5話『決戦の時、輝く刃』
その日は雨が降っていた。
だから私、早乙女郁はお気に入りだと思う傘をさして登校する事にした。
お気に入りだと思う、そんな言い方をしたのには勿論理由があった。
一つはこれが菅くんに貰った物だから。
やっぱり気になっている人に貰った物だと、自分で買った他の物よりも大切にするし、よく使うのが私だった。人によっては大切な余り使わずに保管しておく性格の人もいるけど、やっぱり使ってあげた方が私に上げた人も喜ぶと思うからだ。
もう一つは、何故か毎日持って行っているから。
私はこれを貰った日から毎日、それこそ晴れだろうと関係無く持っていた。当然、私は持って行くつもりはなかったけど、家を出る時にはいつも手元にあって、何故か置いて行こうという気にもならなかった。別に邪魔にもならないので気にしない事にしたけど、やっぱり菅くんから貰った物だからなのかなと思う。
だから今日、貰った傘をちゃんと使える事が少しだけ嬉しかった。やはり傘は雨の日に使うものだから。
「やぁ」
そんな私に声を掛けて来たのは白衣に丸眼鏡の男性だった。その見た目はまさに物語で出てくる研究者の姿で、私はそんな姿の人を初めて見た。
初めて見た、その筈なのに私は目の前の男性に何処か既視感を感じ、私の中の私じゃない部分が酷く警鐘を鳴らしていた。
「君が地上に降りているとは思わなかったよ、と言っても最初の方だけだけどね。天にいないって事は地上にいるって事だからね、誰だってすぐに気づけたよ」
男性は私の知らない何かを私に向かって話しかけてきた、何だか恐ろしさを感じた。男性にとって目の前にいる私は興味のない存在で、いつ消しても問題が無いような。
「と言っても君の事はついでにしか探せなかった、他の用事が大量にあったからね、でも見つけられた。これは幸運だったね、運命かもしれない」
私は今すぐに逃げ出したかった、でも足は竦んでしまったのか動きはしない。
私は今すぐに助けを呼びたかった、でも周囲に人は誰もいなかった。
「さて、これ以上は時間はかけられないしね。あの日言った事をやろうか、言ったよね?ヴァルキリーの研究は君でしたかったなぁ、って。じゃあその前に、表層意識には消えて貰おうか」
そう言うと男性は私に手を伸ばしてきた、私に出来る事は何も無かった。だから最後に声を出した。
「助けて」
「待たせた」
声と同時に彼は目の前の男性を殴り飛ばした。私はそれを見たからか、助けが来たからかともかく力が抜けてしまった。
私の目に最後に映ったのは白馬の王子様の様に私を助けてに来てくれた、菅くんの姿だった。
「っと、すまなかった、もう大丈夫だ」
一瞬、倒れそうになった早乙女さんだがすぐに持ち直す。既に瞳は黒から金に、意識は早乙女さんからヴァルキリーに移っていた。
確認すべき事は確認したので意識を俺は早乙女さんに何かをしようとしていた男性に目を向ける。
白衣に丸眼鏡、まさしくといった目の前の男こそが俺たちが探していた人物、研究者であろう。
「あ、あ"ぁ、ふごししゃへりにくいね」
そう言いながら研究者は立ち上がった、先ほどの攻撃で少々喋り辛そうではあるが思ったよりはダメージは入ってない様に思える。
すぐさまこちらは攻撃を仕掛けられる様に構える、ヴァルキリーも持っていた物をその辺りに置いて神槍をその手に呼び出していた。
「疾っ!」
最初に一撃を繰り出したのはヴァルキリー、神槍は真っ直ぐに研究者に向かって突き出される。
神槍には全力の力は込められていない、だがそうでなくてもその一撃は大抵のモノなら必殺に至る威力が込められているだろう。
だがその必殺が研究者に届く事は無かった。
「面倒な奴だな」
いつの間にか以前見たのと同じであろう黒い獣が研究者との間に現れたからだ。神槍は黒い獣に受け止められ、速度を落とす。
黒い獣の出現に警戒して足を止めたこちらと違い、必殺が失われても構わずに神槍を押し込むヴァルキリー。
結果、神槍は黒い獣を貫き、神槍は研究者の元に届かなかった。
だが研究者への壁はこれで失われた、筈だった
「研究者、貴様」
