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全員なかなか寝付けなかったが、それでも眠りについた。
翌朝はえっちゃんが早く起きた。続いて全員起き出す。気分は昨夜と変わらず重たく暗い。
一昨日貰ったパンを食べる。モソモソで硬くて。皆の心の中のよう。それでも皆黙って食べた。不安を飲み込むように。
昼前、早めにえっちゃんは出掛ける。ユダに会うために。階段を降りる。窓から皆が覗いてる。あんな眼差しは見たくない。させたくない。
なんとしてでも。えっちゃんは強く思った。
約束の店に行く。ステラマリス。遠巻きに眺める。シックな店構え。スナックではなくバーだろうか。女性が一人出てくる。身を隠す。女性は辺りを見回してる。時間はまだ11時30分。早く来る事を知ってるようだ。
[お、お客さんかな]後ろから声をかけられる。
[驚かしてごめん]
えっちゃんが振り向くと同時に声の主が言った。
五十代のおじさん。背はキャサと同じくらい高い。身なりはしっかりとしている。白髪混じりのオールバック。首元にシルバーのネックレス。革ジャン。スラッシュジーンズ。洗練されている格好。時計もセンス良い。おそらくどれもお金がかかってるのだろう。
逃げ出せる準備をして身構えた。が歩いてる人も多い。地方から来た観光客もいる。下手な事はしないだろう。
男はえっちゃん越しに手を振った。振り向くと女性も手をあげている。ユダとなんらかの関わりある人。
[まぁまぁ。警察来ると困るから中に入りましょ]
ずいぶんと軽い口調。顔さえ見なければ若い。若さ故の軽さでない。余裕のある軽さ。馴れ馴れしいのだが、すんなりと心に入り込む雰囲気。
[困ってるのは君よ。どうするの?]
嫌味な言い方だが、心配してる口調。
[なんとかしてくれるから大丈夫っしょ]
えっちゃんの無言な態度を全く介せず、むしろそれを楽しんでるように会話を続ける。
[とりあえず笑おうよ。ねっ]
笑える要素がない。と、えっちゃんは無言。
[笑えない時に笑うのは意外と大事よ。ホントに。騙されたと思って笑ってみてよ。これ大切。見方変わるから]
最後は真面目な態度で彼は言った。えっちゃんは仕方なく口を横に広げた。
[んー。可愛い!]
[何やってんのよ]
男の声に背後から女性の声が重なる。
[なんかテンパってたからつい]
男は笑って言った。
[いやぁこんなに可愛い子がさ。眉ひそめて怖い顔してるのはもったいないじゃん]
男はよく喋る。
[いらっしゃい。中へ入りましょ]
細く長くしなやかな指先がえっちゃんの肩にそっと置かれた。三十代。笑い目ジワが逆に妙齢な女性にしか出せない魅力を引き出していた。自分の武器を最大限に活用している。引き出している。化粧もネイルも服装も全て完璧。そんな風に思えた。
物腰が優雅な女性。根が軽い中年。そして距離の測れないユダ。
カテゴリー分けをするなら、どこにも属さないタイプ。えっちゃんは素直に店内に入る。まるで導かれるかのように。
[奥にユダがいるわ]
と、女性が言った。
[トオルはこっち]
軽い中年はトオルというらしい。
[分かってるって。ねぇ、帽子取ってみてよ]
トオルは遠慮なく言った。えっちゃんは素直に帽子を取る。
[うん。可愛いな。エンジェルと言われてる事だけはある。よくも今まで隠れていられたねぇ]
[はい。そこまで]
女性がトオルと呼ばれた中年の話を止める。
[じゃあね]
トオルはウィンクをしてえっちゃんから離れた。えっちゃんは女性に頭を少し下げた。女性は笑顔で答えた。他の人がやったら芝居がかった作り笑顔になる笑顔だった。




