タロウ伝説
交通事故に巻き込まれ、ひょんなことから長年の夢である異世界転生を果たした、普通の高校生穴澤りんか。
そんなりんかを待っていたのは「転生者番号 10000」という現実であった。
転生者番号とは何なのか?はたしてこの世界はどんな世界なのか、ここからもりんかの視点で・・・
「う~ん、メンドウクサイね、これ毎回やるの」
そう言いながら、真っ暗な空間で伸びをする可愛い私。
「まぁでもそれももうちょっとのガマンだからね、頑張らなきゃ」
「きぃひ」という可愛らしい笑い声を響かせながらこれからの楽しみに思いをはせた。
「さぁあさぁあ、どうするりんかちゃん」
現状自分がいる町がシルフィリアという大陸の辺境にいることが分かったのが1日前、今は転生者のために用意された寮にいる。
初日の講習では基本的な地理と、これからの身の振り方について教わった。
シルフィリア含め大きな大陸は4つあるらしく、それぞれシルフィリア、サラマンディア、ウンディネリア、ノーミリアというらしい。
その名の通りそれぞれに地水火風の神様がいるらしく、それぞれがマナという物質を生みだし、人間の体をも形成しているという。
魔法を使うときにもこのマナが使われ、それぞれの地域によって主に学ばれている魔法も違うらしい(シルフィリアなら風が主)
ここまで聞いた時にはまぁよくある設定と安直な名前だなというのが感想だった。
とりあえず魔法があるファンタジー世界に転生したのは上々である。
しかしそんなことで一々喜んでいられるほど、俺の心に余裕はなかった。
大まかな世界観はよくあるものであった、しかし細かな部分がまるで想像と違っていた。
まずは魔法が許可制であったこと、そして規模が想像していたよりずっと小さいものであったことだ。
学院の初等部6年、中等部3年、高等部3年を経なければ許可がおりない、この時点で失笑ものだが、なによりバカバカしいのが魔法の使い方だ。
基本的にファンタジーのような魔法を使えるのは初等部までだ、それからは終始理論と経済発展にどう活かすかのみを学ばされる。
シルフィリアで使われている風の魔法も基本的に「物を軽くする」という魔法のみ。
まるでどこかの世界のようだ、小説のような胸躍る冒険は期待できないだろう。
しかしその中で気になるのはあのふざけた名前の女だ。
ヒロインなどという阿呆な名前もそうだが、本命はやっていたことだ。
魔物を倒し、おそらくその肉を市場に流すことで生計を立てているであろう女。
講習でも聞いてみたがそんな仕事はこの街にはないとの事だ。
転生者がつけないだけかもしれないが、それでも気にはなる。
小ばかにしていた魔法の使い方だが、武器を軽くし、魔物と戦うというのあれば話は別だ。
あの女のように魔物と命を懸けた戦いがしたい、どうにかしてアポイントを取らねば。
そんなことを考えていると時計が15時をさした、2日目の講習の時間だ。
初日は「アレ」のせいでとてもじゃないが冷静にはなれなかったが、一晩寝てこうして余裕を持ってみると、この世界は元の世界と文明的な意味でかなり近いことが分かった。
時計などの調度品もそうだが、出てきた食事や家屋の構造もかなり近いものである。
驚いたことに学院の年数も前の世界とまったく同じである(さらに4年の大学部もあるという)
これはどういうことなのか・・・等と思っていたら部屋のドアがノックされた。
「転生者番号10000番、講習の時間だ、至急役場の講義室まで行くように」
そう言ったのは寮の管理人である。
この言葉を聞いて何度目かわからない舌打ちをした。
転生者番号という概念が存在することからもわかるが、この世界における転生者は俺だけではない。
それどころかシルフィリアだけで一万人もいるらしくめでたく俺はその一万人目となったわけだ。
シルフィリアの人口がどれくらいかは知らないが、このふざけた対応からも珍しくない存在なことは想像がつく。
なかなか出てこない俺にしびれを切らしたのか、管理人が今度はドンドンと乱暴にドアをたたいてきた。
