4話『ヴァルキリーと研究者』
「やぁ」
そう言って私に声をかけてきたのは1人の男だった、丸眼鏡に白衣を纏った姿は天の世界ではあまり見ない
物だ。
天の世界、私たちヴァルキリーが住む世界であり、上位存在、他世界からは神と呼ばれる存在が住む世界でもある。人が住む世界とはズレた場所にあり通常の手段では行き来は出来ず、ヴァルキリーは力を落とし霊体となる事で2つの世界を行き来していた。
力を保ったままに行き来するには神の力が必要であるが、神は他世界への過干渉を控えている為にあまり行われる事は無い。結果としてヴァルキリーは人に憑依するという形で干渉しているが、力を保ったままのヴァルキリーを送るよりかはいくらか控えめである。
閑話休題、ここは神とその使徒が住む世界であって見た目からして研究者という存在はいない。勿論、研究者気質の神はいるがあくまでも神、それ相応の姿をしている事が多い。
「あ、僕の事を知らない顔をしてるね?僕は君たちの上位存在、面倒だし神って言うけどさ、彼に頼まれて連れて来られたのさ。僕としても元いた場所に居るのも飽きた所だったし丁度良かったからね、本当に」
私の顔から推察した男は聞きもしないのに長台詞で説明する、よく途中で息が切れないものだと感心するばかりだ。
さておき、神が連れて来られたというなら男の姿にも納得いく事が出来た。私たちヴァルキリーの仕事にもあるからだ、特別の勧誘は。そして目の前の男は神に選ばれる程に特別だという事を理解させられる、つまり私がこの男をどうかする事は出来ないという事だ。ヴァルキリーは神の使徒ではあるが使い潰しが効く多数であり、対して神が連れて来られた者は使い潰しの効かない個であるからだ。
「それで、何か用事でも?」
という事で仕方なく相手をする事にする。ヴァルキリーは神の指示で動くのが基本だが、指示が無い時も仕事はある為に暇という事は無い。あるとすれば酷使し過ぎた時に身体を休める時ぐらいだが、それも身体を休めるという仕事である。
「そうそう、君たちって名前が無いって本当?」
「私たちはヴァルキリーだからな」
男の質問に肯定する、私たちヴァルキリーに名前は無い。ヴァルキリーは私たちの事を指す言葉であり、私自身を指す言葉でもある。と言っても個が無い訳では無く、ヴァルキリーごとに特徴はある。しかしヴァルキリーとしての域を出る事は無い、その域を出るという事はヴァルキリーではなくなるという事だ。
「それなら僕が名前を付けて上げようか?」
「結構、遠慮する」
「そうかい、まぁいいや」
そう言って男は私に興味を失ったのか、私とは反対方向に進んでいく。私としても早くヴァルキリーとしての仕事に戻りたかった為に足早に立ち去る事にした。
「ヴァルキリーの研究は君でしてみたかったなぁ」
去り際の男の視線とその言葉はまるで、最高なオモチャを見つけた子供の様な雰囲気だった。それから男はヴァルキリーの間では研究者と呼ばれる様になり、私たちの神に対して様々な物を提供し続けた。
確かにそれは私たちヴァルキリーの力にもなったが、私はどうしても研究者の提供した物を使う気にはなれなかった。
そして今、研究者の作品と思われる作品がこちらの世界に現れて、私に向かって襲いかかって来た。それは私にとっては危機であり、そして好機でもあった。
おそらく研究者は天の世界ではなくこちら側の世界にいて研究を続けているに違いない、あの黒い獣を天の世界で作り、隠しておくのは至難であるからだ。
ならば私のやる事は一つだ、早乙女郁には悪いがこの身体と神槍を以って研究者を止めるだけだ。例えそれが神にとって不利益だとしても、ヴァルキリーとしては既に退がれないのだから。
『確認、これを私に』
そう言ってから玖水先輩は早乙女さんに選んでもらった水車をじっと見ていた、それはもう様々な方向からだ。実際に動いている所を見て、どの様な動きをしているか、部屋に飾った時の事でも想像しているに違いない。
「感謝、早乙女郁にも伝えておいて」
満足したのだろう、玖水先輩は笑みを浮かべながら俺にそう伝えた。本当なら玖水先輩の感謝も自分で伝えるのが良いが、俺と玖水先輩の繋がりが明らかになるのは伏せておいた方が良いので玖水先輩の提案には頷いておく。
俺達が今こうして向かいあっているのは現在早乙女さん、というかヴァルキリーと良上さんが話し合っているからだ。となると俺達は暇になってしまったのでこれも機会と買った物を渡していた。