「プレゼントという奴だよ、受け取ってくれるかな?」
黒い獣は神槍に貫かれながらも離そうとせず、動きを止めたヴァルキリーに複数の黒い獣が襲い掛かる。
何処に隠れていたのか、新たな黒い獣はヴァルキリーの神槍を受け止めたモノより小型で速度があった。
そしてそれはこちらにとって有利に傾いた。
「スタン、バースト!」
両手を獣のに向け、叫ぶ。
その瞬間、ヴァルキリーに向かっていた獣達は動きを止め、倒れる。
その隙を突いて神槍を受け止めている獣に接近、速度を乗せた掌底を叩き込む。
黒い獣は神槍を手放し、掌底によって研究者に向かって吹き飛ぶ。
研究者は特に驚きもせずにゆったりとその場を離れ、黒い獣は近くの壁に衝突し、動かなくなった。
俺はその隙に体制を整え、研究者と向き合う。
「おやおや、これは思ったよりも大変ですね。そちらのお方がこちらの予想以上に面倒そうだ」
「そっちもな」
研究者の軽口にこちらも返事をしながら自分の武器の様子を確認する。
こちらが今やったのはこちらの武器、スタングローブの力だった。簡単に言えばスタンガンの機能の付いたグローブだが、その機能を全力で発揮すれば今の様な事も可能だった。
バーストは指向性の電撃を放つ技であり、威力と共に対象を分散させる事が可能な為に先程の様な小型の敵を散らすのには重宝する。
大型の黒い獣を飛ばした掌底は相手に電撃を直接叩き込めるのでバーストよりも威力は高いが、当然相手の懐に飛び込む必要がある。
他にも機能はあるがこの様に複数の機能があり優秀なのだが基本的に全て電力を消費するという点が欠点でもあった。
特にバーストは消費が大きく、その直後の掌底の使用した後には電力の残りは少なくなってしまった。
その為に俺は追撃を諦め、バレない様にスタングローブのバッテリーを交換する。
「大丈夫か?」
「すまない、助けられた」
ヴァルキリーの様子を確認するが特に怪我等をした様には見えなかったので、すぐに研究者へとその視線を向ける。
こちらから少し離れた所に立っており、向こうから動く様子はなさそうだ。しかし先程の様に何処からか黒い獣が襲い掛かってくる可能性は高い為に油断は出来ない。
それに今は二人しかいないのだから尚更だ、どちらかが重傷を負えばどうしようもなくなるだろう。
「ふむ、援軍は貴様だけか?」
「えぇ、むしろそちらのお方が来たのも驚きですよ」
ヴァルキリーの疑問に研究者が答える。不愉快な顔になったヴァルキリーがこちらに視線を向けてきたのでこちらも頷いて答える。
「色々な場所に黒い獣が現れて他はその対処に当たっている」
玖水先輩、良上さん、それに派遣されて来た援軍の人達はそちらの対処に当たり、俺だけがこちらへと向かう事が出来たのだ。
当然、その処理を終え次第にこちらに向かって来る様にはなっているが、ここまでの事を起こしたのだ。当然、研究者にも援軍が来る前にこちらを仕留める手段があるだろう。
ならば俺のやる事は一つ、ヴァルキリー、引いては早乙女さんを守りきるだけだ。
「特殊異人保護衛部、管理人
突撃!」
覚悟の宣誓と共に駆け出す。
「甘いなぁ、甘い甘い」
当然、次々に黒い獣が現れるが全て小型。電撃を纏った一撃で打ち払いながら研究者へと突撃する。
そうして動きの鈍った小型を結果として後衛になったヴァルキリーが止めを刺していく。
本来なら時間を稼ぐべきかもしれないが相手の戦力は全くの不明、それならと俺は考えを変えた。
攻勢防御、研究者がヴァルキリーを狙う暇を与えない程にこちらが研究者を攻めるだけだ。
一気に研究者へと距離を詰め必殺の一撃を叩き込もうとしながらも、俺は研究者の余裕が気になった。
俺と研究者の距離はもう間も無く、しかし研究者が何かしようとする形跡は無い。
それなら、
「バースト!」
直接叩き込む予定だった電撃を解き放つ、先程の大型への一撃よりは弱いがそれでも強力な電撃だった。
しかしそれが研究者に届く事は無かった、それどころか黒い何かがこちらに向かって襲い掛かってきた。
しかし少し距離が空いていた事が幸いして俺とヴァルキリーに当たる事はなく、黒い何かはその手前に突き刺さる事になった。
