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えっちゃんは急いでキャサの所へ。足取りはとても軽かった。キャサは最初から大事件だと思ってなかったようで、早くユダの所へお礼を言いなさい。とえっちゃんをステラマリスへ急かした。
ステラマリス。彩りのネオン看板が並ぶが、そこだけポツンと暗い。照明のせいだがそこだけ休みか?と思うくらい。
それでも小さく古風なランプが小さな看板を照らして営業してるのを知らせてる。
まるで荒れ狂う欲望の海の中の静かな入江みたいな感じに思えた。
裏口をノックする。ドアを開けたのはトオル。
[おめでとう]
まだ何も言ってないのにトオルは言った。
[あ、ありがとう]
えっちゃんはつられて返事。
[あら、やっぱり上手くいったんだね]
えっちゃんはトオルはカマをかけたと思ったが、
[あの若者達は皆逃げ切ったよ]
トオルが茶目っ気たっぷりで言った。
[なんで知ってるんですか]
思わずえっちゃんはたじろぐ。警戒する。無意識の反射。
[まぁ嫌でも情報は入ってくるんだよなぁ]
トオルは笑顔で答える。いつもトオルの目は笑ってる。全てを楽しんでるように思える。
[お礼はほっぺにキスでいいよ]
とトオルは顔をえっちゃんに近づける。
[トオル]
ユダの声。トオルは笑った。
[中へ]
ユダの静かな声。ユダも知ってるのだろう。
店内ではなく、小さな部屋に案内される。あまり装飾はなく生活感のない部屋。かと言って事務所とも思えない部屋。
[うまくいったみたいだね]
ユダが言う。二人きり。トオルは部屋に入って来なかった。イスと机があるけど二人とも立ったまま。えっちゃんは、
[うまくいきました。本当にありがとうございました]
と深くお辞儀と感謝を述べた。
[うん。こっちもありがとう。助かったよ]
ユダが言ってイスに座るように手でかざす。
[私は何にも感謝される事はしてないです]
えっちゃんは座ってから言う。ユダは答えない。沈黙。
時計の音。ふと気付く。この部屋に時計が三つある。
ユダは机の上を見つめてるだけ。
[なんで怖がらない?]
唐突にユダが言った。
[え?怖かったです。とても]
怖かったのは間違いない。でも怖さよりもなんとかしないと。という想いが強かった。
[いや、今さ]
ユダが言った。指輪を渡した時の事ではなかった。
ユダとの今。怖さはない。気まずさもさほど感じてない。ユダのペースに合わせてるだけ。えっちゃんは思った事をそのまま口にした。
[人生経験が豊富なんだね]
ユダは言った。えっちゃんの返事を待たずに、
[普通の人なら気まずさや焦りとか出るんだけどな。心が穏やかではなくなる]
[でもえっちゃんは落ち着いてる。慣れてるんだな]
一人で話し一人で納得してるような話し方。
[ありがとう。おそらくえっちゃんは適応能力が高いんだな]
そこでユダはえっちゃんの視線に気付く。ユダは笑った。
[えっちゃんにはこのままどんどん進化してもらいたいから全て話すよ。まずは今日の事を教えて]
えっちゃんは今日の事を話し始める。