あの後、異人対策委員会からの増援が到着して証拠の隠滅等を行っていった。良上さんと玖水先輩も同じぐらいに到着、そして今に至るという状況だ。
ちなみに今いる場所は特保支部だ、早乙女さんには教えられないがヴァルキリーはいざという時の事を考えて教えておく事になった。
今は閑職と呼ばれる事もある特保だが、昔はかなり大きな部署だった。その為各所に特保の支部がある、と言っても今やその殆どの支部は他の部署の物となっているのだが。
そしてこの支部は今や数少ない特保の支部だ、俺達が基本集まるのもここの支部であった。色々な物が揃っており、ヴァルキリーと良上さんが今話し合っている防音室もその一つだ。
俺と玖水先輩は話し合いには参加せずに後から聞く事になっているのでこうして暇を潰していた。今後に対する行動やその為の準備や上への申請等も終えてしまったので他にする事が無いのだった。
「久々の仕事だってのに暇してじゃないか」
そう言って1人の男性が入って来た。俺や玖水先輩よりは少し年上で良上さんよりかは年下、眼鏡をかけた細い身体のいかにもな否体育会系。
「弾さん、どうしたんですか」
先白弾、同じ異人対策委員会の同僚ではあるが俺達とは違い特保の所属では無い。しかし事務等の仕事でよく特保に顔を出すのでおそらく特保担当なのだろうと俺は考えている、一応聞いてみた所否定されてしまったが。
「ま、今回の事で良上さんとな。まだ会話中なのか?」
「えぇ、お陰で暇してる所ですよ」
そう言って手に持っていた書類をこちらに見せる、書類の分厚さから今回の事の大きさが如何程だったか教えてくれる。弾さんはその書類を机に放り投げると自分も近くの椅子に腰掛けた。
「それにしても今回の事が此処まで大きくなるなんてね、僕はてっきりちょっと護衛して終わりだと思っていたよ」
「そうですね、正直他が主導になるんじゃないかって思ってますよ」
最初は異人に憑依された人物の護衛、という名のストーキング行為だけでこの仕事は終わる筈だった。ヴァルキリーに関しても元いた場所に帰ってもらうなり事情を知る他の誰かに憑依してもらう予定だった。
しかし今ではヴァルキリーは何者かに狙われており、そもそもヴァルキリー自身が強力な力を持っている事まで判明。現在までに拡大した規模を考えると縮小した特保では辛い物がある。
当然、継続して応援は他の部署から来ているし、その規模も拡大しているが実動が3人しかいない部署と言うのは決まらない物がある。
「先白君、来ていたんだね」
それから俺達が色々と話して数十分、ようやく良上さんとヴァルキリーの会話が終わったのか良上さんが俺達の前に姿を現した。少し遅れてヴァルキリーも姿を現し、2人は自分の椅子と近くの椅子に腰掛ける。そして良上さんが口を開く。
「それじゃあ、彼女の話してくれた事を纏めた状態で話そうか」
研究者と呼ばれる者について。
ヴァルキリーの上位存在、神と呼ばれる者に何処からか連れて来られた客人であり、呼び名の通り研究者でもあったらしい。
研究者は様々な研究に手を付け他のヴァルキリー達の使う道具の作成もしていたらしいが、ここにいるヴァルキリーは研究者に何か嫌なモノを感じて使ってないらしい。
そしてある日、研究者の作った道具を使用していたヴァルキリーが急に意識を失ったらしい。それから研究者の作った道具を使っていたヴァルキリー達も順次意識を失い、最後に残ったのは今ここにいるヴァルキリーのみだと。
ヴァルキリーは急いで神の元に向かうがそこにいたのは神と話し合う研究者であった。咄嗟に隠れたヴァルキリーが聞いたのは、ヴァルキリー達の力を集めて何かを作ろうとしているという事、そしてそれに神も関わっているという事を。
「それを聞いた私は理由を付けてこちらの世界に向かい、そして今に至るという事だ」
「つまり異人の亡命という事になるね」
良上さんがヴァルキリーの言葉をそう締めた。
異人の亡命、今までも稀ではあるが過去に何度かあった。しかし人の亡命と違って他国に逃げたからといって守られるという事でも無い。
人ならば国同士の関係等もある為に無理に探しだそうという事にはならないかもしれないが異人の場合は種類によって行動が変わる為に対応が難しいのだ。