「まるで囚人だな」
大好きなキャラクターのセリフをもじった言葉を吐きながらそそくさと部屋から出て役場へと向かった。
当然ながら講習を受ける場所はあの忌々しい番号を告げられた教室である。
「今日の講習を担当することになったキョウシです、よろしくお願いします」
そう自己紹介をする男はいかにも教師といった真面目腐った風貌をしている。
昨日のヒロインもそうだがこの世界の人間はどいつも阿呆のような名前をしている。
役場の受付をしている事務員風の女はウケツケ、さっきの管理人はカンリニン、「アレ」を告げてきた派手な風貌の女の名前はなんとギャルだ。
よほどこの世界を作った神様はネーミングセンスがないのだろうな。
「今回の講習ではこの世界の歴史と神話について学んでいきます」
そんなことを抑揚のない声でキョウシが言ってきた。
「歴史と神話・・・」
一日しか暮らしていないが、この世界はだいぶ歪んでいると感じていた。
文化もそうだが、先の名前の問題もそうだ。
ネーミングセンスがないのはもちろんだが、言葉の意味を俺が暮らしていた世界、それも日本と同じような意味で使っている。
さらに言えば昨日の役場の受付でもそうだったが、この世界の常用する文字、言語ともに日本語なのである。
異世界転生とはそういうものである、と思えれば楽だが、現実である以上なんらかの理屈は欲しい。
いつの間にか万能翻訳の能力を与えられているのか、その影響で日本語に見聞きしているのか、などとも考えたが確証がない。
それらについても今回の講習でヒントが得られればいいが・・・
それからは長々と神話と歴史について説明された。
結論から言えばこの世界は自分の想像以上に根本から歪んでおり、またいかにしてこの世界が転生者でまみれている「転生者の世界」を形成したのか、十分な理解を得ることができた。
聖の神と魔の神、それがこの世界を形成した超常的な存在であるという。
聖の神が一日の半分を支配し、人間を生みだした。
そして、魔の神が一日のもう半分を支配し、魔物を生みだしたという。
それからはよくある神話らしく、魔物が人間を蹂躙し、人間は存亡の危機に瀕して~という流れをたどり、よくある神話らしく救世主が現れて人類を救済する~という流れでおしまいである。
しかしその中で俺が知る物語とは違うものが存在した。
聖の神は自分の世界ではなく、他所の世界に救世主を見出したのである。
異世界にて非業の死を遂げた若者、その魂をこの世界に転生させ、女神の多くの権能を与え、その若者が仲間と共に魔の神を打ち倒す。
それがこの世界の始まりの物語だ。
どこかで聞いた話である、それもそのはずだ、元の世界で大好きだった異世界転生物、そのものなのだから。
しかしそれ以上に驚かせる情報がこの先にあった。
その始まりの転生者は世界を救うだけにあきたらず、様々な知識をこの世界にもたらしたという。
名前という概念、住居という概念、料理という概念、経済という概念、その他多くの、今のこの世界の文明を構成する概念はこの転生者によってもたらされた。
この世界の文明がもとの世界ととても近いのも当たり前だ、自分の世界の人間が、しかも日本人がこの世界を作ったのだから。
この救世主「タロウ」の物語はもう何万年も前の話であるらしい、しかし今の人間はいまだにこのタロウがもたらした概念を守って生きている。
住民のふざけた名前、それはタロウが適当につけた名前で、それをありがたいものだと何万年も後生大事に子孫代々抱えている。
地水火風の魔法も神の存在もタロウが権能で生み出したものだ、おそらくゲームか何かの影響だろう、安直な名前と設定からもうかがえる。
そしてこのタロウの存在、それがこの転生者にまみれた世界を生みだしたのだ。
簡単に言えばこの世界の人間は図に乗ったのである、二人目のタロウを求めたのだ。
転生魔法を生みだし、次々と転生者をこの世界へと向かい入れた。
最初のころはよかった、一人の人間ではたかがしれている文明の穴を埋める知識を得られたし、まだ聖の神も権能を与えていたからだ。
