.16
振り返りたい衝動を抑えながら、えっちゃんは仕事へ向かう。
危険信号は出てない。が味方とも思えない。全てを利用してる人。が今のところの結論。
えっちゃんも無意識に使うのだが、意図して黙った態度を取る事がある。こちらのペースにさせる。主導権を掴む為に。沈黙は自分の思考より相手の思考で物を考えるようになる。
何を考えてるのだろう。と。そう思った瞬間、自分よりも相手を優先する思考に切り替わってしまう。
もちろん、えっちゃんは感覚でしか分かっていない。
仕事中もユダが気になって仕方なかった。それにコースケの事も。そして万引き少女の事。一度に起こり過ぎた。
少なくとも今までとは違う流れの中に居る事だけは分かった。
これから先、必ず落とし穴はあるし、必ず落とし穴に落ちる事は覚悟した。
いかに軽傷で済むか。だけを考える。
えっちゃんの想定以上の大きな波に飲まれてしまう事になるとは、今のえっちゃんには気づかなかった。
仕事だけはずっと変わらない。ラブホテルの清掃。お客様の帰った後急いで風呂掃除から始まりシーツの取り換え、ゴミ捨て。それを何部屋も繰り返す。それから次の仕事場へ。裏通りの更に細い裏通りから中華料理店の裏口へ入り、狭い台所に山のように積まれてる茶碗を片っ端から洗う。
どちらも誰からも見られる事のない場所。従業員も日本人は一人も居ない。ほとんど無口で無関心。挨拶ですら最低限。
たまに近づこうと声をかけてくる人が居るのだが、えっちゃんは中国語、英語を知らないフリする。笑顔で曖昧な返事をし距離を置く。ほとんどが東南アジア系。
どちらの職場もえっちゃんの容姿には似合わない場所。




