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ガリは、えっちゃん達の部屋に入ろうとはしなかった。
廊下の窓ガラスの柵に飛び乗る。そこを住処に決めたらしい。
窓ガラスには鉄の棒がハマっていて、ガリの大きさでは通り抜けできなさそうだった。
えっちゃんが仕事に出かける時にガリが一鳴きした。
[守ってるよ][助けるよ][面倒みとくよ]
そんな感じの事を言ってるような雰囲気を感じた。
えっちゃんは、警戒してるカラスの鳴き声とかは、なんとなくだが分かってしまう。それで助けて貰った事が何度もある。
[ありがとう]
とガリに声をかけて、えっちゃんは階段を駆け足で降りた。
最近ずっと楽しい事が続いた。身体を少しかがめて辺りを見渡す。気配のアンテナを拡げる。
そう。これくらいでいい。浮かれすぎると何かを見逃す。
えっちゃんは自分を戒めてフードを深く被り表に出た。
空気と化すように、周りの行く人々の群れに混ざるように。自分の存在を薄くする。でも目と耳は絶えず過敏に。
直感に従うように。かと言って考えないのもダメで。
途中、普段は通らない道へ行く為に迂回する。別に目的も意味もない。アンテナには引っかかるのも無い。勘違いかもしれない。気まぐれかもしれない。それでも直感に従う。時間は大丈夫。
どちらの仕事も安い代わりに遅刻の融通は利く。
[あら?えっちゃんじゃない?]
目の前にオカマのキャサリンが居た。誰がどう見ても男だと分かる。派手な化粧に見劣りしない派手な服を着ている。
ミルキークイーンというダンスバーのママ。若い頃はSM嬢をやっていたという噂もある。身長は高い。180センチ。もう少しあるかも。胸元に軍隊の偉い人が付ける勲章のように様々なメガネを何本も縫い付けてあった。
[おはようございます。キャサリンさん]
えっちゃんは挨拶をする。この世界は夜だろうが真夜中だろうが最初の挨拶は、おはようから始まる。
[あら、キャサでいいのよぅ]
キャサはオーバーな手振りで答えた。
[あんた、運がいいわよぅ。ダーリン紹介するわ]
とキャサは隣に居る男の腕を組もうとするが男は組ませなかった。
[冗談よ]キャサは男の肩を叩いて[ユダっていうのよ。この辺の事はたいがい知ってるわ。もちろん貴方の事もね]
最後の方は声を潜めて言った。
えっちゃんは身を低めて男を見る。
二人とも五十代。若く見ても四十代半ばだろう。キャサはヴィックで分からないが、男の方の髪は黒かった。肌も張りがある。
でも何かがおかしい。と思った瞬間、その何かが分かった。
目の黒い部分が大きい。白目のフチの部分が少ないというのだろうか。
雰囲気も他の人と何かが違う。コワモテというより童顔に近い。暴力や血生臭さの怖さではない。何者なの?という怖さだ。
えっちゃんは挨拶をする。
[えっちゃんだろ。家族を抱えて大変だね]
表情は笑ってるのだが目は笑っていないように見える。
えっちゃんは軽くお辞儀をして沈黙する。彼のイメージや、彼との距離感が全く沸かない。
敬うべきなのか、単なる人見知りな関係な立場に置くのか。それに[家族を抱えて]という言葉を彼は言った。
カマをかけてるのかもしれない。全てを知ってるのかもしれない。
沈黙をキャサが破る。
[怖がってるじゃないのよ。ダメよ。そんなんじゃ]
えっちゃんやユダに気を遣っての言い方ではない。思った事を口に出した言い方。
二人の仲は良い。長い付き合いの関係だと感じる。
[ごめんよ。僕はいつもこんな感じなんだ]
ユダは笑って言った。目は動かない。おそらくその笑いが普通なんだろう。
物腰が丁寧な人。威圧感を出せるのに出さない人程、自分に自信がある。コースケとは違う物腰の柔らかさだった。
[もう時間無いので。キャサさんありがとうございます。ユダさん。よろしくお願いします]
と深く、だが素早くお辞儀をして去った。振り返る事はしなかった。
[ねぇ、ユダ、なんであの子がえっちゃんって言うか知りたいでしょ]
キャサがえっちゃんの後ろ姿を見つめながら言った。
[エンジェルだからだろう]
ユダが返す。
[なんでそれを知ってるのよう]
キャサはわざと大きく口を開けて言った。それから一つため息を吐く。
[いつまで続くかしらね]
ユダは何も答えなかった。キャサの言葉は独り言になった。