しかし転生者が千を超えたあたりからその目論見は破綻していることに気が付いた。
聖の神が与えられる権能には限りがあったのだろう、だんだんと何の力もない転生者が増えだした。
その上、この世界が理解できるレベルの知識はもうすべて転生者から得られてしまっていた。
だからといって、転生者を飛び込まないという選択肢はこの世界の住民にはなかった、それは聖の神、救世主タロウの存在をないがしろにすることであるためだ。
そんなバカバカしいことを言っている集団がこの世界において最も力を持っている、それが聖の神をあがめる宗教団体だ。
それ以外の人間はいかにして転生者を「処理」するかに忙殺されている。
昨日ギャルから言われたことの意味がやっとわかった、この町はまだましなのだ。
おそらく他所の町に行けば人間扱いはされないだろう、囚人であるだけ上等である。
これがこの世界「ナロー」の現状、転生者は救世主でも勇者でもない。
ただの目の上のタンコブ、夏場に出てくるハエと同じ存在でしかない。
「お疲れさまでした、寮に戻ってもらって構いません」
そんなことを眼鏡をあげながら、心底どうでもよさそうにキョウシが言った。
「はい、ありがとうございます・・・」
そんな言葉をやっとの思いでひねり出すのが精一杯だった。
それからどうやって寮に戻ったのかは記憶にない、気づいたら寮のベッドにいた。
使い古された硬いベッド、明かりすらない簡易的な部屋。
心底まずい食事には手すらつけていない。
おそらくは魔物料理なのだろう、昨日の「質より量の食事」という言葉を思い出した。
「まるで囚人だな」
そんな二度目となるセリフを吐きながら、忌々しい転生者証明書を眺めていた。
転生者番号10000
何度見てもその番号が1になることはない、そもそもこれがある時点でろくに人権は保障されない。
「なんでこうなったかな・・・」
自慢じゃないが元の世界ではうまくやってきた。
目的に向かって努力は惜しまなかったし、やれることはなんでもやった。
それなのにこの仕打ちだ、何が間違っていたのか。
「いや」
「俺は間違ってない」
そう、俺が間違っているはずはないのだ、間違っているのはこの世界だ。
なんの努力もせずに異世界転生を果たした有象無象、それを良しとした聖の神、いまだに古いしがらみに縋りつくバカなやつら
そして何より、あのタロウという存在が許されない。
あのネーミングセンスからでもわかる教養の低さ、それを慕っている人間に名づける人間性。
間違いなくロクな人間ではないのに・・・
「なんで俺がこんな扱いであいつは救世主なんだ」
そう考えるとまた胸中にどす黒いものがわいてくるのが分かった。
「だったら壊しちゃおうよ?ずっとそうしてきたでしょ?」
そんな言葉がどこからか、聞こえてきた。
声に飛び起きると、部屋の状況が一変していることに気が付いた。
元から暗かった部屋ではあるが明かりがついていないなんてレベルじゃない。
何も見えない、真の暗黒。
そんな中で一つだけ見えるものがあった。
ホタルのような光をたたえながらヒラヒラと飛んでいる姿。
『妖精』
そうとしか見えない生き物がそこにいた、ただ自分が知っている妖精であんな灰色の妖精はいなかったが。
「もうずっと待ってたんだから~プンプン」
そんなことを言いながら、わざとらしく頬を膨らませている。
「なんなんだここは?それにお前はだれなんだ?」
当たり前のことを当たり前に聞く俺に対して
「私?私はね~ネージュちゃんっていうんだ~」
薄い胸を張りながらネージュはドヤ顔で名乗った。
ネージュ?この世界の住民にしては凝った名前だ、そんなことを考えていると
「でしょ?でしょ?あんな化石どもよりずっといいでしょ?」
機嫌をよくしたのかくるくると回りながらはしゃいでいる。
コロコロと表情を変える妖精を見ているとさっきまでの黒いモヤモヤが晴れてだんだんと頭も回るようになってきた。
