プロローグ
拝啓、お父様、お母様、ついでに愚妹、苦節18年、ようやく夢が叶いました。
俺は今、天国にいます・・・
穴澤りんか 18歳 男子高校生
家族構成、父、母、妹のどこにでもいる普通の男児である。
ただやっかいなことに『異世界転生』に人一倍敏感であった。
幼少期、りんかは異様にトラックに興味をもった。
記念日となると必ずと言っていいほどトラックのおもちゃをねだり、そして年を経るごとにそれは巨大化していった。
小学校にあがり、何に興味を持つかと思えばそれは交差点であった。
地元の危険な交差点を丹念に調べ上げ、それが功を奏し、自由研究で金賞をもらうこともあった。
もののついでに交差点でまごついている子供や老人の手を引き、近所でも有名なよい子と名をはせもした。
中学校の時分、買い与えらえれたスマホには「異世界で壊れたら困る」と頑強な鎧をつけ、パソコンを与えられれば、オンラインゲームのベータテストに片っ端から応募した。
兵法や神話などのいらぬ知識を片っ端から学び、「どんな状況でも交差点に飛び込めるように」と陸上部に入部しては間違った方向性の脚力もつけた。
りんかの18年は異世界転生の準備期間であったと言ってもいい、しかしその努力が実を結ぶ事はなかった。
そんな彼もいよいよ高校3年生、受験生である。
この物語は彼が通う高校、その生徒指導室から始まる。
「りんか君、考えなおしてはもらえないかしら?」
何度目かわからないセリフを吐いたのはりんかの担任である。
「いえ、お断りします、妹もいますし、家族に迷惑はかけられません」
と、りんかも何度目かわからない返答を負けじとばかりにはっきりと吐いた。
はっ~とばかりに息を吐き、あきれた目を一瞬りんかに向けた担任であったが、キッと真剣な表情を向けると
「あのね、何度も言ったけどうちは進学校なの、就職の実績はほとんどないの」
「それにね、りんかくんは成績もいいし、部活も頑張ってる、国立大学も難しくないし、奨学金も借りられるわ」
「それじゃダメなんですよ!!!」
バカみたいな大声を出したのはりんかである(実際バカではあるが)
「俺には夢があるんです!そのためには就職しなきゃダメなんですよ!」
「何度も言ってるでしょ!うちには就職の実績がないの!このままだとブラック企業よ!ブラック企業!」
バカみたいな大声を今度は担任が出した、悲しいかな、バカな生徒を相手にするにはバカになるしかないのである。
「それは素晴らしい!!」
そんな明後日の雄たけびを聞いてはいられないと、担任はドンドンとわざとらしくファイルを机に打ち付け
「まぁいいわ、君ならどこに行ってもうまくやるでしょ、でもね、考えが変わったらいつでも言ってね、先生力になるわ」
そうりんかの手を握りながら言う担任の目はどこか熱を帯びていた。
「やっぱいい先生だよなぁ」
そんなことをどこか他人事のように言いいながらりんかはいつもの帰路をとぼとぼと歩いている。
「けど異世界に行ったらもう会えなくなるんだよなぁ、ちょっと寂しいなぁ」
当然ではあるが、彼の夢は異世界転生である。
『異世界転生』
今流行りのボーイミーツであり、その多くは交通事故にあった学生が異世界(基本的にファンタジー世界)に転生する話である。
内容は多岐にわたり、設定も様々ではあるが、大別してインチキ能力をつかって女子からちはほやされる話がほとんどである。
りんかもそんな異世界転生小説を愛しており、時間を見つけては憑りつかれたように読んでいた。
しかしりんかの愛は一般的な愛ではない。
その愛と思考は大きく歪んでおり、それら小説を自分が転生した後のことを書いた預言書だと思っていた(作者のことも預言者だと思っている)
そんな愛は年々膨らみ、間違った努力は長年にわたり続けられた。
しかしいくら努力してもどうにもならない問題が存在していた。
年齢である。
基本的に異世界転生の対象者は学生である(それも引きこもり、不登校)
すくなくともりんかはそう思っていた。
もちろんりんかも引きこもり、不登校になろうとした、しかしそれは親の目もあり断念した。
ならばとばかりに必要以上に交通量の多い交差点で通学し、チャンスがあればとばかりに老人や子供の手をひいて横断した。
当然ではあるが、そんな無駄な努力は無駄に終わり、結局異世界転生はできず、現実に向き合わなくてはならなかった。
しかしそこで諦められるほどりんかは賢くはなかった。
学生でダメなら次は社畜になることを決心した。
異世界転生ものの主人公において、学生ももちろん多いが、次に多いのが社畜である。
しかもブラック企業においてかわいそうなほどに酷使されているような人間が対象であった。
そう考えると大学になど行ってはいられない、さっさとブラック企業に就職してチャンスを増やさねば。
りんかがそう考えていたことが先の進路相談のいざこざを生んだのであった。
「ん?」
ぼへらっと歩いているりんかの前に突如としてその光景は現れた。
何度も見た通学路の光景、彼が小学校の時分にチャンス大とチェックしていた交差点、その場所にりんかの願ってやまない光景が広がっていたのである。
迫りくるトラック、そのトラックはまったくと言っていいほど止まる気配がない。
そしてその目と鼻の先にはボールを抱えてうずくまる子供。
なんのことはない俗に言う交通事故の現場である。
なんてことはないものの状況は危機的である、今まさに子供の命が失われようとしているのだから。
大抵の人間はここで動けない、当然である、危機的状況において人間の脳はその動きをとめるのだから。
幸か不幸か、その「大抵」に当てはまらない人間がそこにはいた。
このような状況を常に想定していた人間、他人のために命をなげうつことを憚らない人間。
ここだけ聞けば聖人のように思えるだろう、しかしりんかは聖人たり得ない。
確証のない次の人生、それを信じ切っている狂人。
現にりんかは笑っている、笑いながらトラックの前に飛び出している。
次の瞬間には子供を突き飛ばしていた。
この状況において次に考えるべきは子供の無事である。
しかしりんかはそうは考えない。
『自分だけ轢かれるには助走をつけすぎた』
彼の胸中にめぐる思いはこれであった。
現に彼はトラックの正面からは外れていた。
そんなことを考えていると急に横からの力が加わり、彼の体は宙を舞うこととなった。
「えっ?」
そんな間抜けくさい言葉を吐いていると同時に驚くべき光景が眼前に迫っていた。
もう通り過ぎたとばかりに思っていたトラック。
それが今まさに獲物を捉えた肉食獣のごとく彼に迫っていたのである。
それからはもう事務的に事は進んでいく。
りんかはトラックに轢かれ、大きく宙を舞い地面にたたきつけられる。
あるべきことがあるべきように起こった。
歓迎するべき事態、第二の人生の足掛けになる喜ぶべき事態。
そのはずなのにりんかの胸の内は?マークで占められていた。
自分は誰から突き飛ばされたのか?なぜトラックは自分を待つように止まっていたのか?
薄れゆく意識の中でそんなことを考えていると目前に助けた子供が映った。
自分を助けてくれた人物が代わりとまでにトラックに轢かれた光景。
それを見て彼は何を思うだろう・・・
そんなことを考えていると心配したのか彼のすぐそばに子供が迫っていた。
あるべきではない満面の「笑顔」をその顔に湛えながら。
それが穴澤りんかの「今生」の末期の光景であった。
「ハッピーバースデー」
どこからともなくそんな言葉が聞こえてきた。