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ライリーは捕らえられた手を何とか外そうとするが、どれだけ力を込めても振りほどける気がしない。
それもその筈、190の鍛えた肉体を持つ青年と、鍛えているとはいっても160しか身長がない少女とでは力の差は歴然だ。
抵抗虚しく両腕はライリーの踵が浮くぐらい頭上に高く固定され、レイモンドはライリーの両脚の間に自分の膝を差し込み身動き一つ出来なくされてしまった。
ライリーからはレイモンドの身体に阻まれて見えないが、試合を見学していた周囲の人間は、レイモンドの行動に驚き何事かと話している。
ハッキリ言って、騎士道なんてあったもんじゃないレイモンドの行動は一体何なのか。
その答えを言う為に、レイモンドは口を開いた。
「…騎士団長殿、見ておられますか?
ライリー・クロードは確かに学問だけではなく、武芸にも秀でており、ただの剣術だけだったら男の俺とほぼ互角…いや、それ以上の才能があります。
しかし、それは稽古での話。
一度戦場に出ればこの様に、彼女は敵兵に力ずくで簡単に
捕らえられるでしょう」
「ほう…ではレイモンド・アーロン生徒よ。お前はつまり何を言いたいのだ。」
この事態に特に動揺した様子を見せず、白髭を生やした初老の学園長が、レイモンドに問う。
「彼女を騎士団へ入団させないでいただきたい。」
うんうん、確かに、女が戦争に参加したら、その可能性あるわな。
生け捕りにされて拷問、更に襲われたりするかもしれないし。
そんな危ないこと…ってハァァアァア?!
こいつ、何言ってるんだ?!
「お前、何を…」
頼としては、両親を殺害され残されたライリーが、この5年間どんな思いで生活してきたか、バッチリ記憶として残っている。
それを考えるとレイモンドの発言や、正にこんなライリーを晒す行為なんて、黙っていられない。
しかしレイモンドはそれを一瞥すると、煩わしそうにライリーの両腕を捕らえたまま身体ごと自分の前へ移動させ、周囲にライリーが捕われた姿を露わにした。
背後からライリーの発言を許さないかの如く口を掌で覆うと、更に彼の《ライリー晒し》は加速した。
「彼女はこの様に一度囚われてしまったら、ひ弱なただの少女です。
今なら俺も彼女を好き勝手にできる…こんな風に」
そういうとレイモンドはライリーの首筋に顔を寄せた。
その行動にライリーは身震いした。
何…何なんだこいつは一体!!
「…しかし、レイモンドよ。彼女は君と同じく優秀で、何者にも変えがたい人材だ。
そんな彼女が騎士団に入団をすることは、我々としては願ったりなことなのだが。」
「ならば彼女を私の補佐役として、サポートに回らさせて下さい。戦場には出ない様、騎士団の事務職員になってもらいます。」
「それでは折角の剣の腕前が…」
頭上で淡々と自分の処遇について話し合いが行われている。
既に入団試験や模擬戦の最中なんてことは忘れさられてしまっているのではないのか。
何より気になるのが、同じ入団試験を受けてきた周囲の学生たちの反応だ。
そのほぼ全員がライリーと模擬戦をして、地に伏せてきた面々である。
しかし今は囚われたライリーを見て、嘲笑したり中には声に出して「やはり女か」なんて発言も聞こえた。
すべてはこのレイモンド・アロイスの思惑通りなのだろう。
こいつが何故私を蹴落としたいのか分からない。(元々ライバル関係だから自然の摂理なのかもしれないが)
これで男と女という、生物の違いを周囲にわざと見せつけたのだ。
そしてライリー、いや頼は感じた。
この男、嫌いだ!
頼は覆われた手のひらに思いっきり噛みつき、力が緩んだところでレイモンドの足を華麗に払い、一本背負いした。
訓練場に、レイモンドが倒れた衝撃で砂煙が舞う。
またしても周囲は驚きに満ちる中、頼は堂々と発言した。
「私は、騎士団への入団を希望します。
そして絶対に、こいつの補佐役なんてやりません。
入団試験は終わった様なので失礼します」
呆然と頼を眺めるレイモンドに背を向け、頼は颯爽と訓練所を去った。