第三話:鬼たいじ
犬井、猿藤、烏丸の三人を従えたももたろう。
旅の果てに、とうとう鬼の住む家にたどり着きます。
おじいさんの地図を頼りに、鬼の住む家にたどり着いたももたろう一行。
まずは、表札を確認します。
『鬼塚』
おじいさんの描いた地図と、何度も見比べるももたろう。
まちがっていないことを確認してから、ピンポンを鳴らします。
インターホンのことを、ピンポンと呼んでしまうももたろう。
カタカタをちゃんと読めても、しゃべるのはまだ上手くいきません。
『だれだ?』
ピンポンの先からは、不機嫌そうな怖い声。
きっと鬼にまちがいありません。
泣いちゃいそうになる気持ちをグッとこらえて、ももたろうは元気にお返事します。
「鬼たいじに来ました!」
「……節分は過ぎたんだが……」
鬼のとまどった声に、お供の三人は吹き出すのをこらえます。
ももたろうは、お団子じゃなくてお豆をもらってくればよかったと思いました。
けれど、それは後の祭り。
ももたろうにはまだよく分かりませんが、犬井がよく言っている言葉をなぜか思い出しました。
とりあえず入りなさいと鬼の家にせんにゅうしたももたろう。
鬼の後ろを着いていこうとすると、鬼が急にふり返り、後ろの三人をにらみつけます。
「おまえらは、なんの用だ?」
「ももが迷子にならないように、付き添いっす」
「犬井に呼ばれただけっす」
「ももが、じいさんの家に行くと言うから……付き添い、かな……」
今日は日曜だったか……とつぶやいたあと、鬼は、ふんっとはなを鳴らします。
出ていけと言わないので、誰も出ていきません。
それは、おばあさんのお団子を食べたいからだったかもしれませんが、ふり返ったももたろうには、三人の顔が、なにか、あるいは、だれかを心配するような顔に見えました。
鬼は、みんなにお茶を出してくれます。
ももたろうは、おばあさんが作ってくれたお団子を出します。
「おばあちゃんが作ったのー。たくさんあるから、おすそわけー」
小さなリュックから、お団子を10個出します。
ももたろうは、まだ小さいから1個。
犬井と猿藤と烏丸は、大きいから2個。
鬼は、いつでも食べられるように、3個。
おばあさんから言われたとおり、鬼には3個です。
「いただきまーす」
おばあさんの作ったお団子は、ももたろうの好物です。
おぎょうぎよく、よくかんで食べて、あついお茶をふうふうしてから少しずつ飲みます。
ももたろうがお団子を1個食べ終わっても、鬼はお団子を食べようとはしません。
おいしいのに、どうしたんだろう? とももたろうは首をかしげます。
えんりょなく2個ずつ食べた犬井と猿藤と烏丸は、鬼の前にならぶ手つかずのお団子3つを、ついつい見てしまいます。
でも、あげません。
その3個は、おばあさんが用意した、鬼の分です。
「たべないのー?」
ももたろうが聞くと、鬼はようやく1個、手にとって、包みをひらいて、ぱくり。
「………………美味い」
目を赤くした鬼が、ポツリとつぶやきます。
でしょー。と、ももたろうは、おばあさんのお団子がほめられて、得意げです。
「なあ、じいさん」
しばらくすると、烏丸が鬼に声をかけます。
そこから先は、ももたろうにはまだむずかしいお話でしたが……。
「ただいまー」
「おお、お帰り」
「お帰りなさい、ももたろう」
猿藤の軽トラにゆられて、家まで帰ったももたろう。
犬井のひざの上でおねむでしたが、軽トラからおりるとまた元気いっぱいです。
「どうだった? 鬼は怖くなかったか?」
おじいさんの問いかけに、
「へいきだったー」
ももたろうはちょっとウソをつきます。
ピンポン越しの鬼の声は、ほんとはちょっと怖かったのです。
「鬼さんは、お団子食べてくれた?」
「おいしいっていってたー」
こんどはほんとのことです。
そうかい、それはよかった。とにこにこするおばあさんを見て、ももたろうもにこにこです。
「お腹空いたかい? 今日はとん汁にしたから、たんとおあがり」
「わーい!」
とん汁は、ももたろうの大好物です。
カレーライスとどっちが好き? と聞かれたら、りょうほう! と言っちゃうくらい。
お腹がいっぱいになったら、今日は遠くまで旅をしたので、もうねむくなっちゃいます。
お風呂に入って、100まで数えて、お布団しいて、おじいさんとおばあさんの間に入ってお休みなさいです。
その日の夢は、羽織を着て、旗を背負って、犬と猿と孔雀をお供に、海の先の島を目指すお話でした。
頭に角のはえた親切な漁師が、島まで船に乗せていってくれます。
着いた先には、たくさんのにゃんこがいて、にゃんこを撫でたりあいさつしたり追っかけたり、釣りざおで魚を釣ったりしました。
帰りは、孔雀の背中に乗って、たくさん釣ったお魚をお土産に、おじいさんとおばあさんの待つ家に帰ったのでした。
たくさんの海の魚に、二人はびっくり。
あわてて村中に魚を配って回る夢でした。
ももたろうはにこにこ。
おじいさんとおばあさんもにこにこ。
村のみんなもにこにこ。
とってもすてきな夢でした。
その後、鬼塚のじいさんは老人ホームへ。
ももたろうが遊びに行くと、いつもニコニコと笑って、一緒に遊んでくれるのでした。
おしまい。
後に聞いた話では、あの時烏丸は、祖父である鬼塚のじいさんが高齢で一人暮らしなことを心配して、息子夫婦と同居してはと説得に行った帰りだったという。
しかし、息子や孫に迷惑はかけられないと、妻と過ごしたこの家から離れたくないと、頑なに拒んだという。
老人ホームへ入居したのは、ももたろうが訪ねた3ヶ月ほど後のこと。
特別に熱い初夏の日に、冷房のない家で熱中症で倒れていたところを、ももたろうが発見し、ももたろうが大泣きしたことが理由なのだという。
その後、鬼塚のじいさんは、家族や大きくなったももたろうに看取られて、静かに息を引き取った。
享年、九十を越えた、大往生だった。