優希 第二話 ほっぺた中毒にご注意ください
小日向さんのほっぺたをつついた日の夜。指先には今もあの感触が残っていた。
部屋にはいくつもの癒しグッズがあるが、そのどれもがあの感触には程遠いものだった。
やはり、あのほっぺたは極上の癒しアイテムだ。彼女が生きた人間であるという点を除けば。
もう一度、あのほっぺたを触りたい。しかし、自分がやっていることがマズいことだという自覚も今になって湧き上がってきた。
冷静に考えて、クラスメイトの女子高生、しかも仲がいいだとか、そういうわけでもない関係の相手に対して、眠っている間に体を触るなんて、訴えられても文句は言えない。もし誰かに見られたり、本人に気付かれでもしたら俺の人生は終わりだ。
しかし、そんな癒しとは程遠いリスクを冒してでも掴みたい癒しがあのほっぺたにはあった。
俺のクラスは廊下の一番端にあるため、人が来るリスクは比較的低い。つまり、懸念があるとすれば彼女自身が目を覚まして気付かれることと、俺自身が倫理観を保てるかどうかだ。
正直、これから彼女のほっぺたを触る行為を続けていったら、徐々に行為がエスカレートしていかないという保証は出来ない。今日は数回つつくだけだったが、いつかほっぺたを揉んだり、引っ張ったりしたくなるに違いない。そこまでしてしまったらいくら彼女でも目を覚ましてしまうだろう。自分の人生をかけてまで癒しを求めるのかと言われると、今回限りで我慢するべきだということも頭では分かっている。
それでも脳内に潜む怪しいお兄さん、もとい悪魔が囁き続けてくる。
『今回限りで良いのか?あんな癒し、いくら探し回ったってもう出会えないぞ?』
そう、もう他のものでは代えが効かないのだ。
あのほっぺたと同じだけの癒しを得られるものなど、とても思いつかない。俺はもう立派なほっぺた中毒になってしまったのだ。脳裏に学校で配られた薬物中毒防止のパンフレットがよぎる。そこには、たった一度だけと手を出してしまったばかりに、何度も何度も薬物を求めてしまう状況に陥る様子が描かれていた。まさに今の俺だ。最初の欲望に負けてしまった以上、もうあの癒しを知らなかった頃には戻れないのだ。
欲望というものは果てしないものだ。それこそ彼女が睡眠を求め続けるように。一度その欲望を満たすものを得てしまうと、それを求め続けてしまうのだ。そして、あわよくばそれ以上のものを求めるようになってしまうのである。
ほっぺたをつついて、揉みしだいて、引っ張って、そして......。俺は何をしてしまうのだろうか。そこまで考えて自分が恐ろしくなり、むりやり思考をシャットアウトした。
こうなってしまったら俺にできることは、可能な限り他のもので代用するか、必死に欲望を抑え込むしかない。あまりやりたくはなかったが、明日から鞄に小さいぬいぐるみをつけていこう。少女に手を出して訴えられるよりは、クラスメイトに少し白い目で見られる方がよっぽどマシだ。
どうにかしてほっぺたのことを考えないようにしなければ、すぐに指先に感触が蘇ってしまう。クラスメイトの評価が一段階下がるだけで意識をほっぺたから逸らせるのなら安いものだ。
そこまで考えて、一度ため息混じりの深呼吸をした。
極上の癒しを摂取したはずなのに、今日はひどく疲れた感じがする。
俺は何度も何度も囁いてくる悪魔を押しのけ、眠ろうとした。したのだが、指先の感触が消えてくれない。お願いだ、せめて一旦忘れさせてくれ。そう願いながら必死に目を瞑るのだった。
結局、お気に入りの抱き枕を抱きしめ、ありったけのムニムニを手で掴みながら無理やり眠ったが、指先の感触は朝になっても消えることはなかった。