もし攻撃的な異人だったら周りを気にせずに攻め込んで来て大きな被害を出すかもしれない、そしてそれを人間がどうにか出来るとは限らない。
結局出来た事は無人島への誘導くらいだった、もし何かが起こっても大丈夫な様に。しかし数年間問題が起こらなかった場合は普通の異人の様に人間社会へと移る事もあったとかなんとか。
「危険に関しては研究者のみだ、神はヴァルキリーの1人や2人が消えた事で気にしない。そしてそれは研究者に関しても同じ事だ、奴が消えた所で気にしない」
「つまり研究者だけが問題という事になる」
それを聞いて思った以上に問題は少ないのかと思う、個人的に追い掛けて来る奴だけを倒せばとりあえずは事態の解決になりそうだからだ。でも今の会話で分からなかった事があった。
「質問、ヴァルキリーは元の場所に帰れるの?」
玖水先輩の質問は俺も思っていた所だった、研究者に関しての問題が無い事は分かったがそれだけなのだ。研究者をどうにかしてもヴァルキリーの問題の全てが解決するという事では無い。
ヴァルキリーが元の住処に帰る、最低でも誰か納得した憑依者にヴァルキリーが移って解決となる。元の場所に戻るのが最高だが、それが不可能な場合もあるのでせめて今の様な何も知らない一般人に憑依したという状態だけでもどうにかしなければならない。
「元の場所に帰れるかは不明だが、安全な状態なら誰かに移る事は可能だ」
「それって今じゃ出来ないんですか?」
ヴァルキリーの答えに弾さんが聞く、というかいつの間に一緒に聞く立場になっていたのか。とはいえ弾さんも上に報告しなければいけないのでここで直接聞いておいた方が良いだろう。
「それをする為には力を消費する、そしてそれは戦う時に消費する力でもある。回復には時間がかかるし移った直後を襲われては堪らないからな」
つまりは研究者をどうにかしないといけない事は確定だろう、もし元の場所に戻れるとしても離れた原因をどうにかしないと変わらないのだから。
「力に関して話したのでこのまま私の武器について説明させてもらう」
神槍ヴァルキュリアス。
ヴァルキリーが持つ唯一の武器で槍、その中でもランスと言われる見た目の物である。当然の如く、普通に使っても強力な武器ではあるが本領は全力を込めた投擲。
神槍に力を限界まで流し込む為に破壊力は凄まじいのだが、その余りの力に普通に振るう事が出来ないので投擲する必要があった。
神槍の名前の通りこの武器は研究者には関わりが無く神が創った物である為に使っているらしい。その他にも様々な権利も譲渡されているので神から離れても問題無く使えるとか。
「当然、力を限界まで流し込む為に投擲まで時間が掛かる上に、2度の投擲は難しい」
「それでも、現場を見させて貰ったけどあれは凄い威力だ。それこそ使用場所が制限されるくらいには」
良上さんの言葉に俺も頷く。確かに神槍の投擲は周囲にも力を放っていた、しかし十分過ぎる力で黒い獣を葬った。それこそ放たれれば生半可な物どころかむしろ殆どの物は葬れるだろう。
だが俺が黒い獣と戦っている間すっと力を込めてようやく放てる代物だ、今回みたいに単純な奴か巨大な奴ぐらいにしか当たらなそうだ。
「話して貰ったのはこれぐらいだ、黒い獣に関しては研究者の作品の一つくらいしか知らないらしい」
「重要な事が分からないじゃないか」
そう突っ込んだ俺にヴァルキリーが鋭い視線を送る。何か知られたくない事があるのか、それとも自分が知らない事を責められたからか、ともかくわざわざヴァルキリーの機嫌を損なう理由も無いので俺は良上さんに話を進めるように視線を送る。
それだけで悟ってくれた良上さんは咳払いをして場をリセットし、そして話を切り出した。
「それでは研究者の捕縛、もしくは説得を今回の目的に追加。ヴァルキリーである彼女の護衛も継続する」
「「了解」」
良上さんの言葉に俺と玖水先輩が返事する。弾さんは既に今の会話を上に提出する為に纏め初めており、ヴァルキリーは何かを考えていた。
「どうかしたのか?」
「少しな、貴様は何かあるのか?」
「俺と玖水先輩は準備だよ、これからに向けて」
もし今後戦いが起こるならそれに対して準備をしておくのは大切だ。俺は学園での護衛がある為に派手な物は用意出来ないが、それでも対策さえしておけば時間を稼ぐ事ぐらいは容易だろう。
「私が着いて行っても構わないか?」
「ま、多分大丈夫だろ」
