第二話
人面瘡。
人の顔の形をした腫物だと言われている。双子の片割れが一方に取り込まれたことで生まれたという事例もあるそうだ。これはこの先生のところに勤め始めてから知ったことだ。
とは言っても、今まで眉唾だと思って信じてもいなかったが。ただ、この手の怪談じみた話はこの医院では珍しくはない。何故か、この医者はそういう患者が最後に一縷の望みを持って尋ねてくる場所でもあるのだ。
そんなわけで奇怪な現象には慣れているつもりの私ではあったが、これには驚かされた。それはまさに顔である。目がある。口がある。鼻の穴のようなものもある。それがきちんと顔のパーツが膝の上のしっかりと収まっているのだ。
見ようによってはそれをただのシワだと言いきってしまうことも出来る。目や口があるものの、それは開かれているわけではない。しかし、それがいつか開かれて、こちらを見るのではないかという恐怖は感じた。そのとき、私はいつ目を合わせるか分からない人面瘡に飲まれていたのかもしれない。
「なるほど、これは・・・すごい・・・・」
そう言いながら、先生は微笑んだ。人面瘡は彼の興味を惹きつけるには効果的だったらしい。先生は元々、この手の奇怪な現象が大好きなのだ。そのために医師をやっていると言ってもいい。
「そんなに見ないでください・・・・」
女性はまるで裸を見られているかのように羞恥心で顔を赤らめ、先生から視線を逸らした。それほど、彼女にとってこの人面瘡は恥ずべきものだったのだ。
「それでは、早速、切除いたしましょう」
先生は何の感慨もなく言った。あの薄気味悪い人面瘡も、先生にとっては一度見てしまえば、興味も恐れもなくなってしまうようであった。ただ、患者の女性は違っていた。
「ちょっと、待ってください!どうして、そんな簡単に切り取ろうなんて口にできるんですか?これは、私の姉さんかもしれないのに!」
女性は顔を真っ赤にして怒鳴った。それに先生は困惑した表情を浮かべる。
「姉さんとは?」先生は尋ねる。
「私の、3年前に死別した、双子の、・・・・姉です・・・・」
私は息を呑む。途端に彼女の膝の人面瘡が女性と同じ顔に見えた。
「姉は3年前、交通事故で亡くなりました。そのとき、私は姉と喧嘩をしたんです。そのことで姉は運転ミスをして事故にあったのではないか、そう思うのです・・・・」
女性は極力、精神を落ち着かるように、ゆっくりと話した。話しながら、彼女の体は小刻みに震えていた。それは口に出したくない事実だったのかもしれない。
「なるほど、あなたはずっとそのことを気にしていたのですか。さしずめ、この顔はあなたの姉のもので、お姉さんはあなたを恨んで人面瘡になったと、そう言いたいのですね」
先生はため息交じりに言った。どうやら呆れているらしい。
「先生も信じていらっしゃらないのですか?」
女性は先生を睨んで言った。異様な空気が漂う中、さらに険悪な空気も部屋を覆う。
「信じるも何も、これはあなたの姉の顔じゃありませんよ」
「え?」
「いくらなんでも、喧嘩したからと言って双子の妹の膝に人面瘡を遺すわけがないでしょう。それは考えすぎと言うものです」
「しかし、それじゃあ、この顔は?」
「その顔は男の顔です」
「え?」
女性は意外な言葉に驚愕の表情を浮かべた。いや、彼女だけでない。私も恐らく同じような顔をしていたのかもしれない。それほど、先生の言葉は意外なものだった。
「大方、どこかの悪い怨霊が精神的に弱ったあなたの心の隙に付け込んで、そのような忌まわしきものが出来たのでしょう。気にすることはありません。さっさと取り去ればいいのです」
そう言うと、先生は傍に置かれたトレイからメスを掴むと彼女の膝を強く押さえて、一気に人面瘡を切り裂いた。メスは人面瘡の口に当たるところを切り裂き、そこから血と膿が吐き出された。それは本当に人が吐血をしているように見えた。
そして、目や鼻に当たる部分からも血が飛び出す。そして徐々に顔が小さく萎んでいった。そして血にまみれた膝はただの傷跡になった。
「早く消毒をしなさい」
先生のその一言で私は自分の置かれた立場を認識した。私はすぐに消毒用のガーゼに消毒液を浸すと彼女の膝に当てた。彼女は一瞬、痛みに顔を顰めたようだが、すぐに平静を取り戻した表情になった。いや、と言うよりも、何か憑き物が落ちたような放心した顔なのだろうか?
「すべてはあなたの妄想です」
そう言って先生は私からガーゼを奪い、患者の膝を拭いた。そこには何の変哲のない膝があるだけだった。