「ネージュは妖精なのか?俺をここによんだのはなにか用があったからなのか?」
そんなことを聞くと指を突き付けられた。
「そうそうそうなの!妖精の要請!なんちゃって~」
「いいからさっさと要件を言え」
話が進まない、若干イラっとして答えると
「あぁごめんね、ちんちんぷいぷいっと」
安易な呪文を唱えながらネージュは姿を変えていく
小さな服をまとった、ボールを持ったシルエット
どこからどう見ても子供の姿である、しかし問題はそこではない
なぜ今まで忘れていたのか、前世において最後に見た光景、そして前世を終わらせる原因となった存在。
「ハッピーバースデー、りんかちゃん」
あの時と同じく満面の「笑顔」でネージュはそう言った。
「ふぅ~結構疲れるんだよね~これ」
そういうとネージュはさっさと元の姿に戻ってしまった。
「どういうことだよ!!ちゃんと説明しろよ!!」
もうなりふり構まずネージュに俺は詰め寄った
「ん~まだわかってない感じ~?頭は回る方だと思ってたけど買い被りすぎだったかな?」
う~んと顎に手を当てるネージュを見ながらイライラとしながら考えをまとめる。
あの子供がこの異世界の妖精?だったらあの事故は・・・
「そうだよ、その考えであってるよ」
「あの子供も私だし、あの事故を起こしたのも私、気づいてなかった?そもそもあのトラック運転手乗ってなかったでしょ?」
あっけにとられてとっさに口を開きそうになった、だけどそれでは他の有象無象と変わらない、先を考えるべきだ。
「俺にこの世界でやってほしいことがあった、だから交通事故を引き起こして転生させた、あってるか?」
「いぐざくとり~!」
そう言いながら両手で指をさしてくるネージュ、この妖精は一々動作がわざとらしい
「それで、やってほしいことってなんだよ」
ここが本命だ、聞き逃すわけにはいかない。
「う~んとね~」
さっさと言えという言葉の飲み込んで言葉を待つ・・・
「転生者をさ、皆殺しにしてほしいの」
「転生者を皆殺し?」
聞こえてきた言葉の意味が分からなかった。
「でもそれはできないんだろ?聖の神と救世主をないがしろにするからって」
すくなくとも今日の講習ではそう聞いている。
「あぁそれ?私には関係ないから」
そういった表情は底抜けに冷たい、さっきまでとはまるで別人のようだ。
「あのアバズレがどう思ってるかはしんないけどさ~目障りなんだよね転生者、どうせロクな人生なんか送ってなかったくせに我が物顔で居座ってさぁ、もう次々とボウフラみたいに沸いてくるし~」
「だからさ、りんかちゃん、お願い~」
さっきまでの冷たい表情は鳴りを潜め、かわい子ぶったしぐさで手を合わせてきた。
「そんなことできるわけないだろ、シルフィリアだけで一万人だぞ?」
最悪の場合で4人しか想像してなかっんだ、あまりにも数が違いすぎる。
「きぃひひ、数人だったらやるんだ」
こちらを見透かしたようにネージュはにやにやと笑っている。
「大丈夫だって、りんかちゃんならやれるよ、もちろん私もお手伝いするよ!」
確かにこの妖精の力は強力だ、助力を得られればなんでもできる気がする。
そもそも処理に困っているような連中だ、別に心は痛まない、それにだ。
「皆殺しにしたら転生者はりんかちゃん一人だよ?きっと大事にされると思うな~」
やはり見透かしたようなことをいってくるネージュ。
そうなのだ、異世界転生が問題なのではない、転生者が多すぎることが問題なのだ。
きっと俺一人になれば見方も変わるだろう、憧れていた小説のようにオンリーワンの存在として扱われるだろう。
「あぁやろう」
そう言った俺の表情は前世のように自信に満ち溢れたものになっていた。
「きぃひひ、それでこそりんかちゃんだよ」
心底嬉しそうにネージュは笑っていた。
とりあえずは一万人、途方もない数字だがおそらくなんとでもなるだろう。
目的が定まっている以上、手段は選ばない、何度もやってきたことだ。
いつものようにやればいいそれだけのことだ。
「きぃひひ」
悪魔のような天使の笑顔、そんな顔で妖精は笑っていた。