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水族館に行き映画を観た数日後に、隣のアパートに引っ越してくる人が居る事を知る。
三階の空き部屋に電気屋などの業者が出入りしてきたからだ。
一階から三階までそれぞれ二室しかない小さなアパート。
一階、二階には人が住んでいるが、三階はずっと空いていた。
えっちゃん達のやれる事は少ない。
廊下を綺麗に片付け、玄関にアケミさんが買っていた女性ファッション誌を束に積み、女物の傘と踵の高い靴を置いた。それくらいだ。
あとは部屋の中で息を静めてどんな人が来るのかを待ち構える。
かなり住み辛くなるのは五人とも分かっていた。相手が公的関係の仕事なら終わる。干渉され通報されても終わる。子供が嫌いな大人も多い。
かといって何処か違う場所に住む場所もない。
隣に住む人が都会特有の無関心な性格だと祈るしかない。
下の住民は誰も無関心でいてくれてる。
えっちゃんが何回か挨拶をした事があるが誰も返事を返さなかった。余計な面倒を避ける人達だった。
引越し屋が来ない。おそらく独り身の若い男。という目星をつけた。
引越し屋を頼むのは家財の多い家族か、女性。
このボロで安アパートに住もうとする人は何かしら抱えてる人が多い。一階は生活保護を貰ってるおじいさん。その隣には足を引きずってるおじさん。交通整理の仕事をしてる。二階は、滅多に居ないホスト風の若い男。そしてアケミさんと同じ夜の仕事の女。たまに彼氏みたいなのを連れてくる。
車の音が真下で止まる音が聞こえた。
[来たね]とケイナが言う。皆、無言で頷く。ケイナのカンは滅多に外れない。
ケンが窓から覗こうとするのをミヤビが止める。
何回か階段を往復するのが物音で分かる。ケンがドアの覗き穴を占領し動かない。
どんな人かをケンに聞いてもよく分からないので、えっちゃんが覗く。
廊下は薄暗くてよく分からなかったが、若い男。身長は170センチくらい。痩せてる方かな。黒髪。髪の毛は長い方。まともなサラリーマンならもう少し短くしてるはず。
えっちゃんはドアから離れて皆にそう言った。皆が質問する。
[ヤクザっぽい?危ない人?]
えっちゃんは否定する。
[日本人?]
少し考える。中華系には見えなかった。
[多分、日本人]
[イケメン?]
ケイナの質問。
[顔はよく見えなかったわ]
えっちゃんの答え。
[公務員とか?じゃなさそうだね]
ミヤビが質問しすぐに自分で答える。
髪の毛が長い事を思い出したのだろう。
ドアのノック。
皆は静かに。でも急いで隣の部屋に隠れた。