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三階建ての細長い古びたアパート。管理人がほったらかしなせいで、コンクリの外壁にツタが這っている。その三階にある一部屋の窓。薄汚れてる白い紐が一本ぶら下がってる。
少女はその窓を見上げてから階段を登る。
ドアの前。廊下には新聞紙や封の開けてない封筒。ビラ、チラシ、雑誌が錯乱している。昨夜に出掛けた時から変わってない。つまり、誰もここに来た人は居ない。
静かにカギを開ける。部屋の中は薄暗いが電気をつけずに帽子を取り、服を着替える。ポケットの中のサイコロ。取り出して振る。三の目。そのままカギと棚へ。
ミヤビが起きていた。
[また夜更かし?]
少女は眉をひそめて小さな声で言った。
ミヤビは[リンが]と答えた。
少女は納得した。リンは物心つく前からずっと虐待を受けていた。嫌な夢で、うなされたリンに気付いてミヤビは起きていたのだ。
リンはムクリと立ち上がり[ねぇね]と少女に抱きつく。少女はリンを包むように抱き締める。リンは少し震えていた。
[一緒に寝ましょ]
少女の言葉に無言で頷くリン。
時計は朝の5時30分。
少女はミヤビの頭をポンと叩いてからリンの布団に潜った。リンの身体は冷たかった。が眠気がすぐに訪れて少女は寝入った。
少女が起きたのはお昼前。隣の部屋のガサゴソと物音で。
[ごめん。起こした?]
そう言ったのはケイナ。かすかに英語訛りの入った日本語。
鏡から目を離さず髪の毛を整えてる。少女は首を振りリンの寝顔を見る。ぐっすりと寝ていた。少女はリンを起こさないようゆっくり起き出す。眠気はもう無い。
[ご飯]
と、寝転んで本を読んでるケンが言った。その本は中国語の絵本だった。
[言えるようになった?]
少女はケンに言う。ケンは少し小さい声で、たとたどしくも絵本の文字を言い始める。
二部屋と小さな台所。そのアパートに少女を入れて五人が住んでいる。
少女以外は全員小学生くらい。
皆、誕生日はおろかハッキリとした年齢を知らない。誰もがあいまいな記憶を辿った年齢を言った。
ウェーブのある髪の毛を編んでるのがケイナ。小学校六年生。浅黒の肌と顔付きからラテン系の血が入ってる。外に出られるはずもないのに毎朝飽きる事なく髪の毛を整え、眉の手入れ、どこから手に入れたのか化粧水まで付けてる。口紅とかの化粧は少女が取り上げた。
窓の外を眺めてるのがミヤビ。小学校五年生。おそらくフィリピン人と日本人の子供。遊び盛りなのにかなり我慢をさせている。最近、働きたいとすら言い始めた。
寝ているリン。小学校五年生。リンだけが中国人の父と日本人の母から産まれたと断言出来る。リンは両親から逃げ出した。
中国の絵本を読んでるのはケン。小学校一年生。出逢った頃は一言も喋らなかった。口を開いた言葉は台湾語だった。しかも福建省の出。おそらくそれで虐められた経験があるのだろう。
少女も含め誰もが、年齢以上の考えを持ち合わせてるのだけは確かだった。