そうして俺は目的の場所に向かう。特保支部内にありながらも、異人対策委員会の直轄となっているそこは特殊装備管理部だ。
特殊装備管理部、異人対策委員会に所属している人物の為の様々な装備がその名の通り管理されている場所で俺の装備の一部がここにある。
一部というのも俺の装備はここで管理していない物だけでも性能を発揮はするのだが、本領発揮させる為にはここに来て追加装備が必要となるのだ。
「あら、菅くんじゃない。もしかして必要になったの?」
「ええ、ちょっと獣と戦いそうで」
「獣ねぇ、ふわぁ」
俺と会話しながらもここのパソコンに情報を入力しているのは恩納音菜、管理部所属で俺もよく会う女性だ。この管理部にある膨大なデータを扱う人なので優秀ではあるが、何故かいつも眠そうな人だった。
「ふぁい、これ」
入力したデータに従って機械が動き、奥の倉庫から俺の求めていた装備が現れる。それを手に取って一応不具合がパッと見でないか確認し、特に問題なさそうなので受け取った。
「ここに汎用の武器はあるのか?」
「汎用武器?」
俺が確認をしている時に音菜さんにそう聞いたのはヴァルキリーであった。音菜さんは問い返しながらもパソコンに情報を打ち込み、ヴァルキリーにタブレットを渡した。
「好きなの選んで」
タブレットには様々な汎用武器が載っていた。使用条件、威力、効果範囲と膨大な情報の為にここから絞るのは一苦労だろう。
しかしヴァルキリーは最初は馴れないタブレットに苦戦していたが、すぐに条件付け検索の機能に気づいて使用する。
「よく使えるな」
「早乙女郁が似たようなのを使っているからな」
俺の言葉にそう返したヴァルキリーにそういうものかと納得する事にする。恐らく早乙女さんの意識が表面に出ている間もヴァルキリーの意識はあるのだろう。そして早乙女さんの行動を真近で見ながらこちらの世界に馴れていったに違いない。
「これだな」
「ん、これね」
そんな事を考えていると武器を選び終わったヴァルキリーが音菜さんにタブレットを返し、タブレットを受け取った音菜さんはそれをすぐ様入力した。そしてヴァルキリーの選んだ武器、それと何かのスイッチらしき物が俺に渡された。
「ふぉれ、そっちの武器の電子鍵。それで解除しないと使えないから」
何故、と考えて当然の事だと思いつく。ヴァルキリーは特保どころか異人対策委員会にも所属していない、そんな人物に何もなく貸し出しされる訳が無いのは当然の事だ。そして鍵が俺に渡されたという事は何かあったら俺の責任という事だ。
「早乙女さんから隠すのも面倒だし、俺が預かっておいていいか?」
「いや、使える状態で持たせてもらいたい」
てっきり即答かと思いきやそんな事を言われてしまった。確かに襲われる人物が戦えるなら最悪の場合、本当なら護衛対象が戦う事になった時点で負けなのだがそこは置いておく、武器が手元にある方が良い。
しかしヴァルキリーには神槍があるので不必要に思える。例え力を解放した投擲が無くても、あの強力な投擲を放って耐えられる武器なのだから十分な性能なのだろう。
その上で他の武器が必要だとヴァルキリーは言う、ならば俺が言う事は決まっている。
「わかった、バレるなよ」
「この見た目なら問題無い」
確かにそうかもしれないが、自分の知らないうちに自分の物が増えていたらバレるだろう。
「貴様から貰った事にしておけば良いだろう」
「それは、まぁ上手くやってくれ」
他に理由を考えて欲しかったが結局、何も思い浮かぶ事の無かった俺に言えた事はそれぐらいだった。後はヴァルキリーが上手くやってくれる事を願うくらいだろう。
と、そんな事を考えているとそろそろ良い時間だった事に気付く。これ以上早乙女さんの身体をここに拘束しておくのは問題だろう。
「なら警察で事故に関して聞かれていた事にでもしておくと」
時間に関して俺がそういうとヴァルキリーはそう返事をする。その後はヴァルキリーは特保以外からの護衛を伴って帰宅した。
「疑問、付いて行かないの?」
「理由が無いしな、それに明日から本番だから今のうちに休んでおきたい」
ちなみに、ちゃんと他の部署から護衛が来ている事を一応説明しておく。
「納得、それなら早く休むといい」
玖水先輩が去った後、ふと空を見るとこれからの状況を示すのか暗雲が立ちこめていた。
俺はそんなこれからを否定する為にもしっかりと休憩する、闘志をその身に燃やしながら。