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サガシモノ  作者: シュウマイの皮
赤色と銀色と
6/7

一石二鳥

投稿設定事故りました(汗)まじすみません。

 雪夜の行動はすばやかった。

 

 彼女は床にたれた血の量から存命していることを確認すると、ハンカチを取り出し、迷いもなく、壁に打ち付けられた宇津木の右手にあてがった。

 

 ほぼ血は止まっているようだ。

 傷口を見ると早くも壊死が始まっている。

 血が通わないと起きる現象だ。

 

 まず、ハンカチで右手首の千切れかけの体側をぎゅうぎゅうに締め上げ、血流を妨げると何の迷いもなく右手を体から切り離した。

 

 素手で、ぶちり。

 

 「…っ」

 

 痛みで目を覚ましたのか宇津木が意識を戻す。雪夜はすぐさま彼に問うた。

 

 「この部屋に接着剤とかはある?」

 「…で、デスクの一番上の棚に…」

 

 かすれて途切れ途切れの声で彼は言った。

 

 雪夜はすぐさまデスクに向かい、引き出しを乱暴にひっくり返す。

 

 そしてよじれたチューブをもう一枚のハンカチに中身のほぼ全部をぶちまけ、血の流れる右手首の断面に押し当てた。

 宇津木が苦鳴をもらす。


 「アロンアルファの成分はシアノアクリレート系の揮発成分を含んでるの。固まった後も殺菌効果があるから安心して」

 

 雪夜はおそらく自分の身になにが起きたかを理解できていない老人の肩に手を触れた。

 

 「ねえ、草加くん……」


 雪夜はたちあがりながら振り向き、呆然と立っている彼を視界に入れた。

 ぽかん、と口をあけたまま、床の血だまりをじっと見つめている。


 いや、正確には見ていない。

 人の体の内を流れる命の一部の流出、すなわち”死”の瘴気に中てられている。


 「草加くん?」


 雪夜は草加の手を強く握った。

 空気の塊が吐かれ、彼の肩が上下した。

 

 「大丈夫?…ものすごく顔色がわるいよ?」

 

 触れ合った手が細かく震えている。

 よほどショックだったのだろう。

 

 やがて、草加は壁にもたれるようにしてずるすると座り込んだ。


 「平気っす……」

 

 草加は気丈にも右手を陽気に見えるように振って見せた。

 隠し切れない怯えがちらついていた。


 雪夜はすこし休んでて、というと体を半分地に染めた宇津木に近づいた。

 警戒心を煽らない程度の距離――――間に人が一人分入るほど――――を取ってしゃがみこんで話しかける。


 「具合はどう?頭が重いとか、痛いとかある?」


 宇津木はゆっくり、頭をふった。


 「わかる範囲でいいからさ。何が、起きたか話して」


 無理だったらいい、と付け足す。


 宇津木は何呼吸か置いた後、宇津木は自信から流れ出た血液と、ちぎれた手に目をやりながら、訥々と話し始めた。


***


 どこから話せばいいのか。

 ……そうだな。

 わたしはここで、水戸川秀郷と会って話をする予定だったんだ。ん?……お嬢さんも彼を知っているのかい?……そう、彼はいいやつなんだ。……決してこんなむごいことはしない。

 わたしは彼と同じ大学の出身だったんだよ。わたしは大学院に進み、彼は社会に出たがそれからも交流はあった。そして水戸川がここの総長をやった後、何の因果か、私がその後を継いだわけだ……。だから、わたしは決して彼の顔を見間違えるはずがないし、声だってよく知っている。もちろん性格もだ……。

 そう…きっとわたしが秘書にアポイントメントの仕事をまかせていなければ、このような事態にはならなかっただろうな…。

 何が言いたいのか…わからない、か。

 ふふ、年よりはお喋りなのだよ……。早い話が、水戸川の偽者がわたしを訪ねてきたのだ。

 わたしが思うに、そいつは前から狙っていたのだろう。水戸川がこの部屋に残した……と勘を働かせたものをな。……なに、お嬢さんもそれがほしかったのかい?……ふふ、どこにあったかはわからんよ。きっと総長職を終える際にすっかり全部持っていってしまったに違いない。…彼は、立つ鳥跡を濁さず、というタイプだったからね。おこに赴任してきた当初、机と空っぽの本棚しかなかったぐらいさ。

 …さて、本題に戻ろう。わたしは人と会う約束や、情報収集は残らず秘書に任せている。自分の仕事を誰にも邪魔されたくない性分なのでね。…まぁ、おかげさまでこの有様だが。…ああ、秘書は水戸川のときとは違う人物だよ。だから気づかなかったのだろうね。水戸川と聞いて私が大喜びしたのも原因だろう。例外的に秘書に準備を任せなかったのさ。…それに、わたしが水戸川がやってくるまで急にやってきた面倒な仕事にてこずっていて、玄関まで迎えにいけなかったというのもある。…結果としてわたしはあの偽者をまんまとこの部屋に招き入れてしまったというわけだ。…わたしはその偽者のことを知らない。すべてにおいて完全に他人だった。そいつは入るなり、私に凶器を向けた。私の右手がこうなったのだからたぶん、ナイフか何かだろうな。男はそれをわたしに突きつけたまま、部屋を物色した。私は何度も助けを求めることを試みたが、そのたびに男に阻止された。まるで後ろに目玉がついているようだったよ……。

 男は、やがて、自分の求めるものが部屋の中にないことに気づくと、わたしに暴力を振るった。ここにあったものはどこにいった。〇△%■#+☆$&!はどこだ、と言った。……お嬢さん、私はふざけているわけではない。本当に理解不能かつ、未知の言語だったんだ。…日本語などではない、間違いなく英語ですらない。Rの強い発音のようなものが見受けられたがロシア語でもない。……いずれにしろ、あれは私の習得している言語のどの範疇にも属さない、それどころかこの惑星の言語ですらないのかもしれない……。

