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[少しだけ時間くれないかな]
[ダメだ。今すぐだ]
[二人なら]
リン一人だとまたリンが元の性格に戻ってしまう可能性がある。せめてケイナと一緒なら。
マーロンの思考。一人だと逃げられる。一人より二人の方が逃げられる可能性は低くなる。
[男はダメだ]
マーロンの言葉にえっちゃんはうなづき言った。話題を逸らす。
[一千万円。それ以上は払えない。二度と関わらない事だけは約束して]
えっちゃんはお金の魅力を思い出させる。金は思考を分散させる。手にしたら何に使うか必ず算段するだろう。
[お前こそ一千万。しっかりと持って来いよ]
えっちゃんの裏を読もうとするように睨みつける。えっちゃんはうなづく。
[車で三十分待つ。来なかったら迎えに行く]
そう言って、男達は車へ向かって行く。
えっちゃんは急いでアパートの階段を上がる。
皆は起きていた。服も着替えいつでも逃げられる準備で。
ケンとリンが抱きついてくる。
えっちゃんは説明する。
[絶対に大丈夫だから。反抗したらダメよ]
ケイナがリンの肩に手をやり励ます。だがケイナの手も震えてる。ケイナの不安がえっちゃんの胸に伝わる。
[明日の夜には終わってるから。そしたらご飯食べに行こうか。どこでもいいわよ]
えっちゃんは笑って言った。皆は笑わない。
[とりあえず笑おうか。笑えない時に笑うのは大事なんだってさ]
えっちゃんはトオルに言われた事を言った。笑えない状況。
[水族館楽しかったね。また行こうね]
えっちゃんは笑顔のまま話を続ける。
[遊園地がいい]
ケンが言う。
[分かった。必ず遊園地行く。約束くるわ]
ケンがうなづく。ケイナに言う。
[お化粧してもいいから。だから笑って]
誰かが先に笑ったか分からないが、皆笑顔を見せる。はかない薄い笑顔。
[ほら、もっと笑って]
えっちゃんは笑う。小さいが笑い声が部屋の中に飛び交う。虚ろだろうが構わない。
[とにかく、ねぇねが守る。必ずね]
えっちゃんは、リンとケイナを連れて下に降りる。
車からマーロンだけが出てくる。えっちゃんが口を開く。
[一千万だからな。危害は加えない。それだけは約束する。だから逃げるなんて考えるな]
えっちゃんもリンもケイナもうなづく。
えっちゃんは迷う。二時前に来るな。と言うか、リン達は連れて来ないで。と言うか。
[明日の二時半に高架線の下の空き地で]
えっちゃんは言う。あのトンネルを抜けた左側の場所。
[二時過ぎに行くわ]
とマーロンは言い、ケイナとリンに顔で車に乗れと促す。
[二時前には来ないで]
えっちゃんは前者を選択。ほんの少し言い淀む感じで言った。
[約束は守る]
マーロンは言う。間違いなく早く来るだろう。
えっちゃんは二人に大丈夫。と目で訴える。二人が車に乗りドアを閉めようとした時にガリがスルリと車に乗り込んだ。リンがガリを抱え込む。
えっちゃんが声をかける間もなかった。
隣に座ってた男が怒鳴る。マーロンが止める。チラリとえっちゃんを見て、
[こいつも預かっておく]
とマーロン。
エンジン音。遠ざかる車の中から泣きそうなケイナとリンの顔。
えっちゃんは見守るしかなかった。
ケイナとリンを乗せる為か、男が二人その場に取り残された。
一人は大柄な男。歩いて帰るのかと思いきや、目の前の小さな公園のベンチに座り込む。見張り役。
見張りを嫌そうな雰囲気ではない。言われた事だけを忠実に実行するタイプ。
16歳か17歳か。俊敏さは無いが威圧感は存分にある。
えっちゃんは三階を見上げる。ミヤビがコースケの部屋の窓から覗いてる。
カギを返してなかったのだ。




