現実と憶測と鬼
眩しい。
朝の日差しが俺の顔を照らしている。
「やばっ!今何時だ!?」
秋になり最近は日が登るのも遅くなってきた頃で、通勤に1時間近くかかる俺は、この季節はいつも日が昇る前に起きて出勤の準備をしていた。
今日も会社に行って仕事をして、同僚や先輩と無難な会話をして、そうやって俺の日常は続いていくはずだった。
寝坊したと思ってベッドから飛び起きた俺は絶望した。
見慣れぬ木でできた壁。
知らないベッド。
そして、
人を殺した感覚。
そう俺は人を殺したのだ。
わけのわからない不思議な夢の世界は、
わけのわからない不思議な現実だった。
俺はベッドに腰掛け頭を抱えた。
そして、昨日の出来事を思い出していると、一つの可能性が浮かんできた。
俺は昔から漫画が大好きだった。
一人で楽しめる最高の娯楽。
かなりの数の漫画を読んできたが、その時俺は高校時代にハマって読みあさっていた異世界モノの漫画のことを思い出していた。
「異世界転移ってやつなのか…?」
現実世界を生きる普通の人間が異世界に行って冒険をする異世界モノ。
そういった漫画の中では、何らかの理由で死んでしまった主人公が神様のような存在からチート能力を与えられて異世界に転生するパターンや、異世界の魔法使いに召喚されて転移してしまうパターンの物語が多かった。
しかし、突然何の説明もなく異世界に転移してしまうものも読んだことがある。
自分がまさにその状況なのではないか?
あまりに荒唐無稽な自分の考えに笑ってしまいそうになったが、わけのわからない世界に来てしまっているのは揺るぎのない事実なのだ。
俺は自分が異世界転移したものとして考えることにした。
そう考えると今まで起こった不思議なことも全て納得できる。
いや、正確にいうと全てではない。
最初に目を覚ました時の状況やその後あの洞窟で起こった事は異世界に転移したのだとしてもおかしいことだらけだった。
なぜか痩せ細っていた身体。
俺の為に用意されたかのように置かれていた指輪。
洞窟から森の小屋に転移する前の出来事はまるで夢の中の出来事のようだった。
だが持ち出した服も指輪も刀もずっと身につけているため、夢ではないことは確かだ。
何か作為的なものを感じる。
俺は何らかの目的で何者かに転移させられたのかもしれない。
しかし、ここから先は考えても仕方がない。
わからないことはわからないのだ。
わかっているのはこれが現実であることと、この手で人を殺してしまったこと。
再びあの光景を思い出す。
俺は異世界モノの主人公達のようにはなれない。
悪人でも人は人だ。
きっとあの瞬間のことは死ぬまで忘れられないだろう。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。
誰かが訪ねて来たようだ。
俺を訪ねてくるのなんて店主のおばさんか昨日のあの三人しかいない。
俺は扉の前まで行き扉を開けた。
そこにはあの森で出会った鬼が立っていた。