立てこもる人参
……何が起こっている。
昼の十二時、心地の良い快晴の真下、事件は起きた。年齢四十四歳のシングルマザーを人質に取った立てこもり事件だ。
幸い、大事にはなっていない内に警視長である私や巡査、特殊部隊が駆けつける事ができた。状況で言えば、硬直状態だ。
現在、犯人は覆面を被って窓から顔を覗かせて、人質をいつでも殺せるぞという雰囲気を見せつけて、私達に要求を迫ってくる。要求は逃亡用の二億円。
このような立てこもり事件の場合、私は場の指揮と判断や説得、そして特殊部隊には突入をしてもらうのがセオリーだ。
ただこの事件、パッと見は至って普通の事件だが、少々、いや大分、ツッコミどころが多い。
そのせいで私は、この局面に混乱している。
「早く用意しろよ! 二億円!」
人参。
「待ってくれ。そんな額は直ぐには用意できない。もう少しすれば用意する。だから待ってくれ」
人参。
私はメガホンを使って犯人を宥める。犯人を見上げ、その手に持つものを凝視した。
「んなもん待ってられるか!」
ああ……! 頭がおかしくなりそうだ。何であいつは、ナイフではなく人参を握っているんだ?
周りからすれば白髪の老いぼれだが、視力だけは自信がある。周りからも評判のいい目だ。間違いない。あれは人参だ。偽装じゃない。美味そうだもん。
「こいつがどうなってもいいってのかよ!」
犯人は土まみれの人参を人質に向け、荒らげた声色で言い放った。
どうなるって言うんだよ。なぁ教えてくれ、その人参で何が起きるんだ。栄養満点になるだけじゃないのか。
「栄養満点になってもいいのかよ!!!」
お前は何が目的なんだ!! 立てこもりまでして! 人質用意して! その人質を栄養満点にさせる?! 善い行いじゃないか! 何でわざわざ事件にしたんだよ、ていうか事件なのかこれ、二億円って確か逃亡用だし……あれ、こいつただただ栄養満点にさせたいだけなんじゃねぇか?
「警視長、あいつ中々の悪党ですね」
どこが?
近くに居た巡査が私に話しかけてきた。
え、むしろ私達の方が悪党じゃない? 人質が栄養満点になるチャンス邪魔してない?
「あ、ああ?」
訳もわからず返答する。私が無知なだけなのか。この状況は普通なのか? だって、皆険しい表情で犯人睨んでるもんね。きっと人参で栄養満点にするのは……さぞかし卑劣な行為なんだろうね。あの女性だって多分……。
そう思い見上げると、女性はヨダレを垂らしていた。
やっぱおかしいって! あの人質今にも生のにんじん食べそうだよ? 放っておいた方がいいんじゃないこれ?! いや、処理はちゃんとした方がいいけど!
「ひ、一つ訊くが……二億円を用意できなかったら……人質はどうなる?」
恐る恐る質問する。すると、犯人は目を見開き何かを企むような含み笑いで人質の女性を見下した。
ごくり。
……いや、やはりこいつは悪党なのかもしれない。大方嘘を吐いて、私を油断させる気だったのだろう。きっと人質を殺して自殺とか、仕掛けたダイナマイト爆発させるとか、そういうのが
「こいつの食生活管理してスムージー毎朝飲ませてやるよ」
ねぇな。
変態的な笑いが聞こえてきそうな表情で犯人はそう言った。人参で人質の鼻筋をなぞる。
人質を栄養満点にさせて? スムージー飲ませる? 最高じゃないか。健康的だよ? もうやめよう? 二億円も突入もやめよう? ほっといていいってこれ。
「あいつ……なんて事を! 警視長! あの犯人許せません、もう突入しましょう!」
先程の巡査が私に話しかけてきた。
え、え? 何で? 突入する必要無くない? もしかしてあれ何かの隠語だったりする? 私が知らない間に事件の隠語インフレしてる?
