第一話
彼女は人目を憚るように周囲に目を配らせながら、入室した。
「お掛け下さい」
先生は入室した女性に素っ気なく声をかける。女性は先生と対面するアンティーク風の椅子に恐る恐る腰かけた。
「それで、どのような症状なのですか?」
先生は眉間にシワを寄せて、レポートらしき用紙に目を通す。先生は目が悪く、度の強い眼鏡をかけている。それでも字を読む際には精一杯、目を凝らす。そうすると、普段から不機嫌そうな顰め面が、さらに人相を悪くさせる。とは言っても、体格は病的なほど貧弱で小柄なので、怖さはない。ただ、相手に与える印象はよくなかった。
「私はやはり祟られているのでしょうか?」
女性が尋ねる。20代半ばではあるが、心労のせいか、酷く老けて見える。目鼻立ちが整っている分、それは余計に哀れに見えた。
彼女はここに来るまでに幾つもの病院に通っていた。しかし、どこも彼女の納得がいく診断結果を与えてくれなかった。その結果、たどり着いたのが、うちのような流行らない小病院。医師はこの不健康を絵にかいたような先生のみ。行きついたというより、たらい回しにされた挙句、押し付けられたと言う方があっているかもしれない。それほど、うちの病院は最悪であった。
私はそんな病院で看護師をしている。大病院に勤められるようなほど、勉強はしてなかったし、仕事に対する意欲も強くはない。ここなら暇だろうと思って就職したのだが、それは浅はかな考えだとすぐに思い知らされた。ここは流行らないが、ある特定の人間にとっては最後の希望と言える特殊な病院だったのだ。
「祟られているかどうかは、診てみなければ分かりませんね」
先生はそう言って、用紙を背後の机の上に置いた。この用紙には今まで彼女が通ってきた病院のカルテをまとめたものである。そこには非現実的な病名が書かれていた。
「分かりました。確かに診てみなければ分かりませんものね・・・・」
そう言うと女性は暗い紺色のロングスカートを膝上にまでたくし上げた。そこには包帯でグルグル巻きにされた左ひざがあった。これが彼女を苦しめる病気の原因なのだろう。私は息を呑む。
「痛みはあるのですか?」
先生は労わるように包帯の上から彼女の左ひざを撫でた。女性は一瞬、顔を歪ませる。痛みはないようだが、触れられることには抵抗があるようだ。ただし、それは異性に撫でられると言うセクシャルハラスメント的な理由ではなく、ここに来た原因による抵抗だろう。
「包帯、外しても構わないですね」
先生は感情のこもっていない口調で尋ねた。女性は躊躇した表情になったが、すぐに観念したように「ハイ」と頷いた。
私は先生の前までワゴンを押してくる。そこには医療用のハサミや消毒用の薬品が置かれていた。すでに事情は伝わっているので、準備はしてある。
「もし痛みがあるようでしたら、声をかけてください」
そう言うと先生は彼女の左ひざを強く押さえて、一気にハサミで包帯を切り裂くと、彼女が反応するよりも早く、包帯を取り去った。見た目の弱々しさから想像できない強引な早業だった。
「イヤッ」
女性が包帯の外された左ひざを手で隠そうとする。しかし、それよりも早く先生がその手を払った。そのとき、私は思わず、彼女の左ひざをハッキリと見てしまった。
「・・・・・・・」
言葉が出なかった。悲鳴を発したかったが、その悲鳴も喉の奥で止まった。それどころか、息の仕方も忘れそうになった。それほどの衝撃的な光景がそこにはあった。
「なるほど、これが・・・、人面瘡か・・・・」
先生も彼女の左ひざにはショックを受けたようだ。そこには確かに顔があった。青黒く変色した薄気味悪い顔が・・・・。