込んでんだよ」
哲の持つビニール袋の中身は、その大半が食材。しかも、その量は体育会系の合宿さながらで、手荷物としては似つかわしくフォルムに変形している。
「さぁね、お爺様からの頼まれ事なんだから、お爺様に聞くべきじゃない?まあ、ほんのちょっと、多すぎじゃないかと思うけど」
詩織は、涼しい顔でそう答えると、悪戯な笑みをして買い物袋をツンっとつついた。重心が乱れた哲は右によろつき、学の方へと近づいた。学もまた涼しげにこう言う。
「玄じいの屋台が何やるか知らないのか?」
「え?学は知ってんのか?」
「ん?じゃあ、知らない」
そう意地悪く笑う学に、哲は少し大きめのため息をついて歩き出すのだった。3人でこうして馬鹿をやるのも、あと何度あるのだろうかと内心では皆感じていながら、ただその一瞬、一瞬を目一杯楽しむことしか方法が分からなくなっていた。段々と重たい足取りになっていく哲。その背中に詩織が声をかけようとしたその時だった。
「あのさ、ここで何なんだけど、二人とも聞いといてくれないかな・・・」
振り返ると哲は真面目な目をしていた。詩織も学も、少しだけその光景にひりつく緊張感を覚えた。「どうかしたの?」と詩織が口にする。学はその言葉の先を邪推して顔色が曇っていた。二人の顔を見やる哲、その視線に目を合わせられない二人。暫しの沈黙が山際で響くセミの声をより大きく感じさせる。緊張を裂くように「俺、やっぱり」そう哲が口にしたときだった。
「あのぅ・・・あ、失礼しますが、朱槻町の清条ヶ丘っというのはどちらでしょう?」
田舎では、そうそう見かけないスーツ姿に丸い眼鏡の男。ジャケットを腕にかけて、ハンカチで額を拭いながら、整わぬ息で一行に尋ねてきた。哲は出かかった言葉を再び飲み込むと、少しぶっきらぼうに口を開いた。
「あの山の麓ら辺がそうだけど、スーツのおじさんが何の用?」
おじさん、という言葉に眉をピクリとさせた男は、徐にベストの胸ポケットから名刺を取り出すと、哲に差し出す。哲が受け取ろうと手を出すと、男はサッと腕を上げて哲の手は一度空を切った。
「僕は、伝承学者の弐十木だ。これでもまだ二十四なんだ、そこの所、間違えないでくれ」
再度、手持ち無沙汰になった哲の手を取り、掌に名刺を乗せるとそこで初めて一行を見やった。
そして、詩織の姿を見つけると、小さな声で「おや」と言うと不気味に微笑みを浮かべながら山際に向かって行った。三人は顔を見合わせ少しの沈黙した後、その事に触れることはもうなく歩き出した。
程なくして、遠くから燃費の悪そうなエンジン音が近づいて来た。その正体は、近所のおじさんの乗った軽トラックで、三人は声をかけられる。どうやら、会場まで載せてくれるとのことだった。厚意にあやかる事にした一行は、荷物を荷台へと積み込むと学は助手席、哲と詩織は荷台に乗っかって行くことになった。
ちょうど、お日様は頭上高くに登り、正午ごろを告げていた。