優希 第十三話 ほっぺたと、いつまでも
俺の膝に頭を乗せて、小日向さんは眠ってしまった。
柔らかいほっぺたの感触が脚に伝わってきて、これも悪くないなと考えもしたが、はっきり言ってそれどころではなかった。
様々な感情が入り混じって頭がおかしくなりそうだ。
驚愕、興奮、焦燥、次々と感情が湧き上がってくるが、一番大きいものは不安だった。
俺にとって小日向さんのほっぺたはこの上ない癒しだ。だが、俺の膝枕が小日向さんにとってそれほどの価値があるとは思えない。どう考えても、周囲にある小日向さんが集めた枕の方が寝心地は良いだろう。
それでも、断ることは出来なかった。
小日向さんは「これがいい」と言ったのだ。
その言葉の真意は分からない。小日向さんが膝枕に対して何か特別な思い入れがあるのか、あるいは俺に対してか。
「それは自意識過剰か」
都合の良い妄想はほどほどにしよう。
俺の膝枕に価値が無いとするのならば、せめて心地良い睡眠を邪魔しないようにしなければならない。
しかし、何かした方がいいのか、あるいは余計なことはしない方がいいのか分からない。
小日向さんの様子を見るために、一度視線を落とす。すると、ちょうど小日向さんが寝返りをうって仰向けの状態になった。膝の上で動かれるとなんだかこそばゆい。
正面を向いた小日向さんの顔をじっと見つめる。相変わらず、ほっぺたは柔らかそうだ。
じっくり見つめていると、今まで意識していなかった部分にも、よく目がついた。閉じた眼を覆う睫毛は長くて綺麗だし、鼻は高すぎず低すぎずバランスがいい。唇もほっぺた同様柔らかそうだ。ボブヘアーの髪はサラサラでこれもすごく綺麗だ。
恐らく、顔立ちから言えば「美人」のカテゴリに入るのだろう。しかし小日向さんは、周囲からはどちらかと言うと「可愛い」よりの扱いを受けている。それはきっと、小日向さんの自由で正直な生き方が、どこか幼い雰囲気を感じさせるからなのだろう。実際、俺自身がそうだった。
学校で眠っている時は、もっと緩んだ寝顔だったのだが、今の小日向さんはとても綺麗な寝顔だ。それが良い意味なのか悪い意味なのかは分からない。だけど、普段見られない姿を見られたのは、少し特別感があって嬉しかった。
その綺麗な寝顔を眺めていたら、さっきまで抱えていた不安は薄れて、昨日抱いていた愛しさのような感情が再び湧き上がってきた。
小日向さんとのこのかけがえのない瞬間を大切にしなければならないと、心が訴えかけてくる。
自意識過剰でも構わない。俺が小日向さんを求めるように、小日向さんも俺を求めてくれていると、そう信じて疑わないほどに想いは強くなっていた。
「やっぱり俺は、小日向さんじゃないとダメみたいだ」
そう呟いて、小日向さんの手を優しく握る。
この時間がずっと続けばいいのに、そう思いながらも、小日向さんには起きてもらわないと困るな、とも思い一人苦笑する。
今はただ小日向さんが目覚めるまで、この幸せを噛みしめよう。
小日向さんが目覚めた時、笑いながら心地良かったと言ってくれることを願いながら。