闇と空腹と指輪
肌に触れる冷たい石の感覚で目が覚めた。
どうやら俺は丸裸で地面に横たわっているようだ。
意識が朦朧としていて、身体の異常な怠さを感じながら起き上がろうとしたが、うまく身体を動かせない。
「ここはどこだ…?」
非常に薄暗いが、横になったまま目を凝らすと周りの様子がだんだんと見えてきた。
天井は岩が剥き出しになっていて、どうやら洞窟のようだが、床や壁には綺麗に石が敷き詰められている。
木でできたベッドや机、本棚などの家具もあり誰かが生活していた様子も窺える。
そして、木箱に入った何かがぼんやりと光を放っているのが確認できた。どうやらその光のおかげでかろうじて周りを見ることができるようだ。
視線を動かしていると、身体のそばに木でできた長方形の小さな箱があることに気づく。
未だ動かしにくい右腕をなんとか動かし、その箱に手を伸ばした瞬間、ようやく自らの身体の異常に気がついた。
もともと腕は太い方ではなかったが、ひと目見ただけでわかるほど、明らかに痩せ細っている。
身体のほうに視線を移すと、身体も同様に痩せ細っていた。
まるで何年も寝たきりになっていたかのように…。
自分の身体の変化に対する驚きと不安で嫌な汗が滲み、同時に自分が極度の空腹状態であることに気づいた。
「何か食べないと…」
焦りとは裏腹に、相変わらず身体は動いてくれない。
とりあえず先ほどの箱を調べてみようと思い、もう一度手を伸ばし、震える指でその箱を開けてみた。
すると、中にはそれぞれ形状の違う5つの指輪が並んでいた。
食べられるものを期待していた俺は、心底がっかりしたが、その指輪のうちの一つがキラリと光ったのに気がついた。
腹の足しにもならない指輪など、今は全く必要の無いものだと思いつつも、なぜか俺はその指輪に強く惹かれていた。
そしてかろうじて動かせる右手でその指輪を取り出し、骨と皮だけになったかのように細い中指にはめてみることにした。
その瞬間、その指輪から様々な色の強い光が放たれた。
光はすぐにおさまったが、それまで暗闇に順応していた俺の眼はしばらく使い物にならなかった。
視力がもどり中指にはめたその指輪を見てみると、先ほどまで無かったはずの謎の刻印が浮かび上がっていた。
見たことの無い形だが、それが文字だというのはなんとなく理解できる。
その刻印をぼんやり眺めていると、少しの間忘れていた空腹が再び俺を襲ってきた。
いや、さっきまでの空腹とは比べものにならない。
今までの人生では感じたことの無い異常なまでの飢餓感に恐怖を感じ、とにかく食べるものを探さなければと身体を動かそうとする。
不思議なことに、今度は動くことができた。怠さこそあるもののなんとか起き上がり、フラフラした足取りでぼんやりと光っている木箱の元へと近づく。
木箱の中には光を放つ謎の石が入っていた。石が光っているということを不思議に思うことすらできぬほど飢えていた俺は、掌に収まるくらいの大きさのその石を手に取り、その弱い光を頼りに辺りを探索してみた。
すると、意外にもあっさりと見つけることができた。
部屋の角にパンパンに膨らんでサンドバックのようになった布袋が置かれていて、中には果実が大量に詰め込まれていた。見たことのない形の果実ではあったが、命の危険を感じるほどの空腹に負け、俺はすぐさまそれを口に運んだ。
味は意外と悪くなく、食べるたびに力が漲って来るような気がする。俺は獣のようにその果実をむさぼり、ついにパンパンだった布袋が空になった。
自分でも信じられないくらいの量の果実を食べた後、しばらく食後の満腹感に酔いしれていると、突如として身体に衝撃が走った。
「…!?熱い…!身体が熱いっ…!」
自分の身体のうちから湧き上がってくる熱に意識が飛びそうになり、心臓が破裂しそうなほど強く脈打っている。腐っていたのか、毒があったのか。
何も考えず見たことも無い果実を食べてしまったことを後悔しながら地面に倒れ込み、俺の意識は再び暗い闇の底に沈んでいった。