すぐさまバッテリーを変えながらその黒い何かを確認する、それは研究者の背中から生えた触手の様なモノに見えた。
「うーん、残念、惜しかった様に見えたけどそうじゃなかったって事になるのかな?」
「まぁな、そんなに余裕を見せてたら何かあるって思うだろ」
と返したものの実際は賭けに勝っただけで、直接じゃなくバーストにしたせいで止めを刺せなかったという事態に陥った可能性すらあった。
しかし、あの研究者の背中から生えている触手、あれがどの様なものか理解しない限りはこちらの勝ち目は薄いだろう。
なんせこちらの手の内は殆ど見せてしまったのに対して、触手に関してこちらは何も理解出来ていない。
「下がって」
ヴァルキリーに対してそう言うと俺は再び研究者の元へと駆け出す。
あくまで俺は攻める事を選択、しかしヴァルキリーには後方に居てもらう。
触手の動きを理解しなければいけないが相手は未知の存在、なら俺が囮になってその正体を探るべきと考えたからだ。
それにヴァルキリーには神槍の一撃があるので、最悪それで何とかしてもらうかもしれない。
ヴァルキリーはこちらの意図を理解してくれたのか、それともただ指示されたからなのか、ともかく共に攻撃をしようという動きは無かった。
俺は完全に意識を研究者、それと触手のみに向けて攻撃を繰り出す。
しかし触手がこちらを地面に縫い付けようと上から襲いかかる、しかし先程と同じ動きなので難なく横へ回避。
それだけでは終わらない、次は触手でなぎ払って来るがわかりやすい。だが敢えてスタングローブで受け流して電撃への耐性を確かめる。
するとなぎ払いに使った触手は動きを鈍らせるが、本体とこちらに襲いかかる他の触手の動きが鈍る様な事は無かった。
触手を観察していると今度は二本の触手が振るわれたので後退しようかと思ったが、まだバッテリーは残っているので打ち払う事に。
すると今度は三本、流石にこれ以上は無理をしないと踏み込めそうにないので後退する事にする。
研究者を一撃で落とせるという確信があるならまだしも、そうで無いのに無理をする必要はないからだ。
とりあえずヴァルキリーのいる所まで後退すると、触手は追撃を止めて研究者の元へと下がっていく。
「とりあえず、今の動きで分かった事を伝える」
「言ってみろ」
そして俺はヴァルキリーへと触手に関して伝える。
動きに関して、当然と言えば当然だが触手が絡まる事はなさそうだ。しかし遠くの対象に複数の操作は難しそうに感じた、そうでなければ最初から大量の触手でこちらを襲えばいいだろう。つまり距離を取れば安全という事だ。
触手の電撃耐性、それなりにあるので盾として触手を使われるとこちらのバーストに関しては完全に防がれるだろう。しかし動きを鈍らせる程度は出来るので無駄ではなさそうだ。
そして触手を操っている間、研究者は黒い獣をこちらにけしかけてくる事は無かった。単純にもういないのか、それとも触手に何か問題があるのか、理由は分からないが触手と黒い獣の併用はなさそうだ。
「つまり、神槍の一撃が有効という事か」
「確かにそうだ、けど」
神槍の投擲なら遠くから放てる為、触手による攻撃をほぼ封じる事が出来るだろう。それでいて最高火力ではある為、おそらくは当てれば一撃で終わるに違いない。
だが、ここで容易に神槍の投擲という選択肢を選べる程、俺はお気楽では無かった。
研究者はヴァルキリーの事を知っている、それならばヴァルキリーの持つ神槍に関しても知っている筈だ。もし知らなかったとしてもこの前の戦いで知っただろう。
ならばその対策を必ずしているに違いない、そう思わせるだけの威力を神槍の投擲は持っていた。
「懸念があるのはわかる、だが今はそれしかないどろう」
そう言ってヴァルキリーは神槍を構える、こうなったらこちらもそれを援護するしかない。研究者もこちらの目的に気付いたのか触手をこちらに放ってくるが俺がそれを防ぐ、そして神槍に力が込められた。
「それに何も無策ではない、後は頼んだぞ」
そして神槍は放たれた。