 ああ、すまない…話がまた反れた。…わたしは知らない、と答えた。そういうと、男は罰のつもりなのか、私の右手首を切りつけた。あくまでもしらないのだ。本当に知らない。答えるたびに切られた。…恐ろしく痛かったよ。…切りつけた男の顔はよく覚えていない。顔があったかさえ定かではない。……ただ、なんとなくひょろっとした体格だったのは覚えている。……あくまで、なんとなく、だが。……骨に達したとき、やつは水戸川の居場所を聞いた。……ここで私が答えてしまえば、水戸川も同じ目にあうのではないか…?……そう、思うとわたしはにわかに勇気付いた。抵抗らしき抵抗ができたわけではないが……しらを切ることにしたんだ。……貴様のような、水戸川を騙る下衆に教えてたまるものか、と思ったぐらいさ。

 ……長い、長い時間がたったように思えたよ。……このまま、私は死ぬのではないか……最後に友人を守れて死ぬのなら悪くない……。

 そのとき、私は君たちに救われた。あの時、ガラスを割ったのはお嬢さんと、そこの青年だろう?…男はそれを聞くと、男は何かをつぶやいてわたしの手をナイフで突き刺し、壁に虫のように貼り付けた。……つぶやきの内容?……わからない。……いや、……憶測だが、”かみ”と聞こえる言語を発したように思える。……すまない。いわないほうがよかったな。……ふふ…、お嬢さんは優しい人のようだね。

 それからわたしは気を失っていた。男はきっと、君たちがやってくるのを察知して逃げていったのだろう。そして、君たちとここで出会った……以上が私の話し得る一連の顛末だよ……。


 ***


 宇津木はなし終えると、二、三度咳き込んだ。長い供述が身にこたえたのだろう。

 雪夜は謝罪しながら彼の背をさすった。

 宇津木は、しばらく苦しそうな呼吸をしていた。


 「君たちは…ここに何しに来たんだ」


 落ち着いたところで人が考えるのは大体そんなところだろう。

 確かに、雪夜と草加が彼を助けに来た様に見えるのは当然に思えるが、やはり興奮が冷めるとそもそもお前ら誰だという疑問が浮上してくる。

 なにか適当な言い訳を考えなくては、と雪夜はこめかみに手を触れた。


 「……探偵…かな?」


 我ながら苦しい言い訳だと思った。

 だが、自分の服装的にはなかなかそれらしいのではないかとも考えていた。


 「…ふむ?…まるでシャーロック・ホームズとワトソンのコンビのようだね、君達は。推理小説のような探偵は現実にはいないものだと思っていたよ」


 雪夜は肩をすくめた。

 彼女を見つめる宇津木の目が細められる。

 何か、いやな予感がした。


 「興味深い。君達は、一体何の事件を捜査しているんだね?願わくば、多少は推理もお聞かせ願いたいものだ」


 雪夜は顔を覆ってうずくまりたい気分になった。

 完全にやらかした。

 早く撤退するどころか長居するような事態になってしまったのだ。


 「……俺たち、やばくないっすか」


 草加の声に、雪夜は顔を上げた。

 草加が立ち上がり、青白い顔で部屋を見渡している。

 

 「どうするんすか、雪夜さん」

 

 草加が小声で言う。

 自分の失言による責任だ。

 こうなってしまった以上は自ら責任をとるしかあるまい。

 雪夜はうんざりしたように頭に手を当てたが、やがてあきらめたように息を吐いた。

 彼女は、振り返って宇津木にむかって言った。


 「……実はね、スナップハント事件を追ってるの」


 あながち嘘ではなかった。


***

 

 雪夜はまず、草加に指示を出した。

 「このちぎれた手の写真をとって」

 「うぇ…まじっすか」言葉の割りにあまり抵抗のなさそうな抑揚だった。

 「もともと私達がここにきたときには皮一枚でつながってたの。だから、断面は凶器で切られたときの特徴が残ってる」

 

 草加は何も言わず、本気を出したらしい雪夜の指示にしたがった。

 千切れた手首を、あらゆる角度から何度も撮影した。

 その作業の最中草加はちらり、と雪夜を見た。

 自分には何をしているのか理解できないような作業をてきぱきと、こなしている雪夜をみて、草加は感心した。

 

 「次、この部屋の写真を撮って。できるだけたくさん。気になったものとかどんどんやっちゃって」


 草加は言われるまま、パシャパシャと機械的に画面をタップし続けた。

 血だまり。

 壁のナイフ。

 本棚。

 デスク。

 イス。

 目に付いたものから写真にしていく。

 雪夜は、部屋にあったカップに同じくしてあったポットに入っていた紅茶を注ぎ、彼に渡した。

 

 「他に、何か気付いたことはある?今日までの比較的最近のこと」

 

 宇津木はまずは一口、紅茶を飲み干した。

 ふむ、とあごに手を当てる。

 

 「……そういえば、三日前にもガラスが割れた気がするな」


 雪夜は息を呑んだ。


 「確か、サッカーボールが窓を割ったのか。だから警備員はサッカーサークルの仕業だと決め付けたものだが」


 自分と、手口が同じだ。

 雪夜はさらに重ねて彼に質問したが、宇津木は今日に至るまでの三日間、他に超常的な現象は起こらなかったという。


 雪夜たちがここに乗り込む前に同じ手口を使い、二十一号棟に侵入を果たした犯人。

 いったいその間に何をしたというのか。

 ふと、雪夜はある可能性について思考した。

 …どうやら一石二鳥ができそうだった。



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