「な、何故だ?」
困惑気味に巡査に訊いた。素朴な疑問だ。先生は言っていた。分からないことがあったら傍に居る人に聞けと。
すると、巡査は信じられないような目つきで私を見た。他の特殊部隊の方達も、一部私に振り向いた。
……何かまずい事を言ってしまったのだろうか。やはりあれは隠語で、とても人間がする事じゃな
「何故って……スムージー飲ませるからにきまってるでしょう!?」
たーぶん私が正しい。
はい? スムージーがダメ? もしかして巡査はスムージーに親でも殺されたのだろうか。いいじゃないかスムージー、私も毎日飲んでるよ?
「スムージーの……何がいけないんだ?」
私の敵が段々と巡査や特殊部隊になりつつある。違う、本来の敵はあの犯人だ。だが待ってくれ、あの犯人はただの健康マニアだ。私と同類だ。仲間だ。
「身体が健康になってしまうじゃありませんか!!」
いいじゃないか!! 早朝に飲むスムージー、絶品だよ!? 君は不良に憧れているのか? 「スムージー飲まねぇ朕、まじかっけぇ」ってスカしてるタイプの不良か?
肩を揺らされる。やめてくれ、老体にそれは拷問だ。揺らす手を止めようと、メガホンを落とした。
「お、おおうふやめへくれ、揺らすな揺らすな」
その時、入れ歯が飛んだ。地面に落ち、白く輝いた。
場が硬直する。目の前の男が私と入れ歯を二度見して、こう言った。
「警視長入れ歯だったんですか!?」
「……ほうふぁ(そうだ)」
……終わった。長年貫いてきた入れ歯の秘密……。新入りの巡査にバレてしまった。ああ……しかも老体を揺らされ、健康的害を負ってしまったかもしれない。ああ……。
私の中で天秤が用意される。犯人と人質の健康、イカれた巡査と特殊部隊、結果は直ぐに出た。
決めた。ああ、私は決めた。
目の前に落ちた入れ歯を広い、流石に汚い為付けはしないものの、そのまま移動へと移った。
「け、警視長?」
巡査と特殊部隊が私の方へと一気に振り向く。ちらりと見上げると、犯人と人質も私の方を見ていた。それはそうだ、この行動は、注目を引いてしまうだろう。
「お、おいそこのお前! 何をする気だ! 今すぐにピーラーを用意して皮を剥いてやるぞ!」
はは。やるといいさ。どうやら私は狂人のようだ。その脅しも喜んで受け入れてしまう。
ゆっくりと、犯人の立てこもっている家のドアに手をかけ、引いた。
「警視長? 警視長!」
何かを察したかのように巡査は叫び続ける。
「おい、止まれ! おい!」
それに続いて犯人も叫ぶ。効かん効かん。
「うへぇ!」
人質は何だか元気だ。
気がつけば、私は犯人の真横に立っていた。
「……お前……」
私は、手に持ったそれを犯人に見せ、不敵な笑みを零した。そして、犯人は覆面を脱ぎ(何故脱いだかは知らないが)、二人揃って下を見下ろした。
巡査、特殊部隊は唖然としていた。そうだろう。ああ、だが君たちがいけないんだ。健康を侮辱してしまったから。
私は人参を片手に、それを人質に突きつけてこう言い放った。
「こいつが栄養満点になってもいいのか!!!」
(反省多めなのでスルーしても大丈夫です)
こんにちは〜、作者です。
如何だったでしょうか、短編コメディ小説。久しぶりの執筆、というか投稿です。
私自身、別の小説サイトにてコメディを投稿していた時は割と好まれていた方だったのですが、久しぶりに書くとダメですね。なんかこう、書いててグッときませんでした。
というより短編が苦手なのでしょうか。展開が粗かった気がするんですよね、ええ。
まぁ、あんまり気にしてもしょうがないし、こういう小説は真面目に推敲し始めたら逆に詰まるのが典型的なのでこのまま投稿したんですけど、次に書く分はもう少しマシにしたいですね。一応案はあるので書きます。
情景描写を粗く、もしくは無くしたりしてるのはある程度わざとです。相手の言動に対して突っ込む形にしてるので、スムーズにツッコミ入れた方がいいかなと思いまして。まぁ省きすぎな気もしますが。容姿とか全然触れてませんしね。
まぁ何はともあれ、ここまで読んでくださりありがとうございます。読みやすく笑えるものが書きたくて休憩がてら書いたものです。もしこの作品で笑って頂けたのなら幸いですね。
ではまた会う機会があれば〜。